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SUSSIE LURE

渓流の流れの様に生きていきたい。

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SUSSIE LUREの人生のストーリー

石屋に18歳で修行に出て学んだこと(1)「書こうと思った。」

はじめに。 STORYSってサービスが始まって登録してみたものの、 “”STORYS.JPはあなたの「名刺にのらないストーリー」を共有する新しい空間です。” と言われたって、そんな「名刺にのらないストーリー」なんてねーし。 と思ってました。(今でも思ってる) ふと、「ああ、団塊世代が自主出版で自分の半生語っちゃう的な?」ものかと思い、乗っかってみようと思います。(誰も見てないだろうし) 長文なんて書

石屋に18歳で修行に出て学んだこと(2)「石工になる切っ掛けと父親。」

石工なんてマイナーな仕事に僕がなろうと思ったのは簡単で、父親が“石工”だったから。 僕にとって父親の影響は大きい。 今のご時世(昔もか。。)父親を尊敬してるなんていう人はあまりいないと思うけど、僕は「父親を尊敬しています。」と普通に言える。 今でも尊敬している人と聞かれれば、親父ともう一人。 親父はマメで多趣味な人だった。 僕が親父から受けた影響は測りしれない。 釣りも、刃物の扱い方も、日曜大工も、

石屋に18歳で修行に出て学んだこと(3) 「名前を呼んでもらえなかった。」

僕が選んだのは、実家から徒歩で15分ほどの石屋だった。 石屋ってのは結構世界が狭いので、大体つながってる。 どこどこの職人の息子。 それは嫌なので、できるだけつながりのない石屋を探した。 幸い父親が勤めてる石屋は都内の寺院が縄張り※1なので、地元で探していた僕にはあまり影響がなかった。 石問屋のタケちゃん※2に確認もした。 雇ってくれた石屋は、実家からチャリで15分程度のそこそこ大きい石屋だった。

石屋に18歳で修行に出て学んだこと(4)「理不尽の中で教えてもらったこと。」

数年すると、呼び名も「あんちゃん」から「ゆき」に変わり、 肉体労働にも体がだんだん慣れてきて少し余裕ができたきた。 今思うと「職人」と呼ばれる人はコミュニケーションが不器用な人が多い。 コミ障とでも言うのだろうか? いや、ちがう。きっと必要がないのだ。 余計な口聞く暇あったら仕事しろ。的な何かがあるんだと思う。 (たまにおしゃべりな人もいたけど、無口な人のほうが多かった) 今(というか、業種かな?)

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