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ぎぶん そら

今この瞬間を楽しんで感謝して生きていきたい!

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ぎぶん そらの人生のストーリー

夢を追いかける人々

アメリカに住んでいるのだから、自分の英語は大丈夫と思っていたが、仕事を始めたら、英語で書く能力のないことに気が付き、慌てて大学の夜の英語の読み書きのクラスをとった。そこには、仕事を終えた後英語力をつけようと毎晩勉強しに来る私を同じ様な外国人がたくさんいた。みんな、自分の英語能力を少しでもあげて、良い仕事に就きたいというエネルギーにあふれている。 そんな中でも、メキシコ人は特に真面目に勉強している。家

ジェームススキナー氏への手紙、アメリカより

私はこの2年間ほど、次女のことで苦しんでいました。私には子供が4人いますが、それぞれに自分の才能を伸ばす道を選んで、生き生きと生きて行ってくれています。アメリカで頑張って育てたかいがあったとおもっていました。でも、高校卒業を2年後に控えた次女が突然USNAVY ACADEMY(アメリカ海軍士官学校)に行きたいと言い出したのです。成績も優秀、スポーツ万能、学校でも人気者の彼女は、昔からの夢である獣医の

エムプテイ ネスト症候群

アメリカでは、子供が18歳になって大学などに行くときになったら、それは子育ての終わりを意味する。日本よりは少し早いと思う。18歳になれば法律的にも責任ができるし、ほとんどの子供たちは、大学に行くために家を出るからだ。子供たちはその時から一人立ちをするのだ。親はもうこうした方が良いというアドパイスもあまりできなくなる。日本よりももっとはっきりした。子供たちの旅立ちになる。 3年前、我が家のたった一人の

ここで、なぜアメリカから書こうと思ったか。50代からへのエール!

私がなぜ自分のストーリーを書こうとおもったかというと、わかいひとだけではなく、50代を過ぎた人々にエールを送りかたかったからです。私のように、子育てだけに生きてきたダメ主婦でも、夢をもって生きていくことができるよ、毎日をときめきながら生きていくことができるよと、話しかけたかったのです。確かに年齢を重ねると、肉体的にも精神的にも経済的にもつらいことはたくさん起こってきます。でも、自分に言い訳を辞めて

コンピューターのメンター、ミス アルフォードに出合った日を私は忘れない

アメリカの大学に入って一番困ったことは、コンピューター力のなさであった。ここの大学は(日本でもそうだと思うが)、今は授業だけではなく、宿題でも成績でもなんでも、コンピューターで管理される。そんなことも知らずに、その頃の私は勢いで大学に行こうと思っただけなので、イーメイルとインターネットしか知らないファイリングもできない状態だった。それで、あわててでコンピューターのクラスをとることになった。 クラスで

TV番組 The Real House Wives に見るなまのアメリカの女性の生き方

アメリカでは、金持ちの男性に群がる女性たちのことを(今は女性だけではないが)ゴールドデガーと呼ぶ。アメリカの歴史を考えればその言葉がどこからきたかだいたい想像がつくと思う。あまり良い言葉ではないので、適当かどうかはわからないが、その感覚を少し持ちあわした女性たちを描いたTV番組がThe Real House Wivesである。そこに出ている主婦の中には、結婚はビジネスであると豪語している人もいるぐら

アメリカの名古屋で不動産業をしています!

私の本業は不動産業である。私たちは7年前にニューヨークからノースキャロライナ州というところに、誰も知り合いがいないのに引っ越してきた。なぜノースキャロライナなのかというと、いろんなことが挙げられるが、一番大きな理由は教育水準が南部の中では一番高いということだと思う。ノースキャロライナには私立ではDuke大学が、公立ではUNCのような素晴らしい大学がたくさんある。特に、学費の安い州立大学はトップクラス

英語力ってそんなに必要?というより英語的な考え方が必要かも!

