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大橋 美紀

インディーズ・ジョーンズのような冒険がしたい!

一人旅 / こども / 自転車

夢は、performer(パフォーマー)!
一人の表現者となる。

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大橋 美紀の人生のストーリー

02人生の岐路 / ガッツポーズをしたわけ

公立高校に落ちたと分かった時にガッツポーズをしたわけ、それは 交友関係 にあった。 交友と呼べるほどの間柄ではないけど…級友と言ったほうがしっくり来る。 その級友たちと二度と関わりたくなかったからだ。 事の始まりは、中学一年生のとき。 はじめての制服に、ピカピカのローファーに身を包まれ、登校した中学校。見るものすべてが新鮮でこの場所で新たな生活が始まるんだなと胸が躍っていたかもしれない。 けれども、

01人生の岐路 / 高校受験の道のり

中学三年と言えば、大抵受験の壁が立ちはだかる。 将来を少し視野に入れながらの高校選び。 ただ流れに身を任せるだけ。それが私のスタイルだった。 中学入学と同時に塾に通い始めた私は、早い段階で受験対策をやっていたので、それを吸収すれば問題なかった。 また、焦らなかった理由の1つにおいて、この高校に絶対行くという熱い想いがなかったからだ。親のためにお金のかからない公立高校に合格しなければ、と思うぐらい。

03人生の岐路 / 試練に立ち向かう

私立高校に行くことが決まってから、大きなことに気がついた。 この高校にもいじめの主犯が2人いるんだ…。 公立高校から解放され、のんきに教材が購入できる指定の書店に足を運んだ時、その男子と出くわした。 そうだ、私立組(公立高校は受けず、私立一本)はすでに合格が決まっていたんだ、と。 県内で最も人数が多いマンモス校。同じ高校に進学したからと言って、同じクラスになることはまずないとポジティブに考えながらも

04人生の岐路 / 個性に気づく

高校に入学した途端、私の生活は一変した。 毎日が楽しくてたまらなかった。勉強以外はとてもスムーズに事が進んでいった。 部活には所属していなかったので放課後は友人と話すか自習するかの日々だった。 勉強においても、気持ちを入れ替え、予復習を欠かさず行うことで、成績や試験に結果が顕われるようになった。数学と英語が私の得意科目となる。 この生活を手に入れたのも高校一年時に出逢ったMのおかげである。 彼女は、

05人生の岐路 / 大学の選択肢

大学受験を視野に入れたのは高校二年生の夏。 ただ、中学三年生の時から自分の将来はすでに決めていた。テレビ局に入社する、と。 テレビ局に入社したいわけ。 芸能人に会いたいというのもるが、自分でテレビ番組を制作したいのが大きかった。それには2つの理由がある。 ①いじめを受けていた時、唯一、心のよりどころがテレビだった。何も考えずに笑っていられたからだ。 ②公立受験の一週間前に祖母を乳癌で亡くした。大好き

06人生の岐路 / 壁はさらに大きくなる

大学受験から解放された私の日常と言えば、映画を観ることだった。 周りの受験生が受験勉強に励む夏を私は有意義に映画を観ていたのだ。 趣味以上に、大学から出された課題が入学するまでに100本の映画を観て、ノートを作ることだった。恥ずかしい話、映画に触れることはこれまであまりなかった。だからこそ、自分なりにストーリーを要約し、ノートに記すことを日課とした。 私は課題に没頭していたのだ。 映画館よりも、昔の

07人生の岐路 / 人を喜ばせるとは

担任の先生に形の残るプレゼントをしたいと思った私は行動に出た。 そうだ、卒業証書を渡そうと。 すぐにアイデアが降りてきてくれた。 クラスの全員からの寄せ書きと、卒業証書。 卒業証書をおさめるホルダーは見開きになっているじゃないですか?開いた時に左に寄せ書き、右に卒業証書を構成することにしました。 それとは別に優希まおみの写真集を用意した。担任の先生が当時、大好きでたまらなかったからだ。 計画は、受験

08人生の岐路 / 大学入学からスタートダッシュ

大学入学と同時に自分で言うのもどうかと思うが、素晴らしいスタートダッシュがきれたと思う。 それは 学生広報スタッフとの出逢い 。 大学が合格してから毎日のように読みあさっていた大学のブログ。 家のパソコンの履歴が京都造形芸術大学ブログとずらっと並んでいた。 大学のブログには入学広報課の職員と、学生広報スタッフと呼ばれる1年生のチームで結成されており、日々の出来事を綴るという至ってシンプルなもの。対象

09人生の岐路 / 中途半端になる

大学に入学して、3ヶ月…。 私はとあるプロジェクトに興味を持つようになりました。 国際プロジェクト 2年に一度、海外のアーティストの方を大学にお呼びし、日本と世界の芸術に関して対談をするというもの。 想像するだけでわくわくし、やりたいと思った。 スタッフになる枠は狭き門で、書類と面接を通らなければならなかった。 真剣に志願理由を書き、数日後の選考通知はとても嬉しかった。 しかし、面接はもがき苦しんだ

