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大隈 明子

社長挨拶文、代表メッセージを専門に取材・執筆するライティング会社(株)物語ライティング代表。
http://www.storyinc.co.jp/

1960年、新潟県糸魚川市生まれ。
大学卒業後イギリスとフランスに留学。帰国後(株)留学ジャーナルに就職、「フランス留学」「イギリス留学」~三修社を執筆する。
フリーライターとして18年、留学・資格試験・住宅・料理と、幅広い分野で執筆活動を続けた後、 2007年、ビジネス物語執筆会社(株)物語ライティングを設立。

取材から、社長の熱い想いや、商品に眠る逸話を引き出し、消費者の心を揺さぶる物語をつむぎ出す。
1400人以上の取材・執筆経験から生まれた、「問い合わせが増えるプロフィール作成術セミナー」や「共感・応援される代表メッセージの書き方セミナー」は、営業に効く自己紹介・企業紹介文として、さまざまな業種に受け入れられている。

日本各地で取材に飛び回る物語ライター&デザイナーは、岩手から福岡まで現在18名。
2017年までにこれを、互いに切磋琢磨し合い助け合える100名のクリエイティブ集団にするのが目標。文章の書き方を伝える「物語ライティングセミナー講師」の育成にも力を入れている。
夢は「物語で日本中の会社を元気にすること」。
全国の社長の熱い想いを取材し、お客様や社員に伝わる文章にしてお届けしたい!
物語のある企業のポータルサイトを作り、互いに協力し合える関係を築きたい!
趣味は日帰り温泉巡り。関東の温泉施設はほぼ制覇している。
知られざる郷土料理と地酒の発掘も好き。糸魚川の笹寿司と佐賀の地酒天山がおすすめ。

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大隈 明子の人生のストーリー

それは、神がかり的な出会いから始まった

5年ほど前になりますが、神憑り的な出会いがありました。 実は、会社の問い合わせフォームから 小説の執筆依頼があったんですね。 うちは、物語を書く会社ですが、小説はやっていないので、 丁重にお断りしようと連絡先に電話をしてみたんです。 出たのは、お母さんらしき女性の方。 少し電話で事情を聞きながら、 どういうわけか直接会って話を聞きたいと思ってしまいました。 たしか私、今週忙しかったんだよな~~( ̄_

それは、神がかり的な出会いから始まった~その2

彼女に出会った本当の意味… それは、彼女がこれからしようとしている仕事にありました。 日本語と中国語に堪能な彼女が始めたいと思っているのは 大連と日本をつなぐ仕事! つまりコンサルタント業なんですね。 中でも力を入れているのが、 オーダーメイドの中国旅行です。 これを聞いて、もしや…と思った私は 義母の話をしてみることにしました。        もう20年も前のことです。 それは、私たちの結婚が決ま

それは、神がかり的な出会いから始まった~その3

義母の故郷は河北省平泉県です。 当時の住所は、 満州国熱河省寧城県喀刺沁中旗平泉街河東甲 今では調べようもありません ( ̄_ ̄ i) だいたいあの時代のことなど、 好んで調べてくれる人などいないのです。 しかし、しかしです! ガイドのEさんを通じて、中国政府の偉い方が動いてくれました。 1ヶ月以上かけて、 当時義母が住んでいた家を探し出してくれたのです( ̄□ ̄;)!! 後で聞いたら、県の古地図を引っ

それは、神ががり的な出会いから始まった~その4

義母の故郷、平泉は東北地方にあります。 電車だと一日がかりだというので車をチャーターして行くことに。 ベンツのワゴン車だから大丈夫でしょう。 やや不安な気持ちを抱えたまま、北京から高速に乗った私たちは、 4時間ほどで承徳に到着しました。 平泉まであと1時間。 いつの間にか平野が消えて、周りは、山の多い風景に変わっていました。 途中、小さな村が視界に入る度に 何かを探すようにしていた義母が 「あっ!!

それは神がかり的な出会いから始まった~その5

ここは平泉駅前の商店街。 60年前は両脇に家などなかったそうで、 ここでも義母はどうもピンと来ないようでした。 「駅の向こうに行けるかしら?」 案内の方に聞くと、 「もちろんどうぞ」とホームに抜ける扉を開けてくれました。    ━─━─━─━─━─ あっ!! 義母と叔母が同時に声を上げました。 駅の向こうには 60年前と同じ風景が広がっていたのです!! 線路も、線路から見える山々も。 「あの山に栗拾

それは神がかり的な出会いから始まった~その6

日本式家屋があるところまで歩いて10分ほど。 そんな距離でもないのに遠く感じます。 舗装されていない小路を歩きながら 義母と叔母の顔は紅潮していました。 あっ!! 家を見た2人の動きが一瞬止まりました。 思考が過去に飛んでいってしまったのか、 あまりの懐かしさに身動きができないようです。 「お義母さん、これが60年前と同じ家?」 義母と叔母に見えているのは 少女時代の官舎なんでしょう。 2人とも遠い

それは神がかり的な出会いから始まった~その7

懐かしい旧市街を見学した私たち。 義母も叔母も、 これで心おきなく日本に帰ることができます。 平泉の駅もこれで見納め。 しみじみと眺めていたら、案内の方が大きな箱を持ってきました。 「よくこの町に帰ってきてくれました。  これは私たちからの贈り物です。  これからもずっと元気で長生きしてください」 「えっ!?」 「これは平泉の工芸品なんです」 それは大きな絵でした。 縦横1mはある大作です。 「これ

それは神がかり的な出会いから始まった~その8

着いてみると、そこはスゴイ場所でした。 多分、一般旅行者が入れる場所ではないです。 「こ・ここはっ!?」 「何?何?どうなっているの~~?」 「私たち、こんな所で食べていいんですかっ!?」 事情があって、場所も案内してくれた方々の 顔もお名前も出せないんです。 県のお偉いさん方しかいないところですね。 でも、雰囲気だけちょっと この方は、ドライバーの柳さんなので顔出しOK! 私たちがここに着いた時に

それは神がかり的な出会いから始まった~その9

それは神がかり的な出会いから始まった~つづきの話 偶然の出会いから始まった話には、まだまだつづきがあり、素晴らしい展開がありました。 中国から帰った数年後、ガイドのEさんと久しぶりに会うことになりました。 中国での懐かしい思い出話をひとしきりした後、話はEさんが残留孤児の母親と中国から日本に、初めて来たときの話題に。 「日本に移住していたとき、日本語は話せたんですか?」 「いえいえ、全然でしたよ。

読んでよかったストーリー

書きかけのストーリー

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