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TKD C

最近はカンボジアで新しい事業を始めています。

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TKD Cの人生のストーリー

震災後にボランティアをするため退職。その後被災地支援を継続しようと起業したストーリー。の前に自己紹介

これまで私は、3.11東日本大震災の被災地である岩手県大槌町に住所を移し1年半ほど瓦礫撤去、対人支援活動をしてきました。活動内容は多岐にわたるのですが、主な内容は 被災者からの24時間電話相談対応、仮設住宅・在宅避難者・みなし仮設世帯の各戸訪問。物資配布、病院送迎、各支援機関とのつなぎ でした。仮設や在宅など、訪問回数にすると延べ回数で 1万8000回 ほど。 東北入りしたのは震災の発生した2011

自己紹介です。

「被災地は復興したの?」岩手県大槌町で各戸訪問を続けるボランティアに聞いてみました。

被災地は復興したの? 震災発生から3年が経過しようとしていますが、メディアを通して被災地の情報を知る機会は少なくなり、 すでに復興してしまった と思われているかたもいらっしゃるかもしれません。今回は個人的なストーリーを書く前に、 被災地から遠く離れた地域に住みながらも被災地に思いを寄せるかたがた と、 現在も被災地で活動をされているボランティア との間で昨年9月、Skypeを使い 実際に交わされた会

こんな活用すると運営のかたに怒られてしまいそうですが、被災地の現状をわかりやすく説明しています。あくまで、ストーリーの前に。。です

セックスワーカーとして生きる

タイ、ミャンマー、カンボジアでセックスワーカーとして生きていく女性たちの生活は簡単なものではありません。カンボジアで出会ったLiは、首都プノンペンから南西に車で2時間離れたKrong Kampot(クロン カンポット)出身の22歳。お金を稼ぐためプノンペンへやって来て、バーで働いている。客が入ると十数名の女性たちと共に客の前に並び、指名を待つ。指名されれば席に着きお酒をねだり、日本でいうこところのス

仕事柄海外へ行きます。その中で視えるものです。

復興への加速となるもの

岩手県大槌町 サンタで賑わうクリスマスの相談 男性とは避難所時代から 1年半の付き合いですがはじめて聞く話。 男性は、津波で物的・人的被害は無かったものの職を失いました 当時の給与は25万円以上。それがあの日を境にゼロ。 家には、妻と幼い子どもも含めふたり 震災後、すぐに再開された家賃・公共料金の請求 罹災証明は発行されないため、失職を町に証明し 現在家賃の負担は無くなりました。しかしそれは、有期。

赤線の想い

H24.10.01〜 過去1年3ヶ月にわたり東日本大震災の被災地である岩手県大槌町で仮設住宅・在宅被災世帯において、ボランティアにより継続された各戸訪問をして得たケース記録。訪問回数は延べ1万8000回。膨大で大変貴重なデータを現在分析しているのですが、その作業もいよいよ大詰め。 そのなかで、"過ぎたコト"に目を向け、思い返す時間がある。震災が発生し、わずか1年7ヶ月という期間。過ぎた時間には数えき

「今を一生懸命に生きる」それもボランティア

「ボランティア」について 現在カンボジアで事業を進めていますが、カンボジアには大人、子どもを含め多くのホームレスがいます。政府からの支援は無く、東南アジア諸国が急速な経済発展を進める中でその問題は深刻化しているように感じます。 これまで、東日本大震災のボランティアを含め様々なボランティアをしてきました。その中で私の軸となっていることがあります。学生時代に行き着いた考えで、以下は2008年のこと。 自

東南アジアで起業したら、フェラーリが来た。

カンボジアで全てを投資した28歳の日本人。資本が5000円になったとき、私のもとへ1台のフェラーリが来たことでビジネスが動き出す ※あらすじ 3年程かけて海外進出先となる国を探し歩きカンボジアへたどり着く。1軒のヴィラを借りて起業するが、資金は5000円になっていた。それでも自身の直感を信じ営業を続けた結果、1台のフェラーリがやって来たことでビジネスが動き出す。 写真1 実際に来たフェラーリの写真 

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