10人生の岐路 / 鳴り止まない電話

前述した通り、私は学生広報スタッフを軸に、2つのプロジェクトと授業において時間を費やしてきた。 自分が心からやりたいと思ったからである。 ただ、最後まで続けるのって相当大変なんだなと痛感した。 特に、 映画祭 のスタッフをすることで実感した。 専攻する映画学科では毎年、映画祭を行っている。 映画を意欲的に制作する学生は多いものの、人に観せる機会をあまり作らないのだ。撮影をし、編集を終え、作品に関わ

11人生の岐路 / マネージャーからキレられる

ひたすら信頼を取り戻すために準備を行った。 その期間に再び、ゲストに電話をかけなければならない状況が到来した。 嫌とは言っていられなかった。 電話番号を打つ手がふるえ、もしもしと応答があるまでの時間が長く感じられた。 用件は、当日のタイムスケジュールをお伝えするものだった。 スムーズにお伝えし、終わったーと思い、気を抜いた瞬間、質問をされたのだ。 しかも受け答えができないもの。 マネージャーからした

12人生の岐路 / 二条城ライトアッププロジェクト

年明けに私が始めたプロジェクトは、 二条城ライトアップ というもの。 具体的には、産学連携企画という二条城(社会)と大学が協力して行うプロジェクトを指す。 二条城に桜が咲く3月の終わりから4月の中旬までを開催期間とし、夜間の鑑賞を目的とする。古都京都を幻想的な空間に演出するのだ。 私達学生は、竹の切り出しからプロジェクトが始まり、夜間のため、城内を照らす足下灯やオブジェの作成、さらには桜にあてるラ

13人生の岐路 / 自分のルールで前進する

副リーダーなのに全然ダメじゃん… 仲良くなりたいのに何で行動にできないの… とにかく自分を責めた。 心で思っていても行動に移せなかった。 でも、 変わりたい と思った。 副リーダーに立候補した時、みんなを引っ張っていきたい以上に、自分が変わりたいと思っていたのだ。新しい自分に出逢えるんじゃないかって。 制作帰り、 ふと気がつけた! 何故、副リーダーをしたいかって。 そしたら、次の日から変わり始めた。

14人生の岐路 / ありがとうの重み

二条城ライトアップの運営は自分の中で本当に頑張ったと思う。 胸を張って言えます。 開催期間は、2010年3月1?日〜2010年4月2?日だった。 シフトを組み、会期中は二条城に立ち、お客様を誘導した。 18時から夜間鑑賞が始まるため、17時に集合をして、みんなでお弁当を食べ、情報の共有を行い、持ち場に立つ。20分ほどで場所を変え、21時30分まで行い、終了という流れ。 もちろん、その後は、反省点や

15人生の岐路 / 無駄な時間ばかり

二条城ライトアップのおかげで、二年生の滑り出しは順調だった。 大学二年生の大きな軸としては、 ①ゼミでの映画制作 ②美大日記 ③京都学生祭典やアルバイト である。 順番が前後してしまうが、②→③→①の順で話を進めていこうと思う。 まず、② 美大日記である。 美大日記ってなに? 具体的に説明すると、全国の美大生が日々の生活をつらつらと綴るものです。 美大はつながるのだ! をコンセプトに、ムサビの職員

16人生の岐路 / 映画製作が嫌いになったわけ

電車に揺られながら、大学二年生の思い出を振り返っていた。 これまで赤裸々に綴っていたけど、その方向性で大丈夫かなと不安になった。 映画製作については嫌いになったけど理由がしっかりあることを覚えておいてほしい。 正直、苦しかったし、逃げたかった。 けれども、学んだことは多かった。 では書いて行く。 ゼミ制作だけでなく、もう一つ、大きな出来事があったのだ。 記憶から抹消していたから思い出せなかっただけ

17人生の岐路 / 規則を守れない大人たち

ゼミの製作は一波乱も二波乱もあり、一筋縄では行かない。 さて、どこから書いて行こうか…。 取り合えず、完成までの大まかな流れから。 4月 ゼミごとのクラス分け 5月〜7月 企画、脚本の完成 ⇒随時ロケハンを行う。キャストのオーディションも同時進行 8月〜9月 撮影 季節が定められている組(グループ)は時期をずらすことも可能。 ただ、12月が完成の目安なので、それにあわせて逆算して撮影を行う。 10月