先週、私のボスと二人で、ちょっと市から離れた所に住んでいるクライアントさんにあいにいった。話しを聞いているうちに、私は自分が青ざめた顔になっていくのがわかった。このおじさんが(私もおばさんであるが)しゃべっていることがまったくわからない。何を言っているか本当にわからないのである。ただ、ボスの横でうなずきながら、私に話を振ってくるなよと祈っていた。大きな金額のクライアントさんであるだけではなく、とても

走るゲイル

私は毎朝起きたら、目をこすりながらの状態で、ソックスをはき、ランニングシューズをはいて、飛び出す。大した距離ではないが、近所を走る。頭が目を覚まして、面倒くさいと思わないうちに走り始める。自分の本質が怠け者であることは、長いこと生きていれば自覚している。だから、そんな自分が目覚めないうちにはしりはじめるのである。 私が走るようになったのは、親友でもあり、隣に住んでいるゲイルの影響だ。彼女は一日おきに

アメリカ人の金銭感覚その① 顔で見る、笑顔から怖い顔へ

アメリカ人が金銭感覚に日本人よりも厳しいものを持っていることは知ってはいたが、それでも驚くことがたくさんある。その中でもいつもすごいなと思うことは、彼らの表情なのである。 それまで、すごい面白いジョークをとばし、周りの私たちを笑わしてくれていた、笑顔の紳士が、金銭的なやり取りの話しになると、突然表情がマフィアのおっさんに変わる。それまで映画でしか見たことのない怖い顔に変わっていく。 この表情の変化の

若いころの私の夢が年代を超えてかなっていく。ニューヨークキャリアウーマン!

「ママ、ついに会社の中に個室のオフィスをもらえたし、部下も若い男の子を雇ったよ。」とボストンでキャリアウーマンをしている長女からの電話。」その声を聴きながら、若いころの私の夢を思い出す。それは、アメリカでバリバリとかっこよく働くキャリアウーマンだったたのだ。男の子と遊び歩いていた何のとりえもない自分がなんでそんなことを考えていたのか覚えていないないが、多分映画の影響だったとおもう。男性にも負けないで

求め続けて、今自分の感性を信じて生きていきたい、残り7300日を素敵に!

私は若いころから、本を読んだり、セミナーを受けたり、ちょっと面白い人の話を聞いたりすることが大好きであった。それはきっと、私の中の何かが、いつもいつも何かを求めていたからだと思う。今よりも少しでもよい生き方を目指す心は人よりも強かったと思う。いろんなことを工夫してみたり、やり方を変えてみたり、そういうことはしょっちゅうやっていた。 でも、心のなかはいつも探しているばかりで、これというものを見つけたこ

これからどう生きていきたいのかを考えるチャンスを与えられた!

せつない帰国、愛する父と母へ、愛する母国へ

「父の様態があまりよくないとお医者様が言うので、そろそろ帰ってきたらどうか。」という日本からの電話。父と母と言葉をもう一度交わしたいだけの為に何とか帰国したいと思った。仕事の手配をし、家族の手配をし、切符を予約した。 でも心が重いのである。この10年近く、成田をたってアメリカに帰るとき、いつも思うことは、これが親との最後の別れになったらどうしようという思いである。飛行機が飛び立つときが一番つらい。私

クリス ジェナー(Kris Jenner)が大好き!

アメリカで一番有名で人気のある家族といえば、なんといっても  KARDASHIAN家だとおもう。リアリティ番組の中で、ダントツに長く続いていて人気がある。 それは、5人の娘たちがみんなきれいということも、派手な人生を送っているということもあるが、何といってもお父さんとお母さんがおもしろい。 その中でも、私は6人もの子供を育てた派手なお母さん、 Kris Jenner が大好きだ。彼女は思ったことは何

自分をもっと愛してもいいんじゃないですか?

3週間ほど日本に帰国してました。 あいかわらずのおいしい食べ物、素晴らしい温泉、ホテルや飛行機のサービスのよさ、温かい人情、高い安全性、すべてが懐かしい、誇れる日本でした。自分はいつでも帰ってきてここで暮らせる、骨をうずめることができると確信するのでした。 だけど、だけどですよ、日本に住んでいる友達や、新しく知り合った人々と話していると、ちょっと居心地が悪くなったりするのです。 それはですね、あまり

結婚なんてしなくてもいいんじゃないですか。シングルライフはどうですか?

これからの若い人たちは結婚なんてしなくていいんじゃないでしょうか。特に私は女性には結婚生活はお勧めしません。だって絶対女性に家事の負担が2重にかかってきて、仕事で成功するためには不利だからです。それは、日本だけではなくて、アメリカも一緒です。子供ができたら、女性はどうしても子供の世話をしたくなってしまうことになるからです。 普通に結婚退職して、主婦になりたい人たちは別として、自分のやりたいことがあっ

自分ってすごい、自分が大好きと宣言しよう!

