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Kuchiki Seiichiro

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Kuchiki Seiichiroの人生のストーリー

良心は元カノの声をしていた

Photo by  Luis Hernandez はじめまして。医学生兼ライターの朽木誠一郎( @amanojerk )です。 僕は医学部の学生をしながら、プロのライターとして活動しています。が、このように自己紹介をすると、「どうして」と聞かれることも多くあります。 話すと長いしふだんはいちいち説明などしないのですが、今回はせっかくなので、「なぜ僕が医学生兼ライターとして仕事をはじめたのか」をお話し

No human was harmed in the making of this post.

こんにちは。医学生兼ライターの朽木誠一郎( @amanojerk )です。 ライターとしてのお仕事の傍ら、医学生として、外来や病棟で触れた医療の様々についてお話ししています。 今回は「ニットキャップと共感」について。 ※個人情報への配慮 これは特定の患者さんを話題にするものではありません。場所・時間、患者さんの病名・病歴など、すべてに僕が経験したことをゆるやかに織り交ぜ、一部にフィクションを加えてい

いのちにふれる

こんにちは。医学生兼ライターの朽木誠一郎( @amanojerk )です。 これからはときどき、医学生として、外来や病棟で触れた医療の様々についてお話ししたいと思います。 今回は「いのちの温度」について。 ※個人情報への配慮 これは特定の患者さんを話題にするものではありません。場所・時間、患者さんの病名・病歴など、すべてに僕が経験したことをゆるやかに織り交ぜ、一部にフィクションを加えています。ご了承

知らないことは幸福か否か

こんにちは。医学生兼ライターの朽木誠一郎( @amanojerk )です。 ライターとしてのお仕事の傍ら、医学生として、外来や病棟で触れた医療の様々についてお話ししています。 今回は「知る権利と幸福」について。 ※個人情報への配慮 これは特定の患者さんを話題にするものではありません。場所・時間、患者さんの病名・病歴など、すべてに僕が経験したことをゆるやかに織り交ぜ、一部にフィクションを加えています。

明日の朝いつもどおりに目が覚める保証なんてない

今日の夜いつもどおりに眠りについて、明日の朝いつもどおりに目が覚める保証なんてない。 そんなことを考えながら、ベッドの中で目をつむる人が、いったいどれくらいいるというのだろう。 当たり前のことだと思っていないだろうか? 誤解しないでほしい。人は死ぬ、あっけなく死ぬ。 人の死がドラマチックなものとは限らない。あなたの人生が、あなたがそれとわからないうちに、フッと途切れてしまうことは十分にあり得る。 真

いつかなにもわからなくなるとして

こんにちは。医学生兼ライターの朽木誠一郎( @amanojerk )です。 ライターとしてのお仕事の傍ら、医学生として、外来や病棟で触れた医療の様々についてお話ししています。 今回は「最後まで残る言葉」について。 ※個人情報への配慮 これは特定の患者さんを話題にするものではありません。場所・時間、患者さんの病名・病歴など、すべてに僕が経験したことをゆるやかに織り交ぜ、一部にフィクションを加えています

ウソつき

こんにちは。医学生兼ライターの朽木誠一郎( @amanojerk )です。 ライターとしてのお仕事の傍ら、医学生として、外来や病棟で触れる医療の様々についてお話ししています。 今回は「自分につくウソ」について。 ※個人情報への配慮 この記事は具体的な患者さんを話題にするものではありません。個人を特定できる情報は秘匿されており、患者さんの属性はフィクションです。ご了承ください。 僕はわりとウソつきだ。

病室の千羽鶴は飛ばない

折り紙で千羽の鶴を作っても、病気が治るわけじゃない。ずっとそう思っていた。 そんなある日、患者さんの病室で千羽鶴を見た。小さくて、細やかな、ほんものの千羽鶴だった。 ただの紙だと思っていたくせに、目が離せなくなった。 こんにちは。医学生兼ライターの朽木( @amanojerk )です。 僕はすべからくデモというものが嫌いだ。 みんなで集まって大きな声をだして、それでなにかを成し遂げたような気になって

後輩に胸ぐらをつかまれ罵倒された僕が3年後に東日本で3位になった話

努力しないことへの言い訳はとても簡単だ。頑張れない理由なんていくらでもある。でも、本当に諦めたくないものを手に入れたいなら、その方法はひとつだけだと僕は思う。 編集 負けたくなかった 。悪魔に魂を差し出してもいいと思った。どうせ僕など死んだら地獄行きだ、構うことなんてとくにない。 ウソだ。そんなにかっこいいもんじゃない。追いつめられた僕の脳裏には、これまで自分が大切にできなかったすべてのことが走馬

自分では上手くやれていると思うすべての人たちへ

こんにちは。医学生兼ライターの朽木誠一郎( @amanojerk )です。 ライターとしてのお仕事の傍ら、医学生として、外来や病棟で触れる医療の様々についてお話ししています。 今回は「幸福な老後」について。 ※個人情報への配慮 この記事は具体的な患者さんを話題にするものではありません。個人を特定できる情報は秘匿されており、患者さんの属性はフィクションです。ご了承ください。 どう生まれるかは選べない。

友だちが死んだ

友だち(Y)が死んだ。僕は「バカだなー」と思った。 死んじゃうなんて、バッカだなー、って。 ちなみにYが死んだのはぜんぜんYのせいじゃない。 むしろYはできるだけ生きようとして持病の手術をうけて、でもその手術が失敗して死んでしまった。誰のせいかという話ならYが死んだのは医者のせいだ。 なんだ、医者なんて白衣を着て偉そうな顔してふんぞり返って、人ひとり助けることもできないの。 でも僕は医者の卵だ。サイ

