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誰もが世界でたった一つの
人生のストーリーを持っている。

私達は、FacebookやTwitterで毎日気軽に "今" のことを投稿するようになりました。

しかし、それらは、ひとりひとりの過去を含めた深い話をするには、あまり向いていません。

人は、誰もが3行では終わらないストーリーを持っています。

ここは、あなたの人生を残す場所。

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寳槻 泰伸
強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話
学校よりもクリエイティブな1日にできるなら無理に行かなくても良い。 その後、本当に学校に行かなくなり 大検制度を使って京大に放り込まれた3兄弟は 変わった教育方針の父親の元で育ちました。 一般的な家庭なら 「早く起きろ!さっさと学校に行け!」 と育てるところでしょうが3兄弟の家庭(ホーツキ家)はその真逆。 学校に頼って勉強するのではなく、自分で勉強を組み立てろというのがその主旨でした。 小学生の僕(
Yokoyama Tatsuya
4月のある晴れた夕方に100パーセントのヤンキーにカツアゲされることについて
4月のある晴れた夕方、ゲームセンターの駐車場で僕は100パーセントのヤンキーにカラまれる。 たいしてイカツい男でもない。当然素敵な服だって着ていない。 髪型だってリーゼントだった。 歳だっておそらく十代だろう。とにかく、声をかけられるずっと前から僕にはわかっていた。 あれはまだ、僕がカレッジを卒業して就職もせず地元にも帰らず、フラフラしていた頃の話。確か24歳のとき。 1979年生まれでロストジェネ

メンヘラ目線の「いい精神科医」

私は今まで「ドクターショッピング」を繰り返し、10人の精神科医のお世話になった経験があります。 その経験から、私目線の「いい精神科医」を紹介します。 ◎落ち着いて会話ができる これは、時間的な面でも雰囲気的な面でも一番重要なことだと思います。 1時間待って3分診察なんて、正直論外です。 「精神」というと堅苦しいので言い換えて、「心」という目に見えないものを 治療してもらうわけです。 外科だったら目で

急に旦那が死ぬことになった!その時の私の心情と行動のまとめ1(発生事実・前編)

暗い話ですいません。 最初に謝っておきます。 暗い話です。嫌な話です。 ですが死は誰にでも訪れ、それはどのタイミングでやってくるのかわかりません。 これは私の主人が脳出血を発症し、急逝した時の「私の行動と心情をまとめた話」です。 命に関わる病気をいきなり発症する確率は誰にでもあると思います。 もし身近な人にそれが起こったとき…この話が少しでも役に立てば…。 まずは、私の旦那がなぜ死ぬことになったのか

雑誌を作っていたころ(01)

「ラ・レクラーム」  最初に「雑誌」と名のつくものを作ったのは、大学5年(!)のときだ。  ぼくは広告研究会というクラブに所属していたのだが、何年かぶりに機関誌を出そうという話になり、留年して大学に残っていたぼくと、同じく留年中だった物理科の同期の二人が編集部員になったのだ。雑誌のタイトルは「ラ・レクラーム」。フランス語で「広告」のことらしい。わが学習院大学広告研究会は、伝統として機関誌にこのタイト

男の僕が無痛分娩の口コミサイトを作ってみようと思った理由

2014年4月12日  mothering オープン mothering.ne.jpというサイトをオープンしました。恐らく日本で唯一の無痛分娩クチコミサイト(無痛・和痛分娩に対しての口コミ&無痛対応する病院に対しての口コミ)です。 僕が起業して初めて手掛ける、受託型ではない、企画型のサイトになります。なんで、男の僕がこんなサイトを作ろうと思ったのか、という事を書きたいと思います。 ■ことの起こり 私
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発売一ヶ月で7万部突破!ストーリーを出版し売れっ子作家に。 夢へ3年近づけた。ストーリーを書いて3000フォロワー獲得。 ボクサーからライターへジョブチェンジ。根暗も治り、友だちもできました。

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