18人生の岐路 / レンアイ連鎖

ゼミ製作、そして北白川派から解放された私は、自由となった。 バイトはしてなかったので授業のみとなる。 交友関係はがらりと変わっていく。 映画学科とは言え、映画を作りたい人ばかりではない。 大学に入り、方向性が変わった人もたくさんいる。 映画を志す人とその他。 私は、この頃から後者となる。 そして交友関係も後者の人が多くなって行く。 授業の後に、友人の家に行き、ごはんを作り、食べる。 いわゆる女子会が

19人生の岐路 / 使えない人間

3年生になると、自ずと就職活動を意識するようになった。 美大とは言え、キャリアデザインという就活全般を扱った授業があり、積極的に取った。 そう、3年生の大きな軸としては、 ①就職活動 ②ゼミ制作 ③100人100旅 である。 どれも自分にとっては大切な日々…。 逃げ出したくなることもあったけど、逃げ出さなかったからこそ、今がある。 ただ、逃げ出したこともあった。 それは、上記には記していない アルバ

20人生の岐路 / 100人100旅とは

3年生の夏、奇跡的な出逢いをした。 それは、 100人100旅 である。 旅好きが集まる団体だ。 交流だけじゃない。最終的に本を出版する。 9割社会人の中に、参加する機会に恵まれたのだ。 私と100旅の出逢いは、mixiの足あと。 Pさんという100旅の主催者からの足あと ↓ Pさんのページにいく ↓ 100旅を知る ↓ すぐに参加表明 旅好き、そして出版。 このキーワードに惹かれた。 知らない人の

21人生の岐路 / 歩いてばかりの旅

私の旅は、専ら家族旅行だ。 父が運転するキャンピングカーで、どこまでも行く。 幼稚園、小学校、中学校と、勉強よりも五感を養う事を徹底してくれた両親だった。 特に毎年行くキャンプは思い出深い。 家族5人で力を合わせてテントを張ったり、夜ごはんの魚を捕ったり。BBQに、石を組み立てキャンドル作り、満天の星空。 普段の生活では味わえない経験をたくさんさせてもらった。 旅が好きな理由は、 両親のおかげ だと

22人生の岐路 / 初監督として

映画を専攻しているんだから、一度は映画監督を務めてみたいものだ。 そう思い、大学三年生のゼミで私は監督をした。 はじめの授業の時に、各自、企画書の提出を要された。 想いだけは人一倍強い私。 ただ、行動力が伴わないのがダメなところ。 監督になりたいと思ったものの、企画書に何も手をつけていない。 アイデアさえ思い浮かばない。 そんなモヤモヤを抱えながら、ゼミの初日を迎える。 朝ー ふとアイデアが降りてき

23人生の岐路 / 『こおり鬼』の評価

私達の作品が旅立つ前日、私は眠れなかった。 撮影前日と同じ気持ちだった。 心臓がバクバクする…。 ちなみに撮影では緊張のあまり、2日間で体重が4キロ減った。 合評(いわゆる講評会)では三年生はもちろん、先輩も観るし後輩も観る。 上映する順番は当日に発表されるため、緊張はずっと続くこととなる。 上映だけでなく、その後に監督から感想をいう。 いわゆるプレゼンだ。 私は人前で話すのが苦手。上映以上に、その

24人生の岐路 / 自分はなにがしたいの?

大学四年生の大きな壁としては、就職活動と卒業制作である。 どちらも大切だ。 まずは、就職活動から。 私は就職活動を完全になめていた。 就職難だけど、すぐに決まると思っていたのだ。 対策としては、 履歴書、SPI、集団面接やグループディスカッションをやった。 SPIを除けば、すべて大学が授業や土日を使い、行ってくれたのだ。 この対策に関しては、大学三年生の時点でやっていた。 心の安定のために。 美大だ

25人生の岐路 / 卒業制作の穴

卒業制作の選択に後悔した と今でも思っている。 胸を張って頑張りましたとは言えない。 四年間の集大成がこの作品ですと言うのは恥ずかしいほどだ。 それなら三年生の時に作った『こおり鬼』を卒業制作としたいぐらい。 とても悔やまれることだ。 でも、卒業制作の選択肢をしたのは自分だ。 クレジットのスタッフにも自分の名前が明記されている。 自分はこの作品で卒業認定をもらったのだ。 今更つべこべ言っても仕方な

26人生の岐路 / 就活の妥協

2011年12月1日。大手就職サイトがオープン。 多くの就活生が携帯を片手に登録をし始めたのだ。 私もその波に乗った。 ただ、私の学力じゃ大手就職サイトは到底ムリだということを思い知らされる。 私は 2012年の5月までは がむしゃらに就活をした。 説明会にも足を運んだし、選考に進むためにも履歴書も作成した。 しかし、周りの大学と比べると、その頑張りは雲泥の差である。 履歴書を作成したのは、観光系1