一年前の写真が片づけていた書類から出てきた。それは、今よりも年は若いのだが、私は一年としをよけいにとっていても、今の自分の方が断然すきだとおもった。それは、一年前の自分より、今の方がもっと成長しているという自信があるからだ。 以前より運動をするようになったし、身なりにも気を付けるようになったし、毎日学んでいるし、何より自分に自信が持てるようなってきた。 この自分自身に自信をもたせるということが大事だ

自由人になりたいと思ったことはありませんか?

あるセミナーに出て、自分が一番なりたい姿を思い描くように言われて、ふと思ったことは、一人で当てもない旅に出てみたいと思った。それはいつも海のそばなのだけど。長いこと、いつも子供たちの手を引いて旅をした。でも、その子供たちも私の手を離れ、私は一人で旅をすることになった。 それはちょっと淋しさを伴うが、自由であることに違いはない。今までは、私に何かあったら、子供たちはどうなるのかといつも考えながら行動し

アメリカンサクセスへの覚悟

長女 ママはアメリカで死ぬ覚悟をしなければだめよ、子供が4人もここで住んでいるのだから。 車を運転できなくなったら、日本に帰って毎日温泉に入って美味しい日本のごはんを食べて暮らそうと軽く考えていた私に、キャリアウーマンの長女から、きつーい一言。 長女 年をとったら、うちの一部屋に住んでもいいよ、子供と犬の世話をしてくれたら助かるし。 最近ボストンに大きな家を買った娘からの現実的な申し出。でも、もう何

アメリカの空から飛び降りることを選んだ娘

マム、玄関に母の日のパッケージが届いているよ。 と一番下の娘が、バイト先から帰ってきて、私に言った。私はボストンにいる長女がバッグを送ってくれるといっていたので、いそいそと階段を下りて玄関に行ったら、外にだれかたっていた。UPSの人かなと思ってそーっとドアをあけたら、Navy Academyにいっている真ん中の娘が花束を持ってたっていた。 「Happy Mother's Day」ということばをききな

目の前にあるおいしそうなもの、ほしいものまでも我慢しても、それでも手に入れたいものはなんだろう。

おなかがすいていても、のどが渇いていても、それでも夢中になってやりつづけることってありますか?それが、あなたが本当にやりつづけたいことだって、きがついたことがありますか? 私は、58年間も生きてきて、ある人の本を読み返していて、初めて気が付いたのです。食いしん坊の私が、食べることも忘れて、コーヒーを入れることもしないで、コンピューターからもはなれて、むちゅうになることが、ひとつだけあるのです。(子供

年を取って、外見も醜くなって、肉体も弱くなってから、その人の本当の人間としての価値がわかるのではないかと思う、今日この頃であります。

今朝、朝鏡を見たときに、自分の首にたくさんのしわが増えていることや、顔のたるみがすごくなっていることにきがついた。 わー!、だれこの醜いおばさん顔! 自分では、普段あまり見えないので、(なるべく見ないようにしているといったほうが正解)気が付いていないけど、年齢は確かに私の外見をどう考えても、魅力的ではなくしている。体力もまえよりなくなっていっている。トイレにも何回もいくし(失礼!)、あと行動がのろい

母から与えられた課題、女として、母として、一人の人間として

 70歳を過ぎて、それまでの生活とは全く違う生活を選ばなければならなくなった母は、夢を失い、失望し、私に聞いた。「これからの残りの人生をどう生きていったらいいのか教えてちょうだい。」明るく私たちを育ててくれた母のその言葉に、私は絶句した。答えてあげられるものが、なにもみつからなかったのである。そのあと、渡米した私のもとに、母の病気の知らせが届いた。 私はあの時、母を助ける力がなかった自分自身を恥じた

自分が何十年間もやりたかったことを今やっていることにはっと気が付いた瞬間

息子が大学に入った時からだから、もう4年間も私は夜間の大学に通い続けている。昼間働いたあとの老脳は、夜になるとほとんど活動を止めようとしているが、それでもシーンとしたクラスルームで教授のこえをきくと、眠気が吹っ飛ぶから不思議である。生きているうちに学びたいことが山ほどある。 授業が終わって真っ暗な外に出て、駐車場まで歩いているときにいつも思うことがある。私は日本でのミカンと炬燵の生活を捨てて、なんで

ヤッター母親卒業旅行!

