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ふじ そう

3E No.30

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ふじ そうの人生のストーリー

読んでよかったストーリー

小林 慎太郎
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ラブレターを代筆する日々を過ごす「僕」と、依頼をするどこかの「誰か」の話。

■ラブレター代筆はじめました 「仕事」は楽しいものではない。 苦しくて大変で、時にちょっとだけ楽しいのが「仕事」というもの。 ちょうど1年ほど前、10年以上特に疑いを持たずにいたこの考え方に、ふと疑問を抱くようになった。 つらいことを歯を食いしばってやり続けることは尊く、楽しいこと・楽なことだけやるのは怠慢。 物心ついた時からそのような価値観で育ってきた35歳の男が、「あれ?誰がそう言ってたんだっけ
長野 亘孝
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時速80kmの車に轢かれ13m飛ばされ、高次脳機能障害で国立大学院生が「大きい」すら書けなくなった1000日の冒険④

一番になりたい!なるためには? ①はこちらからどうぞ。 さて、秋から冬にかけて追い込みの時期がやって来た 僕が経済産業省の統計からいくつかの条件を設定して、導き出した業界の長期データが7つ残りました。その中から、実際に詳しく調べていく3つを選び出しました。 それが釘、パン、食酢の3業界を戦後以降の時代の変遷、経営など多角的に調べていきました。 そして、アポをとってインタビューもしていきました。 実際
難波 弘二
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岡山県のある18歳が高校を2度中退し、時給850円で教育を変える挑戦をしている話

人生一度目の高校中退。 今から遡ること1年半... ぼく 「あ、おれ学校辞めるけん。(←岡山弁)」 友達 「え?」 ぼく 「で、オーストラリア行くけん。」 友達 「は?」 ぼく 「だから、次会うのは3年後かな。」 友達 「んんん!?!?!?」 そんな感じで、地元岡山県の高校を中退し、単身オーストラリアに渡ることになったぼく。当時17歳。 なぜ17歳でオーストラリアに渡ろうと思ったのか。 それまでの学
菱沼 真
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人生で大切なことは全て小学校の校長室で学んだ

僕は小学生の頃、いわゆる「いじめ」で不登校になっていた時期がある。 「死にたい」 そう真剣に思っていたこともあった。 その窮地を救ってくれたのは、小学校の校長先生だった。 そして保健室登校ならぬ、「校長室登校」を経験した。 こんな話、人前でしたことなんてなかったが、当時の自分の素直な気持ちと、校長先生への感謝の言葉としてSTORYSに書きたい。 不登校 小学6年の時だ。 僕は不登校に陥っていた。 不
橋本 英明
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社会人になって怒られた5つのこと

大学を卒業して会社勤めになると、 上司や先輩にあれこれ怒られることも多い。 怒られるいるうちが華だ。 そんな風に言われることもあるけれど、 好きで怒られる人なんていないはずだ。 もちろん、僕だって。 怒られるのは、好きじゃない。 ただ、大なり小なり、 色んなことで怒られてきた。 よく怒られるくせに、 人の話をちゃんと聞かないもんだから、 もっと怒られる。 その繰り返しだ。 時々知らされていないことや
Ishiguro Shiho
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尖閣問題、大気汚染、そんな1年を中国で過ごして思ったこと、出会った人

中国に留学した理由:自分を変えたかったから それだけでした。 夢と希望を抱いて始まった大学生活、気がつけば2年後期、 大学に入って、私は何をしてきたんだろう、と。 自由な時間は多かったはず、なのに何も成長できていない、やばい、このまま卒業してしまう 気がついたら私は、大学の海外交流課のカウンター前。 2次募集もすぎていた交換留学枠、トントン拍子で話は進み、3ヶ月後には出発、、 あれこれ考える間もなく

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