27人生の岐路 / 推薦された枠

就職活動を始めてからよく相談に乗ってもらう職員さんがいた。 専攻する学科の先生でもなく、就職課の職員でもなく、信頼している職員さんだった。 正直に正社員になりたくて就職活動を妥協した事を伝えた。 すると、その職員さんから1つの話をされたのだ。 京都の某商店街を町おこしのためにプロジェクトを行う。 商店街と大学を繋ぐ役割を果たしてくれないか。 4月からは正式にそのスタッフ(正社員)として働くこととなる

28人生の岐路 / とにかく内定がほしい

途方に暮れていた。 このままだと就職すら危うい。 気づけば年が明けようとしていた。 年末年始は実家に帰り、履歴書づけとなる。大学4年生でまさか…ね。 この時期にまだ就活をしている自分が恥ずかしかった。 高校の友人から「どうなった?」て聞かれたら「京都で決まったよ」と都合のいいことを言っていた。 「まだ決まってないの」なんて口が裂けても言えなかったのだ。 焦っていたのは自分だけではなかった。 両親も非

29人生の岐路 / すべてを失う気はありますか?

テレビ制作会社に内定が決まった夜、私は考えた。 実は、親には言ってはいなかったが、契約社員として採用が決まったのだ。 募集要項から知っていた事実。 でも親には嘘をついた。 心配させたくなかったからだ。 実力で勝ち上がるテレビの世界。 正社員になるにはそれなりの結果を出す必要があったのだ。 半年か1年か、さらに先か… 人それぞれ。 制限がないため、正社員にあがれる保証はなかったのだ。 その夜、はじめて

30人生の岐路 / 絶縁のはじまり

テレビ制作会社に電話を入れた翌日には京都に戻っていた。 すでに私の心は静岡で就職をすると決めていた。 親から勧められたお仕事に興味をそそられたからだ。 履歴書は送信済み。 そのことを伝えるために、恋人に連絡をするものの、返信が来ず。 あー、ついに嫌われたのかなと一人、涙をする日々となる。 恋人の答えが怖かったからだ。 なんて言われるか。 実は… テレビ制作会社の内定が出る前に恋人には採用をもらったと

31人生の岐路 / あとがない

☆32人生の岐路 / 溝の修復期間をなぜか先にあげてしまった… ごめんなさい 編集し直します 月日は経ち、1月の末だった。 毎日のように就職サイトを見て、気になる仕事は履歴書を作成する日々だった。 その中で特に気になる仕事を発見したのだ。 場所は東京。 仕事内容は女性向けのサイトの文書作成。 あまり記載はされていなかったが、惹かれた。 すぐにWeb履歴書を作成し、就職サイトを通して送った。 一先ず、

33人生の岐路 / 血だらけの顔

内定をもらってから1週間後。 私は引っ越しの準備に追われていた。 とにかく部屋のものが多い。 書籍に、衣類に、作品に…。 家がゴミ屋敷となっていた。 ある日、大量の衣類を売りに出かけた。 家から自転車で15分のところにある買い取りや。 一度で済ませたかった私は、登山用のリュックに服をつめ、さらには大きな布バッグ2つに服をつめ、その状態で自転車に乗り、お店に向かった。 ただ、横着をしたことで、自転車ご

35人生の岐路 / 6人姉妹

※久しぶりの記事となってしまい、申し訳ございません。 多くの方に読んでいただくこと、大変うれしく思っております。感謝しきれないです。ありがとうございます。 さっそくですが、ストーリーへ 引っ越し当日、意外にもスムーズに終わった。 どのくらい引っ越しに時間をかけたのだろう。 山積みの段ボールであふれ返っていた6畳の部屋が一瞬で空っぽになった。 あとは、管理会社を待つのみか…。 そんなとき、厄介なことが

34人生の岐路 / さよならはすぐそこ

2013年3月16日 京都造形芸術大学 芸術学部 映画学科 プロデュースコースを無事に卒業した。 偉大なる先生方の話は私の胸に響き、とても心地がよかった。 卒業の実感を噛み締めた。 その後は、各学科ごとに集合写真を撮り、担当教授から卒業証書を授与された。 寂しさはなかった。 むしろ清々しい気分。 授与が終わった後はみんなで写真撮影会。 わいわい。 がやがや。 私は一部の友人の写真に写り込み、足早に大

32人生の岐路 / 溝の修復期間

☆33人生の岐路 /あとがない の先にこちらのストーリーをあげてしまいましたので訂正をしました。 企業から連絡が来たのは面接を受けてから1週間後のことだった。 採用結果というタイトル見た瞬間、体が硬直したよ。 メールを開くのにどんだけ時間がかかったことか…。 一息つき、二息つき、ゆっくりと目を開けると、採用の文字。 飛び跳ねた。 もう一度、東京に行くのかと思っていたから、さらに嬉しいと。 そう、決ま