4人いる子供の一番したが、ついに高校を卒業して大学に行くことになったので、子供たち4人を連れて旅をした。本当は日本に連れていきたかったのだが、時間と予算の都合で長女のいるボストンとケープコッドにいくことにした。 ボストンについた途端に焼肉とラーメンをたべにいって、日本のぱん屋に行ってと、まずは食べることが相変わらず優先されるギブン家である。 それから、Cityのど真ん中にある長女のオフィスに行って、

自分の夢があまりにも遠くてでかすぎるものに思えたときに思い出してほしいウイル*スミスの言葉。

自分が本当にやりたいことにきずいても、今の自分があまりにも情けなかったり、がんじがらめになっていたり、本当に自分にはそんなことができるのかと怖くなって立ち止まり、夢をそのまま心の中にしまったまま、何も行動が起こせなくなって、毎日の雑事で自分をごまかして生きている。 多くの人がいつか、いつのひかと思いながら生きていると思う。99%の人が夢見る夢子ちゃんで人生を終わるのだ。それはなぜ? それは自分の中に

50代からこそ、笑って生きよう、楽しく生きよう、エネルギーを持って生きよう! そのコツ 1.

年を取ったからって、人生をあきらめ始めている人はいませんか? これから、この年だからこれからこそ、私たちの本当の人生が始まるのです。周りに左右されない本当の自分らしい生き方、それができるのが50代からです。 肉体の衰えに気づけば、いつかは自分の人生にも終わりが訪れることは自覚します。それを自覚すればこそ、今からの人生に真剣に向き合うことができるのです。 じゃあ、どういう生き方をしたら、自分の人生に納

わがままな生き方のすすめ!

もう何十年も誰かのために生きてきたから、いや誰かのために生きることが幸せだったから、この辺で自分自身のために生きることをはじめたい。 今やっている仕事も辞めて、本当に自分が死ぬまでにやっておきたいことをやろうと決めた。とてつもない夢だけど、それに向かって毎日動き始めようと決めた、一歩ずつ。もう私には養わなければいけない誰かもいないわけだし、自分の責任は自分でとればいい。周りからわがままと言われようと

本当にやりたいことを本気で、今日見つけたい人へ

私がやっと見つけた方法をおしえます! 自分は何をやりたいのかと悩んでいる人はたくさんいると思う。でも、本気で毎日それを見つけたいと日々努力している人は少ないと思う。 それはどうやってみつけたらよいかわからないからである。考えても、考えても、わからない、意見がまとまらない、人の意見を聞いても、セミナーに出ても、いろんな本を読んでも、自分がなにをしたいのかまったくわからない。だから、毎日を楽しく生きれば

一つのチャプターが終わり、新しいチャプターが始まろうとする日

2014年8月15日、今日私の4人の子供の一番最後の娘が大学に旅立っていきました。笑顔で送り出すつもりでしたが、やはり涙が止まってくれませんでした。 車に山ほどの荷物をつんで、一人で旅立った娘の姿を思い出しながら、私は私の人生の子育ての章が終わっていくのを感じていました。この日が来ることを楽しみに生きてきたはずなのに、なんでこんなに涙が出てくるのか、それは自分の人生の章がそんなにたくさん残っていない

幸せになりたいと思ったら、まずここから始めよう!一番大事なこと。

今の状況より抜け出したい、もっともっと幸せになりたいと思ったら、まず一番初めにしなければ先に進めないことがあります。 それは、自分がダメな人間だと思うこと、周りから思わされることを拒否することです。日本ではとくに謙虚さが美徳となっているので、自分を卑下するくだらない、ものすごく悪い習慣に陥っている人が多いとおもいます。私もその一人でありました。 自分がダメな人間だと思うと、そのダメなところにドンドン

自分を愛して愛して信じて、そしてこの瞬間を愛して生きていこう!

