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Aoki Ami

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読んでよかったストーリー

Suzuki Takuya
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真面目になったとたん成績が伸びなくなった時の話。勉強は長距離走と短距離走。

中学の時に覚えた「だるい」って言葉。 小学校まで真面目だったのに親との関係が悪くなって居場所を求めて気づいたらヤンキー社会の中にいた。周りの仲間はいつも口癖のように「だりー」とか言っていて自分も頻繁に「だりーなー」って口に出すようになっていた。ぐだぐだ外でたむろすることがなぜか楽しく夜遅くまでコンビニの前とかたまり場にいて昼過ぎまで家で寝ているような中学生活だった。だるいことは最小限やらないようにす
Suzuki Takuya
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【バカヤン】もし元とび職の不良が世界の名門大学に入学したら・・・こうなった。カルフォルニア大学バークレー校、通称UCバークレーでの「ぼくのやったこと」

初めて警察に捕まったのは13歳の時だった。 神奈川県川崎市の宮前警察署に連行され、やたら長い調書をとった。「朝起きたところから捕まるまでの過程をすべて話せ」そう言われた。 「マジで言ってんのこのクソ警察!?」 そう思ったのはよく覚えている。警察がワープロで書いた調書を印刷し渡してきた。「調書のタイトル書け!」そう言われても何書けばいいんだろうと思っていたら。 「ぼくのやったこと」 と書けと指示され書
ほー りぃ
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僕の名前も忘れ、100万人に1人の難病を患った妻と僕の物語

  「全生活史健忘(解離性症候群)」 これが妻に告げられた病名である。 ------------------- 発症以前の出生以来すべての自分に関する記憶が思い出せない(逆向性・全健忘)状態。自分の名前さえもわからず、「ここはどこ?私は誰?」という一般的に記憶喪失と呼ばれる状態である。「記憶喪失」と同視されている。障害されるのは主に自分に関する記憶であり、社会的なエピソードは覚えていることもある。
Mizuno Keiko
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もしかしたら、母は中国残留孤児になっていたかもしれない・・・。 戦後の満州から幼子を連れて日本に帰国した祖母の話。今、私がここにいることの奇跡。後書き

終わりに・・・ なんとか、終戦の日に書き終えることが出来てよかったです。途中でたくさんの人に、読んで良かったとか、リクエストのメッセージを頂いたりして、励みになりました。読んで頂いた皆様には、私の長く、つたない文章にお付き合い頂きありがとうございました。 この話は、叔母の話をもとに、時代背景を自分なりに調べて書いたものです。時系列などはもしかしたら前後があるかもしれませんが、そこは素人の文章としてお
長谷川 弘樹
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【色覚異常の話】周りの人達には、どうやら虹が虹色に見えるらしい。

周りの人達には、どうやら虹が虹色に見えるらしい。 虹が本当に7色に見えるのであれば、どれほど美しいのだろう。 僕は、2色で構成される世界で生きている。 先天性の色覚異常だ。 これといった先入観がない限り、水色、青、紫といった色は「青系」として、黄、赤、緑、茶、肌色、朱色、オレンジといった色は「赤系」として識別される。 それ故の失敗談は、掃いて捨てるほどある。 幼稚園の参観会では、背面黒板に貼られた「
Mizuno Keiko
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もしかしたら、母は中国残留孤児になっていたかもしれない・・・。 戦後の満州から幼子を連れて日本に帰国した祖母の話。今、私がここにいることの奇跡。7話

長春付近までやっとの思いで辿り着くと、ここで初めて鉄道を使った。 鉄道を使ったといっても、切符を購入して乗車したわけではなく、囲いのないトロッコに飛び乗っただけである。長春から吉林省までの移動の情景は唯一きよしが旧満州生活の中で記憶に残っているものである。 きよし 満鉄と呼ばれた鉄道のレールは太く、トロッコはものすごく速く感じた。振り落とされないように必死でしがみついていたが、風がものすごい勢いで顔
Azuma Y
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就活中、運命は必ずしも実らないことを知った。けれど、幸運の掴み方を1つ知れた。

この記事は、自分のブログに転載いたしました。 この記事は魂を込めて書いた記事なので、是非読んでみてください。 「Be Excited」 記事はこちら
石郷 碧
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息子が20万人に一人と言われる難病と闘った話。たった9か月間の3人家族だった。

あの時の私は幼すぎてすべて甘かった。息子にこんな思いをさせずに済んだかもしれない。 私が妊娠したのは22歳の時。 妊娠した時はどうしようと悩んだけど、相手も喜んでくれたし、親も喜んでくれた。 でも、そのとき親が改まった表情で「話がある」と言われた。 その話とは兄と甥っ子のこと。 兄は2歳になったとき亡くなった。姉の子どもの甥っ子も1歳過ぎて2歳手前で亡くなった。 そのとき、「もしかしたら病気が遺伝し

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