36人生の岐路 / はじめての夜

※以前の記事から大分ときが経ちました。 読み返しながら書いています。 これからはもう少し、日を空けず、綴っていきますのでどうぞお願い致します。 〜〜〜 シェアハウスの住人になった夜、妹が帰るのが寂しかった。 東京駅に着いてから部屋で一段落したのは確か17時過ぎだった。 母から貰った1万円を握って、近くの居酒屋で妹とごはんを食べた。 そのとき、ようやく東京に来たんだな、と実感した。 京都から東京へ。

結婚25年記念

36人生の岐路 / はじめての夜は、しばしお待ちを。 リアルタイムでの出来事を綴ります。   実は… 今日、 11月26日は両親の結婚記念日 なのです。しかも、25年という節目。 どうしても実家に帰ってきたく、早めに希望休暇を出して、どうにか静岡にやってきました。   というのも、 大がかりな企画を立てていたからです。   時間がさかのぼりますが、   7年前のあの日… 私は高校1年生だった。  

37人生の岐路 / 社会人の入学式

2013年3月20日ー 六本木にある某IT会社に入社した。 と言っても、この日に入社したのは、私だけ。 とにかく緊張した。 右も左も分からない中、面接をしてくれた…私の上司となる方から仕事の流れを聞く。 正直、メモを取るのに精一杯だった。 この人、なに言うてんの。全然、分からへん。 私以外は、パソコンに向かってひたすら業務をこなしている。 キョロキョロする余裕すら与えられず、「さあ、やってみようか」

38人生の岐路 / はじめての友

少しずつ、職場に慣れた頃、気になる女性から声を掛けられた。 「一緒に帰られない?」と。 入社して間もない頃、その女性が、私と同い年であることを教えてもらった。 さらには、一週間前に入ったばかりだとも。 正直、右も左も分からない私にとって、心から嬉しかったことかもしれない。 帰り道のスタバで話すことに。 当時、 ・私 22歳 美大卒 ・友 22歳 本業、絵本作家 共通点は、ものづくり。 すぐに意気投合

39人生の岐路 / 友との絆

正直なところ、記憶が曖昧である。 社員になりたてで、自分のことで精一杯だったかもしれない。 でも、覚えてる。 職場の飲み会のあと、東京タワーが見えるところで話したことを。 カップルたちが夜景を見ながら愛を育む場所で、 私たちは、静かに話した。 それぞれの夢を再確認した、感じ。 友人の話を聞いていて、カッコいいと思った。 仕事を辞める辞めないは置いといて。 自分の夢に突っ走ろうとしている友人。 キラキ

40人生の岐路 / 今更ながら2013年を振り返る

の予定でしたが、 時期も時期ですので、変更します。 最近のことを書こうと思います。 ー2014年。 正直、なにかある と思っています。 直感です。 と言いますのも、 友達や仲間が一気に増えました。 「やりたいこと」を口に出していたら、仕事をもらえました。 ・映像つくったり ・カクテル考えたり ・構成したり 正直、なにがあるか分からないほど、次から次へと、やりたいことへ突き進んでいます。 一番、新しい

42人生の岐路 / やりたいことをやろう

ようやく、パソコンの環境が整い、記事を書きます。 以前の投稿から、大分、時間が経ちました。2ヶ月前なのか…。 2ヶ月の間で、気持ちが変わりました。 仕事を辞めると決意したとき。 仕事に就くより、仕事を起こしたいと思った。 でも、仕事を辞めてから沖縄に行き、帰ってきたときには、 早く働きたいと思った。 今度こそ、胸を張れる仕事に就き、会社の中で一番になりたい。出世したい。 仕事に対する意欲がとてつもな

41人生の岐路 / 正社員になって1年。仕事を辞める

7月4日の記事となります。 再度アップします。 〜〜〜 熱い気持ちのうちに綴っておきます。 8月20日〜沖縄に行きます。 予定としては、9月の10日まで。 そう、仕事を辞めました。 いえ、正式には7月31日に辞めるんですが。 理由は、やりたいことをしたいからです。 ・大学の友人が卒業後、オーストラリアに行った ・先輩が、世界一周に旅立った ・旅の仲間たちが、有休を使って世界各国にいる Faceboo

43人生の岐路 / 沖縄の座間味島での生活

沖縄の離島、座間味島をご存知ですか? 私は、知りませんでした。 仕事を辞めて、何故、座間味島に行こうと思ったのか。 そこから書いていこうと思います。 今は、Facebookが主流となっていますが、私の中では、mixiも負けていません。 大学時代から参加していた、社会人サークル、100人100旅。そのコミュニティーの更新がmixiであるため、自ずと、サークル関係者はmixiの閲覧頻度が高くなります。