幸せは未来にあるものだといつも思いながら、生きてきた。でも、そう思いながら50年以上生きてきて、気が付いたことは、幸せは今この瞬間にあるのだとわかった。 それは、将来でもなく、過去でもなく、今このとき幸せであることを感じることができことが幸せなのだ。 それが分かった時、私は自分で知らないうちにしょい込んでしまった否定的な環境や自分の中にある否定的な感情をおもいきって捨てた。本当にめをつぶって、自分が

25歳にもどって

「ママはもう25才じゃないんだから、夢ばっかりみていないで、現実を見つめてよ、現実を。」と相変わらず口のきつい長女に言われた。 ちょっと前まで、オムツを変えていた子供たちにそういうことを言われちゃう年に私もなっちゃったのかと感慨ぶかい気持ちになったが、確かに娘の言うことにも一理ある。私は50代に入っても、いや50代に入ってからのほうが、夢を見て生きている。 もう25歳じゃないんだから、と言われて自分

五十路にて、感性の旅、マンハッタン

まだ二十代のころ、アムトラックに乗ってアメリカじゅうを一周の旅に出かけるのが夢だった。その夢はなぜかかなわなかったが、突然何かにつかれたように、ボストンからニューヨークに電車で旅をしようと思い立った。 朝早く仕事に行く娘にウエストウッドの駅でおろしてもらって、駅で予約していた切符を受け取って、ホームでアムトラックを待つ。雨が降り出したうえに、風が強く、冷たいボストンの朝である。なんか寂しげで、ひとり

徳を積みながら生きていけたら。

外国で4人の幼い子供たちを守りながら生きてきた私は、自分の家族の幸せだけに集中することが精いっぱいだった。他の人の幸せを喜んであげることはできても、誰かのために何かをしてあげるという心の余裕はなかったようなきがする。 日本にいれば、いやでも周りの人のためにやらなければいけないことはたくさんあるが、外国で暮らしていれば、いやならやらなければいいという気楽さがあるので、それが心地よくて外国で暮らしている

アメリカで生きる時に一番大事な言葉!!!これさえ言えれば、ゼッタイ大丈夫だよ!

最近日本に帰るたびに若い人たちから、アメリカで仕事をしてみたいのでという理由でいろんなことを尋ねられることが増えてきた。 ちょっと前までは、ただアメリカで暮らして見たいという人が多かったような気がするが、今は仕事をしたい、そこで生きていきたいという人が増えてきたような気がする。それはきっと、インターネットの発達で簡単に世界中の情報が得られるようになったからだと思う。 生活するための情報は今は簡単にリ

日本病になってしまった!アメリカでの自分のゴールを決めて。

突然ですが、英語を聞くのもしゃべるのもいやになってしまった。アメリカのリアリティ番組が大好きだったのに、吉本喜劇のような番組を見て、ワハハと大笑いしたくなったのである。こんなに寒いのにシャワーだけで過ごす生活は嫌だ、温泉やお風呂にどっぷりつかりたいと思った。安くておいしいメキシカンフードが大好きだったのにもうどうでもよくなって、毎日ごはんと焼き魚でもOKと思えるようになってしまった。毎日車を運転する

自分のモチベーション維持をし続けるための簡単な方法が、人生を上向きにする!

自分のやりたいことが少しずつ見えてきて、それに向かってよろよろながらも努力を始めても、小さな石につまずいたり、周りの人の言葉に傷ついたり、長年の怠ける心が出てきたりして、モチベーションがつづかなくなることがありませんか? 私はしょっちゅうそういうことをくりかえしていて、そのたびに自分が情けなくなったり、がっかりしたりして、やっぱりこれって私のやりたいことではないのかもと思って、簡単にあきらめたり、長

夢をかなえるために一番だいじなもの!

じ 夢をかなえるためにまず何からはじめたらいいですか? メンター まず自分と会話することです。 どうやったら自分と会話ができますか? メンター 自分の夢と、そして毎日やりたいと思うこと、例えばおいしいコーヒーを飲みたいとかそういうことでもいいので、毎朝日記をつけなさい。 書くことで、本当のやりたいことがわかってくるということですか? メンター そうです、正直に自分の本当にしたいこと、人から与えられた

豊かになるためには自分を変えることだったんだ!

誰もが今、もっともっと豊かになることを目指して生きていることと思う。特に若いときにはあれもほしい、これも買いたいと、いつもいつも思い続けていた。お金がたくさんあればもっと好きなことができると思って頑張っていたような気がする。 そしてある程度の年齢になってみて、なんだあんなに頑張ってきたのに、私って今普通じゃないとがっかりしたりしていた。別に困っていないけど、何でもできるというわけでもないし、何でも買

やりたいことがあるのに、それをやれないのは、誰のせいでもない、自分自身が自分を縛っているからだと気づいた時

例えば、バリ島に行きたい、タヒチに行きたい、ドイツ語を勉強したい、お店をもちたい、素敵な人に出会いたいとか、会社作りたいとか、何でもいいのですが、自分が本当に心の底からこれやりたいと思うことがあったら、今すぐやるべきです。 お金がないとか、時間がないとか、人脈がないとかいう理由は、自分が自分を縛るための理由でしかないんですよね。本当に自分がやりたいことだったら、手段をえらばないですよね。 私たちが子

好きなことをやって生きていいんだよと自分自身に本当の許可を与える、そこがスタート!

