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髙木 淳子

髙木 淳子の人生のストーリー

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髙木 淳子の人生のストーリー

海外生活

私がソウルに住んでいる訳 そもそも、なんで私がソウルに住んでいるか、久々に考えてみた。 自分で決めた?そういう面も確かにある。でも、それだけで、すべて事が運ぶとは思わない。 なんでこんなとこに22年も居座っているか、そもそもの始まりは、大学生の頃に遡る。 専攻学科は総合科学部という変な名前だった。そこの西洋文化コース。 まじめに通ってまじめに授業も受けたけれど、これといって、心を動かされるものはなか

いわくつきのイス

たぶん、あのイスがいわくつきのイスではなかったか 私は先週、あるイスを捨てた。 3年前、夫が買ったデスク用のイスだ。クッションがぶあつくて、ソファーのようなかんじ。 このイスは定価4万円くらい。デスク用のイスとしては高価な品物。 初めて見たときから、私はこのイスが気に入らなかった。 夫が言うには、中古で買ったとか。1万6000円で、新品同然だと。 それを聞いて、さらに嫌いになった。 じゃあ、元の持ち

3月10日ソウル

最近、反韓感情があちこちにあふれていると聞くが、ここ、ソウルにいると、そういう状況には疎い立場になる。 そんな私が今日、ソウルで3月10日、朴大統領の罷免発表をテレビで見ていて、どんな気持ちだったか。 11時に始まる憲法裁判所での中継を待つこと、朝から、気忙しい思いだった。 大学生の息子といっしょにテレビの前に座って、発表の1時間前からテレビをつけていた。 日本に住む日本人にはわからないだろう、深刻

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読んでよかったストーリー

Murao Masaki
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最終話:11歳で母を自殺で亡くした若者が生きることを諦めなかった『からあげ』の話。

からあげが2個 そのような僕が生きることを諦めなかったのは、理由がある。 僕は中学校に入ってクラスの委員や部活動でリーダーを務めるようになった。前向きな気持ちがあったからではない。周りに心配をかけてはいけない、自分がしっかりしなければいけない、その気持ちだけが体を動かしていた。 放課後は、夜遅くまで友達と遊ぶようになった。部活動が終わって帰宅すると、自転車に乗ってバスケットボールのコートがある公園へ
大園 麗花
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ネットビジネスで稼いだ元主婦のホンネ

大園麗花はどんな主婦だったのか はじめに 私はいい人ではありませんので、誰にでも優しいことはいいません。 結構厳しいこと言います。 ここでは今まで公開したことがない本音を書きます。 私は離婚して4年目くらいになりますが、26歳で結婚して幸せな生活、すぐに息子も生まれ主婦らしい生活を送ってました。 今でも月二回子供達はパパの家で過ごしてます。 当時はお金がないながらもやりくりして電卓片手にベビーカー押
Full Yuka
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毒母に育てられて7

あの日、あなたに出会わなければ私は、きっと、まだ悪の渦中で生きていたのかも知れない。 主人と出会ったのは、16歳の時。 その時、周りは悪い奴ばかりだった。 その中で断トツに良い人だったのが後に主人となる人。 話が面白い訳でもなくてパッとしない人だったし、優しいだけの友達止まりって感じの人だった。 そして、体育会系で礼儀正しく真面目な人。 正直、こんな人に出会うのは初めてで、戸惑いはあった。 私は彼に
柳川 昂輝
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会社辞めようと思うんだ。。。

何を楽しみに生きているのか? 僕は今年で30の歳になります。 そんな僕が今までの人生でとても大きな決断をしたのは、 会社を辞めるときでした。 辞めようと思ったきっかけは単純な理由で、 このまま続く自分の人生に嫌気が差したから。 会社を辞めるときの話に入る前に、 簡単にこれまでの僕の簡単な人生をお話しておきたいと思います。 自分で言うのもなんですが、 ごくごく普通の人生でした。 僕はこれまでの人生、
椿 ゆう子
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貧困、レイプ、エイズ孤児...100万人のスラム街に生まれても、どうして神を信じられるのかをナイロビで聞いてきた話

2014年、春。私は会社をやめて、ケニアの首都ナイロビに来ていました。 貧困、飢餓、紛争......などのイメージがあるアフリカの中でも、ナイロビは都会です。 泊まったホテルのスタッフは正規品のiPhoneを持っていて、民族衣装でなくVOGUEかELLEから出てきたようなファッションで街を歩く女性がいて、ラップトップを持ち歩くスーツのビジネスマンがいて......ファーストフード店や大型のショッピン
Ohara Karen
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39歳からの奇跡の人生大逆転!ずっと結婚できなくて悩んでいた私が、ちょっとだけ思考を変えたら2週間で電撃スピード婚をして幸せになった話。

​ 30代最後の誕生日を迎え、またため息が出た。 あぁ、30代のうちに結婚したかったなぁ。。。 今から誰かと出会って運良く付き合うことになったとしても、結婚に至るまでには…と考えると気が遠くなりそうだった。 家族もいる、何でも話せる友達もいる、仕事も安定している。 それなりに楽しく恵まれた生活。 それでも何か満たされない思いで、このまま同じ感じの生活が続くのは耐えられないと思っていた。 今年こそ人生
遠藤 啓太
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カルト教団の信者であった母親の思い出

私は約40年間という長きに渡って、精神的な世界を相手にただ1人でずっと戦ってきた。 精神的な世界と言っても、教団にいた頃の自分にとっては、生きるか死ぬかを意味するほどの現実的な世界そのものだった。 たとえ、その世界がカルト思想によって形作られた世界観であったとしても、それが自分たちが生きている世界の全てなのだと信じ込んでいた。 その戦いは私がまだ物心のつかない頃、3歳の頃から始まった。 それはちょう
大貫 恵
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急に旦那が死ぬことになった!その時の私の心情と行動のまとめ3(本編)

前編・後編お疲れ様でした こんにちは、おおぬきです。 長々と暗い話にお付き合いくださり、ありがとうございました。実は私が本当に書きたかったことは、こちらの本編です。もう少しお付き合いください。 旦那が死んでそれからどうした? 行動①家を出ました 旦那の四十九日が終わってすぐ、一緒に住んでいた家を出ました。これはお義母さんからの提案でした。多分みんな 「家出るの早すぎない?」 って思うかもしれません。
青峰 隆
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20年の月日を経て明かされた出生の秘密。他界した母親が僕に望んだこと。

僕は生みの母親の顔の記憶は無い。どんな人なのかも知らなかった。 ただ、ずっと疑問に思っていた。 なぜ、僕が生まれて来てすぐに亡くなったのか。 僕はなぜ生まれてきたのか。 「♪♪♪〜♪♪♪♪〜」 ジョージ・ウィンストンのLonging / Loveが鳴り響く。 父親が弾くピアノはいつもこの曲だ。 30年経った今も曲目は変わらないから 僕が生まれる前からずっと弾いているに違いない。 だからこの曲を聞くと
アルバート 伊藤
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自殺を決意した40代のオジサンが直前でチャットした変な10代。

今の時代LINEというアプリは生活に欠かせないコミュニケーションツールになり、犯罪はもちろん、政治家の失言なニュースでも良く取り上げられるようになりました。ちょっと前まではこれを「メッセンジャー」なんて呼び方をしていた覚えがあるんですが、皆様が覚えている初めて使ったメッセンジャーはなんだったんでしょうか。 僕にとってそれは「ICQ」というソフトウェア(アプリ)でした。ICQは1990年代中東で開発さ

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