44人生の岐路 / まずは慣れ

仕事を少しでも早く慣れたい。 それだけでした。 朝食は、どのお皿を使うのか。 どのように盛りつけるのか。 どのように運ぶのか。 片付けは?部屋の掃除は?夕食は…? 指示してもらいながら、覚える。 ベテランスタッフがやっているのを見ながら、覚える。 覚えることだらけでした。 けれども、昨日より今日、今日より明日…と成長しているのが目に見えて、嬉しかったです。 欠かさず寝る前に付けていた日記により、仕事

45人生の岐路 / 海をナメすぎた結果

初デビューを飾った、シュノーケリングから、翌日。 早起きをして、私は海に向かった。 アオウミガメが見られる と聞いていたからだ。 やっぱ見ておきたい。 水着がない時は、別に興味なんてないと言っていたけど、そんなの嘘。 見たくて仕方なかったのだ。 昨日の反省を踏まえ、この日は、ライフジャケットを持っていかなかった。 ライフジャケットがあっても、どうせ、海は浅い。意味がないと決めつけていた。 しかし、そ

46人生の岐路 / 当たり前が当たり前ではなくなったとき

私は、泣いた。 頬をつたる涙が止まらない。 あの日。 あのとき。 事故が起きていなかったら…。 民宿での仕事が、残り1週間となった、ある日。 私は、大工の仕事にかり出された。と言っても、助手みたいな感じ。 木材をおさえたり、ボンドをつけたり。 大工の経験がある“おじい”2人が指示をし、手伝っていました。 ただ、この2人…、島の言葉を使っていて、何を言っているのか分からない。 会話にも付いて行けず、長

47人生の岐路 / 島から、那覇へ

9月12日。 私は、15時のフェリーで、座間味港→那覇の泊港に帰りました。 “おじい”こと、社長が、意識を失ってからの9日間は、時間が経つのが非常に遅く、 でも、涙ばかりを流しても仕方なかったので、自分なりに笑う努力をしました。 私が笑うというより、 男の子を笑わせる といった方が妥当かもしれない。 男の子…? 恋愛ではございません。 スキとキライだったら、好きだと思うけど。 男の子(以下、C)とは

48人生の岐路 / 家がなくなった

沖縄の後の話をしよう。 9月13日 那覇空港→関西空港 大学の友人宅に泊めさせてもらった。 レンアイ話が止まらない。 9月14日 大阪→富山 16日まで、いとこ宅に。 いつの間にか、いとこが大きくなっていた。子供の成長は早い。 9月16日 富山→下北沢 東京で一番、仲が良い友人宅に泊めさせてもらった。 話が尽きず、気づいたら、日が変わっていた。 9月17日 下北沢→千葉 恋人の家に泊めさせてもらった

49人生の岐路 / 決断

静岡を発ったのは、14時頃だった。 当初の予定は、始発。もしくは、通勤ラッシュの後だった。 父に出てけ、と言われたものの、やはり、実家の居心地は最高だった。 衣類の選別をし、あれこれ考えていたら、お昼になっていた。 母が作ってくれたお弁当を家で食べ、さあ、家を出ようと思った頃には13時をまわっていた。 母は優しい。 静岡駅まで送ってくれた。 心のどこかでは寂しかったと思う。 母をまた泣かせてしまった

50人生の岐路 / 彼と一緒に住む

9月24日。 あの日のことを忘れないだろう。 彼と住み始めて、1ヶ月と6日が経とうとしています。 正直なところ、大学生の時は【同棲】という言葉に憧れを持っていました。 なんだか、優越感に浸っているというか、リア充って感じでカッコいいじゃん。 でも… 今は… 同棲という言葉にカッコ良さを抱いていません。 たぶん、自身の状況によるもの。 現状が変わり始めたら、気持ちが変わってくるだろう。 そう信じたい。

51人生の岐路 / どうなる?!かあさん!!

10月8日。 6時30分、起床。 いつもは中々、目を覚まさない私なのに、この日は違った。 目覚ましより前に起床。 着替えて、支度して、彼より先に準備が整った。緊張していたからなのかもしれない。 みきが、付き合っている人はどんな人なの。 話をしてみたいから、一度、家に連れてきてほしい。 母の、この言葉が発端だった。 とはいえ、千葉と静岡は遠い。以前は京都に住んでいたため、尚更だ。 しかも、彼は仕事の休

52人生の岐路 / 帰り方が分からない

静岡駅に着いた私たちは、鈍行の窓口にいた。 「どうやって東京まで帰ったら良いのか」聞いていたのだ。 昼。 静岡駅近くの金券ショップで乗車券のみを買っていた。 極力、安く済ませたかったから。それだけだった。 けれども、その選択が良かったらしい。 運行情報をtwitterを通じて得ていたとき、 ・定期を持っている人 ・台風より前に乗車券を買った人 は、振替輸送により、新幹線を利用できるらしいという事を知