どういう教育を受けてしまったのか今としてはあまり思い出せないが、私たち日本人は他人のために自分のやりたいことを我慢することが素晴らしいという気持ちが根っこにいつもある。周りの人のために何かすることができたら、それは本当に素晴らしいと思う。でも、ほかの人のために自分のやりたいことを我慢すると、後で後悔するし、それはちょっと違うような気がする。 人にはそれぞれ自分の人生でこれをやりたいというものが必ずあ

やりたいことが多すぎたときに迷ってないで始めることはこれ!

昨日テレビをつけたとたんにすごい情報が飛び込んできた。塾の先生が話していたのだが、自分がやりたいことで才能を持っていることが見えないとき、 自分がらくにできること を始めればいいのだと。 ほかの人にはそんなあたりまえじゃないけど、自分にはルンルン気分で簡単にできちゃうようなこと。みんなひとつぐらいありますよね。これなんか苦労しなくてもできちゃうんだよねということです。この先生も東大出て、頭もすごくい

多くの成功者があまり口にしないけど、ずーっとやり続け、そしてほとんどの人が続けることのできない習慣!

若いころから悩み続けてきました。恵まれた境遇で育ち、人並みの幸せをたくさん持っていたのに、なんで心が満たされないのか。なぜ自分が求めているものがわからないのか。その場その場での幸せや楽しみを感じることができても、それは次々と消えっていってしまう。 以前のストーリーで書いたけど、50年以上も生きてきて私は頭の中を書くことで洗濯して本当の自分の願いを知ってしまった。だけど、それからがいばらの道だった。ど

4年経ってトランプ氏に会うまでに成長した娘への想い

4年前、私の反対を押し切ってNavy Academyに旅立っていった次女へのやるせない気持ちをこのストーリーズに書き綴った。私は4人の子供たちの子育てに終止符をつけ、今年一人で日本に住み始めた。 この4年間の次女の努力は親の私でさえ計り知れないほど大変なものだったと想像できる。彼女は4人の子供たちの中では一番体も小さく細かった。ハーフとはいっても典型的な日本人体系なので、多くのがっちりしたアメリカ人

読んでよかったストーリー

重田 大吾
618
8

自信喪失のヒョロガリ体型、うつ病介護士だった俺がたった半年でカルフォルニアボディビル王者になった話

僕に残された道は、2つに1つだった。 1つは、死ぬか。 もう1つは、脱ぐか。 意味がわからないと思う。だけど、当時の僕にはその2つしか選択肢がなかった。 何度か、自殺を試みた。 どうやったら苦しまずに死ねるだろう?と自殺サイトを徘徊しては、 「やっぱり俺には死ぬ勇気すらない・・・」 と自己嫌悪に陥る毎日。 当時の写真が奇跡的に残っていたので公開しておこう。 ああ、自分で見ても本当にやばい顔をしている
アルバート 伊藤
572
8

自殺を決意した40代のオジサンが直前でチャットした変な10代。

今の時代LINEというアプリは生活に欠かせないコミュニケーションツールになり、犯罪はもちろん、政治家の失言なニュースでも良く取り上げられるようになりました。ちょっと前まではこれを「メッセンジャー」なんて呼び方をしていた覚えがあるんですが、皆様が覚えている初めて使ったメッセンジャーはなんだったんでしょうか。 僕にとってそれは「ICQ」というソフトウェア(アプリ)でした。ICQは1990年代中東で開発さ
天野 功一
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35年ラブ

不思議な女性に出会った。正確にいうと35年ぶりぐらいに再会した。 鹿児島の高校時代の同窓会にふらふらと参加してみた。そこで彼女と再会した。 不思議な女性は私の高校の同学年。クラスは一度も一緒じゃなかった。 彼女とは、あまり面識がない。温厚そうな印象。でも、話してみて驚いた。 彼女は、高校時代の私の天敵?ははははは。の奥さんになってた。 彼女だけ同窓会には参加してた。天敵は不在。 歴史をサカノボル。そ
稲葉 瞳
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1

