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中野 ガンジー

子どもを亡くして社畜をやめました。この話を書ききることで、なにかが始まるとおもっています。

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中野 ガンジーの人生のストーリー

子どもを亡くして社畜をやめた話①

子どもを亡くして社畜をやめた話① まずはじめに この話を読んでくれてありがとう 本当に感謝すると共に あなたの人生がより良いものになる様 こころから願うよ これから連ねるお話は 題名のとおり おれが子どもの死をきっかけに社畜をやめた という内容で 自己満足を多分に含んでいるから 読んでいて気分のいいものではないとおもう そして これは最近になって受け入れられる様になったのだけど この程度の不幸な出来

子どもを亡くして社畜をやめた話②社畜ライフ

子どもを亡くして社畜をやめた話②社畜ライフ 会社について おれはその頃 とある中小企業の営業担当だった その会社は業界の中でもニッチな商材に特化しており 少しでもその商材に関わった事があれば まず知らないという人はいないが 商材自体の社会的認知度がそれほど高くない為に 会社名を言っても ほとんどの人が「?」となる そういう会社である 例え話をすると 「伊藤壇」 というプロのサッカー選手がいる この選

子どもを亡くして社畜をやめた話③山手線でローキック

子どもを亡くして社畜をやめた話③山手線でローキック ビリケン社長 おれがその会社に入社したのは 創業社長が亡くなり 現社長が就任した2年後のことだった 現社長は創業社長の愛人の連れ子で 血縁関係は無いはずなのだが 何故か創業社長の一存で就任が決まったらしく 創業社長は彼に席を譲った直後に病死している 当時彼はまだ30代半ばという若さで 前職は全くの異業種であった 現社長は引きつった作り笑顔が特徴的で

子どもを亡くして社畜をやめた話④妻からのメール

子どもを亡くして社畜をやめた話④妻からのメール 目が覚めた時 むすこが死んでいた 体温が抜け始めている その小さな体を抱き上げて妻に渡す 彼女は 慈愛に満ちたような 打ちひしがれて緊張を失ってしまったような 緩やかな表情で 何も言葉を発することなくただむすこを抱きしめた おれはそのときの彼女の表情が忘れられない 感情の抜けきった人間の表情は 思い出すだけでも背筋を冷たくする 不幸 これから訪れる幸福

子どもを亡くして社畜をやめた話⑤嗚咽の家と恫喝の職場

子どもを亡くして社畜をやめた話⑤嗚咽の家と恫喝の職場 中央線に揺られる どこかの駅で人生に絶望した人間が線路に飛び込み また今日もダイヤが乱れる 鬱屈した感情が車内に満たされていくと同時に 慌てて携帯電話を取り出した人々が それぞれの会社への遅刻連絡を始める 次の駅に着いたら降りようと決める 遅刻すると会社へメールを送る 車両は微動だにしない おれはメール送信の画面を閉じ ブックマークしておいた記事

読んでよかったストーリー

馬場 峻樹
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ダメバンドマンの人生がMac一台で180度変わった話 ③ 完結

Appleの製品はご存知の通り、美しい。 化粧箱まで美しい。 ロックをやっていた僕には、ロックスター的な先輩がたくさんいた。彼らが口癖のように言っていた言葉がある。 ロックスター先輩 ハッタリかましながら成長しろ ロックスター先輩 セクシーじゃないやつは出しゃばるな 編集 おつむのアレなシュンキは都合よく受け取っていたので、自分がイケテルと思うならそれを信じろ!という美しい言葉だと思っていた。(今も
青島 克義
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こだわりの理容業

少年時代はスポーツ大好きな少年。 スポーツならなんでもマルチにこなしたい性格の持ち主だった。 その時代、中学生男子は「丸刈り」が当然な世の中。かっこよく服を選んで着こなそうにも丸刈り頭にニキビ面にはどうしても似合わない。 まぁ、元気に外で遊ぶ方が似合っているから仕方ないのだが。 高校生になってからは髪も伸ばせると思いきや入った部活の方針で2年生の春までは結局「丸刈り」。 その後、髪をカッコいいスタイ
Takegami Takayuki
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奇跡を初めて感じたとき。