53人生の岐路 / 職なし金なしコネなしだけど

とうとう、11月に入ってしまいましたね。 やべー という人もいるし、 まだまだ という人もいるかと思います。 私はどちらかと言えば、 やべー という方です。 ここ最近と言いますか、 10月、何してたねん? という話ですが、 Web履歴書を書いたり、紙の履歴書を書いたり、面接に行ったりしていました。 転職活動という言い方が嫌いなので、職探しと言っておきますね。 Web履歴書は、10社出せば、10社通り

54人生の岐路 / 応援し続けたい

華菜枝さん 。 はじめての出会いは、10月28日でした。 華菜枝さんの声を聞いて、震えました。 美しくて、歌っている姿をずっと目で追いかけていました。 華菜枝 さんは、石垣出身の方。 大学入学を機に上京され、現在、都内を中心に音楽活動をされているそうです。 先月まで、座間味にいたからなのか、沖縄の民謡を聞くと、体が動いてしまいます。 そもそも。 どういった経緯で出会ったのか、ということですが。 少し

55人生の岐路 / 見下しすぎたアイドル

はじめに。 私は、アイドルに関心がありません。 と言うと嘘になってしまうため、 11月3日の朝まで、アイドルに興味がありませんでした。 twitterに書いた内容は酷いもので、 ・これからアイドルのライブに行くわけだが、私はアイドルに関心がない。 ・(会場が軽井沢のため)ライブより、アウトレットより、スキー場が魅力的である。 ・テンションがあがらない。あー、新幹線代が…モッタイナイ。 と書き込んでい

56人生の岐路 / 自分もアイドルを作りたい

前に保存したのが、去年の11月…。 以来、このページにアクセスせず、ここまで来てしまった事に反省しています。 しかも、『自分もアイドルを作りたい』と思ってから、様々なことがあり、今は1ミリたりとも『アイドルを作りたい』想いがないのを先に記しておきます。 その心境の変化をそのまま記します。 最終保存日時の11月19日に残っていた記事から。 自分もアイドルを作りたい そう思っちゃいました。 正直な話…心

57人生の岐路 / 人を巻き込んだ代償

ここからは、去年の11月を思い出しながら綴ります。 記憶が曖昧なところがありますので、ご了承ください。 アイドルプロデュースに対する想いが完全に冷えきったとき。 ずっと、私を支え、相談に乗ってくれた友人にまずは伝えました。 ウソはやめよう。 本当のことを伝えよう。 とは言え、直接ではなく、LINEで。 お金のことは言えなかった。 でも、アイドルプロデュースに対して熱がないことは言った。 内定を貰って

58人生の岐路 / 仕事を始めて半年

仕事を始めて、半年が経とうとしています。 いや、正確には7ヶ月です。 転職後就いたのが、2014年11月16日。 かれこれ、半年が経つのか…と思うと早いです! 初めのときは、彼の家から通っていました。 3ヶ月後には一人暮らしを始め、職場から10分の距離を毎日自転車で通っていました。 そして、一人暮らしの期間も終わり、現在は彼と同棲をし、電車とバスを乗り継いで約1時間ちょっと掛かる道のりを毎日眠い目を

59人生の岐路 / 大舞台の司会者に抜擢

最初に言っておきますが、【大舞台】というのは、自分の中での事ですからね。 人前に立つ事に何の緊張さえ抱かない人からしたら、大したことないでしょう。 自分のお店にゲストを呼んでイベントを行う。その司会をする。それだけの事だからです。 でも、それだけの事は、私にとって【大舞台】だったのです。 だって…。人前に立つだけでなく、お子様をいかに楽しませるためのトークを混ぜながらイベントを進行させていくんだもん

60人生の岐路 / 父、二度目の怒り

父を怒らせた事は今まで何度もある。 正直、数え切れないほどだ。妹をいじめた時は、頬を叩かれた。 あの時はとにかく泣いた。 でも、父と離れて暮らすようになってから、父はあまり怒らなくなった。 電話越しで「バカ」と言ってくるけど、怒られた気にはならない。 波平がカツオに「バカもん」という愛情みたいなものだと私は思っている。 ただ、あの日…。 私は父を怒らせた。 就職が決まらず、焦っていた私のために父は仕

61人生の岐路 / 父、家を出る

震える声で母が電話をしてきた前に、妹から電話が来たのだ。 妹「お姉ちゃん、また、何かやったの?今回は覚悟しといた方が良いよ」 妹は父と何度か連絡のやり取りをしていて、私の事情を聞いていたのだ。 父とも母とも、何の関係のない(私からしたら)4つ離れた妹とも電話をしており、家族の情報網となっていた妹はついに私に電話をかけてきた。 妹「お姉ちゃん、お父さんぶちギレだよ。お母さん、震えているから」 私「……

62人生の岐路 / 父、私を許すか?

