STORYS.JP

坪井 雄弘

育児のことや家族のこと、旅のことやソーシャルメディアのことを書いていこうと思います。

楽しんでもらえたら嬉しいです。

ストーリーをリクエストする

坪井 雄弘の人生のストーリー

ブラジル ラブ旅

今年6月に旅したブラジルのことについて書こうと思います すでに半年近く経ちますが 「世界で最も熱かった国」を旅した熱はまだまだ残っています この熱は一生覚めないかもしれません 今回は一応お仕事という名目でブラジルに行かせてもらった のですが日本戦以外にはスタジアムに入ってはいませんが 開幕戦のあるサンパウロと決勝のあるリオデジャネイロのそれぞれ ファンフェスタ(公共の場でのパブリックビューイング)に

気仙沼に旅するきっかけになった一言

気がつけば 年に4、5回は気仙沼に足を運ぶようになった。 (実家にさえ、年に数えるほど行かないのに) 気仙沼は宮城県に位置する港町、東日本大震災でも大きな被害を受けた場所だ この陸地に上がった船で気仙沼と分かるひともいると思う (この第18共徳丸は2013年に撤去されました) あの大きな地震のあと、港町のタンクから大きな火に包まれた気仙沼。 東日本大震災から3年以上経った今、ボクがこの地に足しげく通

気仙沼に旅するきっかけになった一言 第2回

「生きる」のでなく「活きる」 気仙沼のひとたちと出会ってボクは どうやったらこの気仙沼の地に来れるようになるのだろうか と考えるようになりました そして出た結論が そうか! 気仙沼に出張できるように仕事を作ればいいんだ でした。 幸いなことに震災以降、旅の仕事を通じて 気仙沼に何度も足を運ぶ機会を得ることができました。 そのきっかけとなったのは 震災に遭ったこの街のことを どうか忘れないでほしい と

気仙沼に旅するきっかけになった一言 第3回(最終回)

写真は 気仙沼漁師カレンダー です 12月を締めるこの言葉にすべてが集約されているわけですが オモシロク復興させる 気仙沼を訪れる度に 前向きな言葉をたくさん聞けるのが 気仙沼を好きになる大きな理由 (ちなみにこの漁師カレンダー全国カレンダー展において、 経済産業大臣賞を受賞しました) ボクが始めて気仙沼に始めて行ったのは2013年3月。 女性限定の コチラ のツアーへの帯同でした ハイ!ここで気づ

「旅人に優しくなれる条件」を考えてみた

2014年夏 の旅のお話 お盆休みとともに台風も近づく8月 そうだ 名古屋(地元)、 帰ろう と思いたち つかの間の帰省旅を してきました メンバー紹介! 次男! 長女!! そして総合司会はわたくしパパ! 思いつきと見せかけながらも 今回は夏休みに 少しでも育児からママを解放できたら ということで 電車と新幹線を乗り継いで乗り継いで 「はじめてのおつかい」よろしく パパの奮闘旅 なのであります 子ど

発達障害の息子と育児ノイローゼの嫁から家族の本当の幸せを教えてもらった話

虐待のニュース を聞く度にひとりの親として背筋がぞっとする。 でもその感覚は一般のひとのそれとはちょっと違う そのニュースに出ているのは自分でもおかしくない と思うからだ。 それくらい虐待の可能性、いや最悪「一家心中」していた ような状態にあったのが最近の我が家だった 幸いにもその最悪の時期は過ぎた そういえるのは今、我が家は二世帯生活 つまり嫁さんのお父さんとお母さんが一緒に 子育てをサポート し

発達障害の息子と育児ノイローゼの嫁から家族の本当の幸せを教えてもらった話 第2回

死にたい、いや殺してください 嫁さんのココロの病気が最も悪いときは、 こんな言葉は我が家では日常茶飯事だった それが本当にマズいなと思ったときは、とあるこんな会話 じゃあ みんなで死のか、、、 ごめんなさい、そうしてください もうそれくらい我が家は追い込まれていた 育児がうまくいかないことで嫁さんは 生きることすべての自信 を失っていた そうしてようやく嫁さんの通院生活が始まった 病院にまで行かなく