会社員だった私が突然会社を辞めて、ただゴルフがしたい一心で渡米してプロゴルファーを目指した話 ④ 婚約破棄(笑)

実は2年間の予定だった 2013年1月の渡米当時、お付き合いしていた彼氏がいました。彼とは高校の同級生でしたが、私が社会人、彼が医学生5年生の頃に付き合い始めました。 もともとお互いの性格を知っていると思っていて、気兼ねのない付き合いを始めたつもりでした。 15歳で初めて会った時の私達と、23歳になって成長した私達では、付き合ってからこんなんだったっけ、と相違点に気づくことも沢山ありました。 それで
宮本 佳実
426
5

SATCのキャリーに憧れていたOLの私が、週休5日で年収1000万円になるまで

毎日、ギュウギュウの満員電車の中で押し潰されそうになりながら、こんな風に思っていた。 「絶対に、この生活から抜け出してやる……」 来る日も来る日も、同じことを、飽きもせず考えていたあのころの私。 「あーあ、このまま結婚をして、子どもを産んで、家のローンができて……。 そうしたら、忙しい子育ての合間に家のローンのためにパートに出たりするのかな」 「どうせ働くなら、"自分にしかできない仕事"をしたいなぁ
嶋津 幸樹
207
2

中国人と結婚したゆとり教育の被害者が世界学力ランキング世界1位の中国上海の教育を語る

英語教育の被害者が留学し虐められ17歳で起業、20歳で出版、そしてオックスフォード大学院ロンドン大学院ダブル合格 を読んで頂いた方に、中国の教育について詳しく知りたい!というメールを頂いた。そこでゆとり教育の被害者が見た世界学力ランキング1位の教育を語りたいと思う。 世界学力ランキング1位  中国 の教育 中国人と学生結婚して圧倒的な差を感じる なぜ僕が中国の教育に興味を持ったのか? それは大学3年
畠山 友一
292
12

士業の顧問サービスを月額2,980円でうけれるサービス「Bizer(バイザー)」を作った話

まず、起業しました 私は2013年10月に起業しました。 B2Bをやろう! お客さんのビジネスの基盤になれるような会社にしよう! そういう思いを込めて BizGround という社名にしました(社名は結構悩みましたが、みんなそうですかね)。 具体的なサービスの構想はなくて、ぼんやりとB2Bのバックオフィス支援をやりたいな、くらいのものでした。。。 自分で登記してみました 時間的に余裕があるし、 安く
石黒 雄太
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「心を起こせよ!!!」まるで自分に言われたようで

ご覧頂きありがとうございます。この話には最近自分の心に引っかかった言葉と、そこから辿り着いたことを記しています。最後までお付き合い頂ければ幸いです。 今私には連載を追っている漫画がいくつかあります。神海英雄先生作『SOUL CATCHER(S)』もその1つ。 ストーリーを簡単に書くとこんな感じです。詳しくは是非買って読んでみてください。(宣伝) 人の心が見える少年・神峰翔太。 その「目」に意味なんて
坂元 由貴
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1

今はそのうち過去になり、みんなおじちゃんやおばちゃん、おじいちゃんやおばあちゃんになるという話

            私は基本的に、 人生どんな困難も乗りこえられる と思っている。 実際には、乗りこえられるというか、ただ時間がすぎて、新しいことが上書きで記憶に保存されていき、あれ、あんなに苦しかったあのこと、今は思い出しても心が痛まないなーとか、そういう風になれる、と思っている。 よくいう、 時間が解決する 、ということは、このことだろうと思う。 私がそうなってきたのには、新しいことにいろい
山下 昌志
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5

【その2】大学卒業後、ろくに就職もせずにカケモチでしていたバイトを辞めて7日間だけの旅に出たら、人生が少しだけ明るくなった話。

2012年7月1日。僕はとうとう無職になった。  放浪。自分にとっては全く慣れない響きである。  僕にとっての「放浪者」とは、とてもワイルドで社交的で、何事にも捉われない人々の総称だった。 僕にはその何一つ、兼ね備えられていなかったのだ。内向的でコミュ症、八方美人を装い何かあるとすぐご機嫌伺いを始める。それに加えて、大卒で借金を数百万抱えて卒業し、アルバイトでなんとか生計を立てていたものの、そのバイ

書きかけのストーリー

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