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小林 優介

小林 優介の人生のストーリー

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小林 優介の人生のストーリー

読んでよかったストーリー

Funamizu Mac
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デザイナーの役割

自分は英語講師の後デザイナーになり、2年ほどしてからある銀行のインハウスデザイナーとして温々と5年ほど過ごした後、フリーランスでデザイナーをしていました。フリーランスは自分自信が会社なので、デザインのスキル以外に学ぶ点が非常に多く、同時にデザイナーとしても数多くの同業者の中で選ばれ、生き残っていく術を身につけることができました。おかげさまでヨーロッパと北米では少し著名になり、名指しでプロジェクトに呼
中原 淳
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テック系ギークはデザイン女子と結婚すべき論

「40代の既婚率は20%以下です。これは問題だ。」 というのが新卒で就職した大手SI屋さんの人事部長の言葉です。初めての事業報告会で、4000人以上いる社員の前で放った言葉。で、その会社の女性率は10%以下・・・。 以降、いくつかIT企業で仕事しましたけど、大体状況はどこでも同じなんじゃないでしょうか? これはヤバイと思って、友人の紹介などで、合コンしたりしましたけど、はっきりいってそいう場所で出会
Uemura Tomoe
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私がSTORYSをはじめたきっかけ。

私はあることをきっかけにして、自分の人生が変わる経験をしました。 それから、いいことも悪いことも人一倍おこるようになり、現在進行形です(笑) 私の人生を変えたと思われる出来事は、 2001年9月11日 におこりました。 この日付にピンとくる方もいらっしゃるかもしれません。 大きな事故や事件は、現地にいて被害を受けた方はもちろんいろいろな人に影響を及ぼします。 でも、少なくとも私にとっては貴重な体験で
若槻 健人
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彼女にふられて西日本を縦断した話

別れは突然に、、 大学生の私は、当時付き合っていた彼女にふられ、食事も喉を通らないほど落ち込んでいた。 ポジティブだけが取り柄の自分がこんなに落ち込む事に驚いた。 当時はその彼女がそれだけ、好きだった。 しかし、失恋は、時に大きな挑戦心を生み出す。 もやもやとした気持ち、 ふられた彼女を、見返したいと言う気持ちから、何か大きなことにチャレンジしようと考えた。 そこで私は、大学の仲のいい2人の友達をカ
Kuribara Kao
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変な世界に迷い込んだみたい ~ 研究者の嫁 ~

 恋愛から踏み込んで結婚や同棲をする、これはどんな関係であっても男側でも女側でも同性同士だろうと自分の今までの生活と違う世界と接触することになります。  価値観・生活習慣・好むもの・好まないもの・・・・  すり合わせたり妥協したり、許したり、逆に治してもらうよう努力したり・・・  それはどんな結婚・同棲であってもあることだとは思います。それができるから人間って面白いわけだし。  しかし変わった職業の
間部 理仁
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学年ビリ、偏差値30台の落ちこぼれが、大学を辞め、世界の名門ロンドン大学に留学、そして商社マンになる話

担任「お母さん!お子さんがテスト中にいなくなりました。」 数学の試験中にいなくなった僕を心配し、高校の担任の先生が家にまで電話をしてきた。 問題を見ても全く分からないので、考えるのを止めて教室を出た。 高校三年時の偏差値は30台。試験前には担任が赤点を取らないように電話してくるほど成績が悪く、学年でビリを争う 四天王 と呼ばれるほど バカ だった。 授業中に勉強もせず何をしていたかと言うと、ゲームを
明日の タケシ
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【第1話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

ひとりで生きていくという本当の意味を、理解するのは難しい。 それは、誰もがひとりでは生きていけないと思っているからであり、誰もがひとりで生きているのだと、信じているからに違いない。 僕が父子家庭になったのは、平成17年冬のことだった。 父子家庭という生き方が世の中に認知されるずっとずっと前のことで、それは思いがけずある日突然に訪れた。 その年のクリスマスにサンタさんがやってこなかったのは、子供たちが
宇野 成人
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何で?なんでいつも結果を残せないんだろう・・・42歳で会社を辞めて、やっとわかった「結果」を出す為の方法

リングで闘うボクサーの重心は、前足6後足4にあるといいます。 基本姿勢が前のめりなんです。 常に相手に向かっていつでも攻撃出来るように。 攻撃された時はいつでも後ろに避けられるように。 闘う姿勢とはそういうもの。 例え、その相手が人生だとしても。 いじめっ子 はやくお座りして ワン って言えよ~ ぼく え・・ わ、わん・・ 小学生の頃、ジャイアンのようないじめっ子がいました。 会うたびに犬の真似させ
菱沼 真
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人生で大切なことは全て小学校の校長室で学んだ

僕は小学生の頃、いわゆる「いじめ」で不登校になっていた時期がある。 「死にたい」 そう真剣に思っていたこともあった。 その窮地を救ってくれたのは、小学校の校長先生だった。 そして保健室登校ならぬ、「校長室登校」を経験した。 こんな話、人前でしたことなんてなかったが、当時の自分の素直な気持ちと、校長先生への感謝の言葉としてSTORYSに書きたい。 不登校 小学6年の時だ。 僕は不登校に陥っていた。 不
野中 秀訓
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ちょうど1年前に余命12ヶ月宣告を受けた話。第5話

屋久島から帰るやいなや、次の旅行の計画を立てた。何せ、ガンの進行具合と抗癌剤の副作用で、いつ自由が奪われ始めるかハラハラもので、なるべく早く次の旅行に行きたかったからだ。  場所は決めていた。 ウチは小学4年か5年になるまで祖父が始めた小さな新聞屋を家業としいた。そのせいで年中無休で働く両親を見て育った。父は郵便局勤めをしながらの手伝い程度の関わりだったので、小1の時に祖父が他界した後は、母が中心と

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