発達障害の息子と育児ノイローゼの嫁から家族の本当の幸せを教えてもらった話 第3回

育児に自信がない 嫁さんにその兆候が現れたのは 長男が小学校に上がる直前の3年ほど前からです ある日、地元の教育委員会からお手紙が届いていました。 長男の小学校への進級について相談があると そこで言われたのは 教育委員会の方 息子さんが普通学級に進むのは厳しいかもしれません。 そこで僕たち夫婦はようやく気づいたのです 長男が 普通ではないこと それを聞いたボクと嫁さんは 嫁さん やっぱり・・・ とい

発達障害の息子と育児ノイローゼの嫁から家族の本当の幸せを教えてもらった話 第4回

障害 という言葉はボクにとって人生において 関係のない世界 と思っていました どちらが優れているとか、劣っているとか ではなく 縁のないコト「他人ゴト」 だったわけです 長男が「発達障害」と分かってからは そんな知らない世界が急に目の前に拡がっていました ボクにとって知らない世界が 長男にとっては「当たり前の世界」 この埋めようのないギャップは 地元の教育委員会の方がお誘いしてくれた 特別学級のクラ

発達障害の息子と育児ノイローゼの嫁から家族の本当の幸せを教えてもらった話 第5回

環境の変化 は、長男にとって、一番苦手なコト 一度自分にとって馴染んだ生活は少しでも 変わってしまうと拒否反応を示してしまう 偏食 いつも同じ服を着る 欲しいものを我慢できない などなど数え上げたらキリがないのですが カラダは成長してもココロが成長できない長男に 対して 着々と成長していく弟 勉強が進んでいく友だち 当たり前に変化していく環境に 徐々に長男はついて行けなくなりました そして定期的に通

発達障害の息子と育児ノイローゼの嫁から家族の本当の幸せを教えてもらった話 第6回

このお話(全5回)を書いてからおよそ1年 長男が入退院して1年が経ちました。 入院してからおよそ半年後 無事長男は退院をすることができました 今回はその1年、2016年とそして今のことを書いていこうと思います。 そもそも書くことを再開するきっかけとなったのは 妻の一言でした 妻 あのSTORYの続き書いてくれないの? 私 書いていたこと知っていたんだ。。。 妻 うん、よく書けてたと思うよ だからこそ

読んでよかったストーリー

本間 祥生
349
16

別れの夜はペヤングカップ焼きそばと共に

ホームステイ最後の夜。 僕は一人キッチンでペヤングにお湯を注いでいた。 「これで最後かぁ。」 ホストハウスには僕一人。荷物をまとめたスーツケースはすでに玄関に置いてある。 「ホームステイ最後の夜が一人って…」 そのペヤングは、いつもよりしょっぱかった。 (画像はイメージです。手前は僕ではありません。) ホームステイ。それは運。 子が親を選べないのと同じように、ホストファミリーは選べない。 ホームステ
Numata Yumi
161
6

世界一周の途中で親友になったカンボジア人を日本に連れて来ちゃった話。

「私もいつか、ユミみたいに世界の色んな国に旅してみたい!!」 レアのその一言が、全ての始まり。 2009年、大学を休学して念願の世界一周バックパッカー一人旅に出た。 当時21歳。 生まれも育ちも田舎だったので、親元から離れる大学時代には、自分の好きな事をやりつくしたかった。 幸い親の理解も得られ、大学2年時にはオーストラリアに一年間留学へ行けた。 留学帰りにボランティアのため立ち寄ったカンボジアがす
中条 信一
1704
22

鬱病の心に響いた、たったひとつの言葉

忘れもしない、24歳の夏頃、 僕は1年間会社に寝泊まりしていて、ある日、衣類を取りに家に帰ると、 自分の家の安心感と、疲れからか深く寝てしまいました。 いつもより深く眠りにつくと、 次の日の朝、僕は立つことが出来なくなり、 何故か涙が止まりませんでした。 僕 このまま会社に行っても死んでしまう… 3年間ずっと仕事を頑張ってきました、大好きな仕事でした。 しかし上司に言われた言葉が、脳裏をよぎります。

書きかけのストーリー

坪井 雄弘さんにもっと聞きたい話リクエストする

|