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Keiji Aoki

現在、フィリピンのセブ島で英会話スクールを経営しています。海外生活、海外起業、セブ島情報、イギリス情報、セブ島留学等、お気軽にお問い合わせ下さい。

ブログ:セブ島で現地ビジネス(ホンネの話)
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英会話スクール:セブ英語倶楽部
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Keiji Aokiの人生のストーリー

私が上場企業の役員の地位を捨て、海外移住に踏み切った理由(1)押し寄せる危機感

   2012年の8月1日にイギリスに渡ってから、かれこれ4年9ヶ月が経とうとしている。渡英してから2013年の9月までの14ヵ月間をイギリスで過ごし、その後の約3年半をここフィリピンのセブ島で生活している。いわゆる、「海外移住」というやつだ。「海外移住」、この言葉にはどこか甘美な響きあり、憧憬に似た感情を掻き立てる力がある。引退後は海外に移住してのんびり、こんなことを夢見る人たちも多い。しかし、海

あの時決心して本当に良かったと思っています。

私が上場企業の役員の地位を捨て、海外移住に踏み切った理由(2)40歳転機説

 実は30代中盤頃から、40歳という年齢を強く意識していた。人生80年の時代。そう考えると40歳はちょうど半分、まだ半分、たかが半分。ストレートの大卒が22歳で社会に出て、60歳の定年まで働くとして(あくまでも仮定の話)、働くのはたった38年間。そして、その中間地点は41歳。そう、ますます40歳という年齢の重みが増してくる。そして、ある尊敬する経営者の方から言われた一言、「40歳って人生のターニング

40歳って「不惑」って言いますけど、私は40歳にしてメチャメチャ惑いました笑

私が上場企業の役員の地位を捨て、海外移住に踏み切った理由(3)危機感1 英語ができないとヤバい

 実は私が以前働いていた会社には、数人の外国人社員がいた。アメリカ人、スコットランド人、イタリア人。そして、英語が話せる社員も多数。更に、クライアントも外資系やや多め。何故か「英語縛り」の会議に巻き込まれることもしばしば。CCに英語のメールが入ってくることなど日常茶飯事でした。一方、私生活においても、なぜか英語が話せる友人ばかり。中には帰国子女もいましたが、基本的には社会人になってから必要に駆られて

このとき英語を勉強すると決心していまでも勉強を続けています。もう10年になります。

私が上場企業の役員の地位を捨て、海外移住に踏み切った理由(4)危機感2 仕事がつまらない

 まず、誤解無きよう書いておきますが、私の仕事は非常にやり甲斐のあるものでした。そして、私に本当に多くのことを与えてくれました。32歳で転職してからの10年間馬車馬のように働いた経験は、いまでも人生最大の財産だと思っています。しかし、30代も後半にさし掛かるにつれ、仕事が面白くなくなっていったのです。その理由は、 大概のことはできた、からです。 もっと正確に言えば、 「本気でやれば」大概のことはでき

本気で働いて本気で遊ぶのが好きです。

私が上場企業の役員の地位を捨て、海外移住に踏み切った理由(5)危機感3 遊んでいても退屈

 最初に大前提を書きます。日本最高です、日本大好きです。こんなに素晴らしい国はありません。しかし、 40年も住めば、少しは飽きます。 実にシンプルです。  私は千葉県出身。大学時代は自宅から都内に通い、大学卒業後はずっと東京に住んでいました。期間にして20年くらい、東京に首までどっぷり浸かって生活していました。ですから、世界最大の都市・東京も、大体の場所には行ったことがあります(私の経験上、東京はニ

長い間、東京にしがみ付き過ぎたなと反省してます。

私が上場企業の役員の地位を捨て、海外移住に踏み切った理由(6)英国の素晴らしさを徹底的に語る

 さて、海外移住といっても、世界には200を超す国と地域があります。つまり 海外移住と一言で言っても、それこそ無数の形があるのです。そして、まず決めるべきは、どの国にするのか?どこに移住するか、ということでしょう。私は イギリスとフィリピンの2か国にしか住んだことがないのですが、その経験を踏まえて、なぜいまセブ島にいるのかについて、順を追って説明したいと思います。  私は2012年の8月から2013

もう一度イギリスに戻ることが僕のモチベーションです。

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