医者になる直前に医者になることを止めた僕が、これから医者になるあなたに伝えたいこと

はじめに みなさんにひとつお聞きしたいことがあります。もしあなたが医師ではなくなったとしても、あなたはおもしろい人間ですか。あるいは、自分の人生を楽しんで生きていますか。 自信を持って「そうだ」と言える人には、僕は伝えるべき言葉がありません。どうか、この国の医療を支える立派な医療人になっていただきたいと、心から思います。僕が何かの役に立てるとしたら、この質問に胸を痛めた人、あるいは、感情的に反発した

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遠藤 大次郎
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【筋肉は世界の共通言語】元高校球児が、10年かけ筋肉バカドットコムというサイトを作るまでの話。<1回目>

挨拶 はじめまして、遠藤大次郎と申します。 今この文章を書いている僕の年齢は30歳です。 現在「筋肉バカドットコム」というサイトを運営していますが、 そこに至るまでの道のりをお話しできればと思っています。 この話しをするために人生の節目となった約10年前へとさかのぼります。 何回かに分けて書いていきますので宜しくお願い致します。 プロ野球選手を目指していた 20歳になる少し前、19歳の時にアメリカの
高原 千晴
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世間や周りはなんだかんだ言うけれど、わたしは休学して良かったよ

法政大学国際文化学部3年生を休学しています。 年明けに書いた 「休学中の大学生が、縁もゆかりもない地方都市でバーテンダーをしてみた話」 を含めもっと俯瞰して、今回はわたしの休学の話を書きます。 本当であれば休学の話って、ぴったり1年間の終わった復学のタイミング(4月)に書くべきなのですが。 ちょうど去年の誕生日(2月5日)からわたしの休学デイズは動き始めていたなあ...と思い返し、先日1年経ったの
高原 千晴
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休学中の大学生が、縁もゆかりもない地方都市でバーテンダーをしてみた話 - 1 -

はじめまして、高原千晴と申します。 今回は、わたしがこの3ヶ月体験してきた「縁もゆかりもない地方都市でバーテンダー」の話。 わたしがどうしてそんなことをすることにしたのか。やってみて、どうだったか。 休学や地方や働き方や学んだこと、自分の手で切り開いた新しい生活のことを、まとめてみました。 すこし長くなりますが、興味ある方に届けばいいなあ、と願って。 自己紹介と休学の経緯 法政大学国際文化学部3年
村上 奈美
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会社の2代目になるまでのちゃらんぽらんな日々とそのツケ

父親の会社に入るなんてそんなつもりは、全然なかった。 私の父は一流貿易船舶会社で航海士をしていたが、86年に船内でAppleⅡに出会い、パソコンの面白さにハマり、その3年後に退職して当時はまだ珍しかったパソコンスクールを立ちあげた。 先見の明アリアリである。自慢の父である。 父親が「社長」という響きは子供ごころながらにちょっと自慢で、友達に「社長令嬢」と言われるのもまんざらではなかった。 母親は別で
Ishiyama Megumi
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棒高跳

学生の頃の私は、生粋のスポーツ少女でした。小学生の間は水泳、ミニバス、長距離走。中学生から高校生の間は陸上競技。そして大学生ではラクロス。 その中で一番大好きだった競技、それが棒高跳びでした。 出会い 中学2年生の頃、ある先生が私の中学校に転任してきました。彼は体育教師で、いつも長髪を後ろに束ね、外ではサングラス。そんな一見変わっている彼が、陸上部のもう一人の顧問になったのです。とても厳しく、しかし
佐俣 アンリ
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ANRI設立

ANRI設立の時にお世話になった尊敬するベンチャーキャピタリストについて話そうと思う。 ANRIの名付け親IVP小林雅さん 「どうせどんなファンド名つけてもアンリって呼ばれるからアンリでいいんじゃない?」というお言葉にそのまましたがってネーミング。 小林さんは非常に明るい性格の裏で、100M級のファンドを自力で立ち上げるためにものすごい努力をされていて、その一部始終はブログに書いてある。 これが独立
井上 祐巳梨
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世界196ヶ国60万人の中から、日本人唯一25人の中に選ばれた時の話

タイトルの通り、おおよそカジノで億万長者になる確率と似た確率で、ものすごい倍率を突破した時のお話です。でもこれは、私1人の話というよりは、応援してくださった方々全ての人たちのストーリーであると思っています。 オーストラリア政府の「世界最高の仕事」、ご存じでしょうか。2009年にクイーンズランド州にあるハミルトン島で「アイランドケアテイカー(島の管理人)」を世界的に募集をしたアレです。「楽しく暮らして
和田 晃一良
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プログラマは社会の底辺がなる職業だと思っていたら、プログラマになっていた話

中高生の頃、プログラマはブラックだと思っていました。 小学生のとき、部屋にPCが置かれPC中毒となる 僕が小学5年生のとき、家にWindows 98のPCが導入されました。 その頃の私にとって、PCというのは、物凄く面白いもので、夢の機械のように思えました。 最初はマインスイーパやソリティアを遊ぶだけでしたが、日々PCをさわるごとに、どんどんできることが広がり、更にインターネットが使えるようになる
大塚 雄介
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私がSTORYS.JPに参加した理由

「世界を変える仲間」を求めて    今考えると私がSTORYS.JP参加したのは偶然の連続です。 当時私は、「世界を変えれるような仲間が欲しい。」と本気で望んでいました。仲間を探しに、興味のある勉強会、Tech系のイベント、スタートアップの集いなどに時間を創っては参加をしていました。しかし、私の心を動かすような、「世界を変える仲間」には出会う事ができませんでした。 全ての始まり  ある日、たまたま

書きかけのストーリー

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