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大槻 一彦

面白法人カヤック
面白解析士
ネタっぽいけど実話です。

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大槻 一彦の人生のストーリー

読んでよかったストーリー

長友 肇
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14

大事な事はみんな高速電脳で学んだ

はじめに 1997年、まだ秋葉原が自作PCの街として栄えていた、そんな頃のお話。 僕は当時大学2年生で、典型的なモラトリアム学生として日々ポンチ―言うような4人中国語勉強会に明け暮れていた。起きたいときに起き、眠くなったら近くの友達宅に転がり込む模範的な高田馬場学生だった。 その頃はまだベンチャーとか起業といった会話はほんの一部の学生の間のみの話。SFCの設立に刺激された早稲田でなんとか対抗するべく
足立 晴子
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私がDNAを残したくない理由の話

幼稚園で友達がクリスマスにはプレゼントをもらうパーティをすると言っていました、私はそれを素直に母に話しました、 クリスマスの朝私の枕元には欲しかった編み物が出来るおもちゃが置いてあり、小躍りしながら下の階に降りました、当時はもちろんサンタクロースが居ると思っていたので激しく興奮していたのを覚えています。 実家は一階が店舗になっていてその日はたまたま休業だったと思います。降りてみると従業員の連れてきた
中川 健一郎
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結婚相手に出会う瞬間から結婚するまでの話

日記から始まるストーリー 作 ケニー プロローグ 君に出会ったのは,そう、7年前の春。日本ではサブウェイの店長だった僕の店の,アル バイトで働いていたタッキーと僕が,たまたま同じ時期にニュージーランドのクライスト チャーチに滞在することになり,タッキーが僕らのキューピットになってくれた。タッ キーが通っている語学学校の友達を紹介してくれた時,その一人がオリーブだった。街中 を別行動で散策することにな
田口 比呂貴
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4

誰にも言っていない、僕が地域おこし協力隊として山形に移住した本当の理由。

大鳥に来て半年が経ちました。 本当に有難いことに。鶴岡市内の方にも知り合いが増えてきて「なんでここに来たの?なんで地域おこし協力隊になったの?」と聞いて貰えることも増えてきました。 理由をお話する時は結構省略しがちに話をしますが、今回は文章なので鶴岡市の地域おこし協力隊になった背景をありのままに書いていきます… これからの時代の働き方・生き方に対する疑問 僕が大学生の時にはJALは潰れるわ、リーマン
松永 悦子
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…仕事をするということ。その2

私はこれが好きだから、得意だから、向いているから…。 背景に親やパートナーの力があるから…。 そういう「これ」や「力」がある人はいい。 食べるため、生きるために、家族のために、好きでもないしたくもない仕事にあくせくしている人のほうが多いかも知れない。 「たった一度の人生なんだから、したいことをすればいいのに」と"出来る""出来た"人は言う。 好きなことを仕事にし、得意なことで生活していける人は幸せだ
大川原 千代子
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むかしむかしにむかしがありました。

モコちゃんは3才になったばかりのわたしのこども。 母親の後ろ姿を見ながら、 「どうしようもないお母さんが歩いている」と、山頭火のようにのたまった逸話あり。 わたしは、当時編集者で単行本のシリーズのデレクションをおこなっていた。 10冊くらいのシリーズなんだけど、イラストや写真もふんだんに入って実用書で、それぞれの本にたくさんの人が関わってお祭り騒ぎで本作りをしていた。 普段は保育園に送って行って、わ
Matsui Takahiro
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セブのシンボルであるサント・ニーニョと精霊信仰についての話

ボルネオ島の西側にあるスラウェシ島にコーヒーで有名なタナ・トラジャという地域がある。険しい山道を抜けると突然山に囲まれた盆地に桃源郷のような集落が現われる。ずいぶん昔のことだが、数週間滞在したことがある。 ここでは山間の傾斜地で陸稲を栽培し、弥生時代さながらのハンドナイフ(楕円形の木片にかみそりの刃を仕込んだもの)で稲穂を刈り取る。それを高床式倉庫そのものといった構造の貯蔵庫に保存する。この倉庫、「
阪口 ユウキ
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あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。

どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで! こんにちは! WEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口といいます。 僕は今の仕事をはじめてまだ稼げなかったとき、2011年9月~2012年4月まで、 大阪・あいりん地区のドヤ街で暮らしていたことがあります。 (詳しい経緯は「 鬱病で半年間寝たきりだった僕が、PC1台で世界を飛び回るようになった話。 」で書いてます) そのと
Matsui Takahiro
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「グローバル人材」育成についての話

先日、日本の高校の教育関係者の方と話す機会があったけど、日本語教育でもおなじみの「グローバル人材」なる言葉が日本の教育界でももてはやされているらしい。 その人曰く「わざわざ『グローバル人材』なんて言葉を持ち出す前に、日本人であろうとなかろうと、人ときちんとかかわっていける教育環境を整えるべき。そういう意味で考えると、この環境さえ整えれることができれば『グローバル人材』などと言う言葉を持ち出す必要もな
Fukuda Takuya
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あるスカウトマンの儚い初恋の物語

東京六本木スクランブル交差点 夕方の六本木のスクランブル交差点 仕事終わりのサラリーマン、夜の蝶の女性、多国籍の外人が行き交うこの場所に毎日自分がいる。 いつも通りキャバクラの出勤前の女の子に声をかけお店を紹介するのが俺の仕事 時には渋谷、新宿と昼間の街路時に立ちOLや学生にも声をかける。 紹介先はキャバクラに始まり風俗、AVと多岐に渡る。 どんなに可愛かろうが俺にとっては女の子=お金でしかなかった

書きかけのストーリー

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