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TAKAGI JUNKO

TAKAGI JUNKOの人生のストーリー

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TAKAGI JUNKOの人生のストーリー

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私と ○○○
95

私が今死んでない理由

虐待、施設育ち、家出、援交、風俗、身元不明者、借金 私の生きてきた足跡はぐちゃぐちゃだ。 私は両親から手を離され施設で育ち、途中から親の元へ帰るも高校を中退し家出をした。 そんな私が出会った人はもう二度と会えない、私のあしながおじさん。 十五歳で家を飛び出した私は友人から教えてもらい、身体を使ってお金を稼ぐ方法を知った。 後先の事は考えてなかった、ただなんとなく何もかもが嫌で。 オジサン 腹、減って
平山 真康
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『 一度死んだ、あの日から。』 ~ 僕が、起業するまでの話 ~【最終回】

【 大学受験を乗り越え、起業の道へ。】 奇跡が起きた。 なんと、翌年の春、一浪の末、 大学に合格することができた。 体の震えを押し殺しながら、勉強を再開出来たのは11月。 そこから延々と泣きながら、相変わらず全力で歌いながら、 高1の内容から勉強しなおした末、 唯一、1校から合格通知が来た。 まさか合格出来るとは思っていなかった。 もう無理だと思っていた。 本当に信じられなかった。 初めて嬉し涙を流
大川 忍
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「人生って意外と 捨てたもんじゃないよ。」

「性同一性障害」「パニック障害・うつ」 「妊娠・中絶」「自己破産」を体験した ひとりの男?の生き様。 はじめに   どうもみなさんこんにちは。 このストーリーに出逢ってくれて本当にありがとう。 この本は現在37歳で、 生まれた時は女の子だったけど 今は戸籍が男になった小さいオッサンが書いた しょうもないけどデンジャラスで エキサイティングな自叙伝である。 昭和52年8月12日に大川家の「長女」として
村上 クミ
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12話 2人の子供は障がい。6年間不妊治療をしてやっと授かりましたが個性的な子供たち。さらに私の夫は…。私はエステティシャンの夢。波乱万丈な私の人生!<ムスメがてんかん。薬の調整をしている時おそろしいことが!>

ムスメは病院でてんかんと診断されました。 発作が起きないように、薬を少量から始めのむ量を調整していたのです。 ある日幼稚園から帰るとしんどうそうにしていたので、熱を測ると37.2度でした。 そんなに高くない熱なのに、しんどそうです。 38度の熱でも元気なのに・・。 ゴロゴロしているので、夜の7時すぎに寝かせました。 こんな時間に寝るなんて・・。 私はムスメを寝かせながら、いつもの睡眠不足から一緒に寝
雨宮 優
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学校設立を目指した学生が、DJになって野外フェスをつくるに至った話

どうせ将来はニートにでもなるんだと思ってた 夢がない、って言ったら嘘になるかもしれないけど なんとなくそういうことはごまして、実現しそうな未来だけ話す少年期だった。 今が楽しければそれでいい、とも思ってなかった。 ひっかかるものがある、でもそれが何かは分からず 「自分らしさ」とか「ありのまま」とかそんな言葉を多く使って 自由に生きてるぜっぽくはしたけど、結局そんな言葉こそが繭だったんだと思う。 今す
徳永 智樹
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1

猫は鎹(かすがい)

この写真は、私の実家で飼っていた猫です。 17年前、いつもお世話になっている動物病院から 「可愛い子猫ちゃんがいるんだけど 徳永さんところで飼わない?」とTELがあり 見に行った母が一目ぼれして持って帰ってきた 生後二か月頃の実家の猫です。 昨年秋、その実家の猫(16歳 ゴン)が 天国へ旅立ちました。 私の実家では、40年前に家を建てた時に 以前住んでいた団地の回りにいた野良猫を 父が無理やり車に乗
井筒 厚子
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普通の主婦の普通じゃなかった半生 15 (実話自伝)登校拒否〜身障者〜鬱病からダイバーへ

母へ。 最終章。 私の「普通の主婦の普通じゃなかった半生。」 これでもか!これでもか!と自分を試されているような波瀾万丈な人生でしたが、引きこもりだった私が普通に結婚し、家を持つことができ、心身ともに落ち着いてきて、膝も完治してないとはいえ歩けなくなることは無くなり、夫や母とも良好な親子関係を築けて、友達にも恵まれ、鬱病もパニック発作が出なくなり、一人前のダイバーになれ、すべてが順風満帆になっていっ
えむ こ
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2

潜在意識という呪いに気づいて、 自分を開放し人生を好転させたアラサー女の話

私は長年、典型的ネガティブ人間でした。 自分のことが大嫌い。 脳内の口癖は 「どうせ私なんて」 「私なんかが」 「死にたい」 「私はどっかおかしいんだから人並みになるには人の100倍努力しないと」 「ブスでデブで救いようがない」 自分をいじめまくってきました。 私の家族は 視覚障害者の父 パート勤めの母 8つ離れた姉 がおり、 大黒柱の父が視覚障害のため仕事も限られ あまり裕福な家庭ではありませんで
Murao Masaki
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最終話:11歳で母を自殺で亡くした若者が生きることを諦めなかった『からあげ』の話。

からあげが2個 そのような僕が生きることを諦めなかったのは、理由がある。 僕は中学校に入ってクラスの委員や部活動でリーダーを務めるようになった。前向きな気持ちがあったからではない。周りに心配をかけてはいけない、自分がしっかりしなければいけない、その気持ちだけが体を動かしていた。 放課後は、夜遅くまで友達と遊ぶようになった。部活動が終わって帰宅すると、自転車に乗ってバスケットボールのコートがある公園へ
大園 麗花
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ネットビジネスで稼いだ元主婦のホンネ

大園麗花はどんな主婦だったのか はじめに 私はいい人ではありませんので、誰にでも優しいことはいいません。 結構厳しいこと言います。 ここでは今まで公開したことがない本音を書きます。 私は離婚して4年目くらいになりますが、26歳で結婚して幸せな生活、すぐに息子も生まれ主婦らしい生活を送ってました。 今でも月二回子供達はパパの家で過ごしてます。 当時はお金がないながらもやりくりして電卓片手にベビーカー押

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