家族のことを少しだけ書きます。 今の自分があるきっかけをここに綴ります。 あまり書くべきではないと思いながらも、きっと同じようなことで苦しんでる人もいるのではないかと思い、ほんの少しだけでも気持ちを立て直すきっかけになればと。 僕が高校1年の春、祖母をガンで亡くし、祖父をその翌年肺炎で亡くしました。祖母は1年間の闘病の後、亡くなったが献身的に看病をしてた母が異常を感じたのも、祖母の病気が発覚した頃だ
Funahashi Naoki
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招待券無しでTEDxTokyo2013に参加した話

5月11日、1+1=11になった。 5月11日に渋谷ヒカリエで開催されたTEDxTokyo2013に参加してきました。 TEDとはTechnology, Entertainment, Designの頭文字からきたアメリカ発祥の講演会で、様々な分野の人々が自らの「広める価値のあるアイデア」を共有するためのもの。 有名どころでは、ビル・ゲイツ、アル・ゴア、ビル・クリントン、マイケル・サンデル等が登壇して
Osaki Kotaro
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ミスターマリックとなぜ僕が戦うことになったのか(第二章 ~蹉跌~)

そんな数奇な運命の糸(意図)に手繰りよされた出会い。それがマリックさんとの出会いであった。 僕は、子供の頃に劇団ひまわりに通っていた持ち前の演技力を発揮し、鼓動が聞こえるほど心の中では大きな動揺をしていたが、全く同様をするそぶりを見せず無表情を装った。 「あんた誰?」顔である。 しかしながら、そこは百戦錬磨なマリックさん、僕の一瞬の顔のひきつりを見逃さなかった。 その証拠に僕がイリュージョニストであ
Riney James
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ホッケ食べれない理由

全ては居酒屋から始まりました。私は、父と夕食をとりながら様々な話をしていました。そこにいるのは、ほとんどが学生か孤独なサラリーマンという安い居酒屋でした。でも私たちは気にしませんでした。日本にようやく到着し、疲れきっていたのです。だからとにかく私たちが欲しかったのは、食べ物でした。 父は、何種類か魚を勧めてきて、その内の1種類がホッケでした。それを少し口に入れて話を続けていると、突然喉に何か違和感を
大塚 雄介
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私がSTORYS.JPに参加した理由

「世界を変える仲間」を求めて    今考えると私がSTORYS.JP参加したのは偶然の連続です。 当時私は、「世界を変えれるような仲間が欲しい。」と本気で望んでいました。仲間を探しに、興味のある勉強会、Tech系のイベント、スタートアップの集いなどに時間を創っては参加をしていました。しかし、私の心を動かすような、「世界を変える仲間」には出会う事ができませんでした。 全ての始まり  ある日、たまたま
Riney James
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友達がねずみ講に投資してしまった話

大学生の頃、私は「多文化ビジネスクラブ」というビジネス組織の執行部の一人でした。これは、学生に国内だけでなく国際的なスケールでビジネスを考える事を奨励する学校の組織でした。私たちのビジョンを養成していくため、様々なテーマを元にたくさんのゲストスピーカーを招き、イベントやワークショップなどのあらゆる催しを行っていました。採用の目的で学生たちと交流を計ろうと、多くの企業が私たちのクラブとパートナーとなり
Noz O
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エアコンの取り外し

つい今しがた、エアコンの取り外しに業者の人が来た。今住んでいるマンションは建て壊しになるので、もともとついていたエアコンを大家さんから譲ってもらったのだ。業者の人はエアコンの取り外しをする前にこういった。 「このエアコンもう結構古いので、取り外し、洗浄、取り付けするなら、新しいのを2万5千円で買って取り付けたほうがいいとおもいますが。。。」 「えっ、エアコンってそんなにやすいんですか?」 「価格ド
Riney James
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私が何故STORYS.JPを作ったか。

私の 父 は、旅人でした。 旅人と言っても、単なる旅行好きという意味ではなく、普通の人は中々経験しないような未知の出来事に積極的に飛び込んでいくという意味で、本当の意味での旅人でした。 父親は、私が幼い頃から世界中で遭遇した様々なストーリーを話してくれました。 大学時代にアメリカ中部からフロリダまでヒッチハイクをした話、アラスカまで車で友達とドライブして、アラスカの鉄道で働いた話…。 何度も何度も

書きかけのストーリー

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