静岡に帰った日。 とにかく、緊張で夜が来るのが怖かった。 父がもうすぐ帰ってくる…。 もうすぐ帰ってくる…。 そう思うだけで鼓動が早くなった。 父が夜ごはんを食べている時は自分の部屋にこもっていた。 ごはんを食べず、またどこかに行ってしまうのだけは母としても避けたかったからだ。 刻一刻とその時は近づき。 母が「お父さんが自分の部屋に行った」と教えてくれ、何度も深呼吸をして父の部屋に向かいました。 母

63人生の岐路 / 父、彼と会う

父を彼に会わせる。 その日はやってきた。 2月11日。 土日祝日が休めない彼を説得して、どうにか取ってもらった休日。 鈍行で行く予定だったので、朝早くに家を出て、総武快速線とJR東海道線で静岡まで辿り着く。 静岡に着いたのは、おおよそ12時過ぎ。バスを乗り継ぎ、実家に着く。 つ、ついに実家に来た。 それも彼を連れて来た。 大好きでたまらない実家がこんなに怖いなんて…。 彼は実家の庭を見て感動していた

64人生の岐路 / 思いがけないお願い

父と彼が会ってから、1ヶ月ほど経ったある日。 あれは、3月26日だった。 忘れもしないよ、忘れないよ。 私が計画を立て、久々に体を動かすデートをしました。 船橋にある アンデルセン公園 に足を運んだんです。 私が作ったお弁当を喜んで食べてくれたり。 ジュースを奢るという賭けでパターゴルフの勝負をしたり。(経験のない私がコースの最後にホールインワンを決め、1点差で彼に勝つ。) ボートに乗ったり。植物園

65人生の岐路 / こだわる家さがし

家探しは、おおよそ、1週間ほどで決めたかな。 これだけは外せないリストを出し、彼が家を探す。 そんな流れです。 窓は、北向き以外。南か東が良い。 自転車置き場は屋根つき。 お風呂とトイレは別が良い。 キッチン広い方が良い。 職場から遠いのはイヤ。 とか。 出したらキリがなかったのですが、上記の5つは特に重要な点ではありました。 特に、5番目の「職場から遠いのはイヤ」というのは、何が何でも譲れない部分

66人生の岐路 / 両家の挨拶

4月5日。 仕事帰り、メールをチェックしていると彼から連絡が来ていた。 LINEではなく、カップル専用のPairyというアプリを使用しています。 って、どうでも良いか! 突然で悪いのですが…の後に、 両家の挨拶の日程、 11日12日、18日19日のどこか で都合はいかがですか。 と。 5月のこと?それとも、6月のこと? でも、そうなると土日休みの父は難しくなるな。だって、上記の日程は平日だもん。 夜

67人生の岐路 / アザだらけの引っ越し

引っ越し日を決めたのはいつ頃だろう。 新居の審査が通り、解約届けを出したのが4月の半ばだから…。 たぶん、4月の半ばだと思います。 もともと、6月の第1週目あたりで引っ越しを予定しておりましたが、彼の会社の関係で 1ヶ月も早まったのです!!! 5月7、8日引っ越し確定。 は、は、はやすぎる…!! 加えて、無事に住めますよといった審査の通知が遅かったので、1ヶ月前までに出す解約届けは間に合わず、だぶっ

68人生の岐路 / 彼とつくる家

彼と一緒に住むとき、私の中で変わらなければならないことが2つあった。 まず。 掃除が出来る女になる ということ。 私はとにかく掃除が苦手である。 高校生まで実家で暮らしてきたが、部屋が汚すぎて、何度となく親に怒られた。友人が部屋を掃除してくれた。妹に飽きられた。引っ越しの度に母がお掃除道具を持って部屋を掃除してくれる。などなど、言い出すとキリがないほど部屋が汚いのだ。 そのため、部屋が汚い私を彼には

69人生の岐路 / 最後まで親不孝もの

婚姻届を出す日は決めていた。 私の誕生日。7月1日。 そう彼が言ってくれたのだ。 プロポーズと言う名の約束。嬉しくてたまらなかった。 はじめての事だから、婚姻届は早く貰った。 はじめて手にする婚姻届はすごく重たかった。 2人で記入をする。必要な書類を取り寄せる。順調で、あとはお互いの両親の署名と捺印を貰うだけとなった。 ちょうど、実家に帰る用事もあったし、その時に書いてもらえば良いと思っていた。 そ

70人生の岐路 / 25歳の私が入籍をした

2015年7月1日。 25歳の誕生日を迎えた、その日に私は入籍をしました。 私が結婚するなんて…! 夢のようです。 今の彼…、いや、旦那さんと出会わなければ一生結婚できなかったかもしれません。 妹のモテ話を聞いて羨ましく思ったり、母から「いつ彼氏が出来るのかね…?」と心配されたり、父からは何も言われないほど期待されていなかったり。 姉妹の中で結婚は一番遅くになるだろうと思っていた私がまさかの一番乗り

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