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青峰 隆

人生青色の
青色一つで海外と日本を繋ぐブルークリエイター
華僑と一緒に世界で活躍する日本人を増やす活動中。Facebook友人申請はお気軽に。
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青峰 隆の人生のストーリー

20年の月日を経て明かされた出生の秘密。他界した母親が僕に望んだこと。

僕は生みの母親の顔の記憶は無い。どんな人なのかも知らなかった。 ただ、ずっと疑問に思っていた。 なぜ、僕が生まれて来てすぐに亡くなったのか。 僕はなぜ生まれてきたのか。 「♪♪♪〜♪♪♪♪〜」 ジョージ・ウィンストンのLonging / Loveが鳴り響く。 父親が弾くピアノはいつもこの曲だ。 30年経った今も曲目は変わらないから 僕が生まれる前からずっと弾いているに違いない。 だからこの曲を聞くと

母親には感謝しかありません。

青い財布に変えたら人生が大きく変わって英語が出来ないまま海外移住をしてしまった話(序章)

青好き海外ノマドCTOの青峰隆です。 今、僕が海外にいる事も そこで場所に縛られず仕事をしている事も 振り返ってみると 始まりは青い財布を手に入れたという事でした。 年収は財布の値段の200倍になるという本に出会う 2011年7月。 「年収は財布の値段の200倍になる」 という本を読みました。 それまで使っていたのは ポール・スミスの財布。 値段にして2万円程 200倍したら年収400万円。 当たら

たった一つの行動が人生を変える事があるという事をお伝えしたくて書いたストーリーです。青い財布に変えた人からのメッセージを沢山頂きました。

青い財布に変えたら人生が大きく変わって英語が出来ないまま海外移住をしてしまった話(回り出した歯車)

青好き海外ノマドCTOの青峰隆です。 トラブルがあったものの 究極の青い財布を手に入れる事が出来ました。 【参考】 青い財布に変えたら(序章) その時から起こり始めた不思議な体験。 ふと届いた1通のメール 「カチカチ」 マウスでダブルクリック いつもの様にメールを確認する。 Aamzon、楽天etc… 毎日の様にやってくるメールの山 いつもの様に内容を見ずに削除をしていき 知人や友人からのメールだけ

青い財布に変えたら人生が大きく変わって英語が出来ないまま海外移住をしてしまった話(行動から見えた光道)

8月末大富豪に出会い行動する大切さを学んだ事で 行動に移そうとし始めました。 → 前回の話 夏が終わり涼しくなり始めた9月。 青い財布に変えてから1ヶ月経った位の話。 「行動する事が大切」 と思っても、行動しなかった人が行動するには 心理的なハードルがある。 失敗恐怖症だった僕はなおさらだ。 でも、 「変わる為に行動しなくてはいけない」 ので、一つの作戦を立てた。 それは 人と行動するという約束をす

青い財布に変えたら人生が大きく変わって英語が出来ないまま海外移住をしてしまった話(人に出会い縁生まれる)

青い財布に変えたら 家と結婚まで決まってしまった話の続き。 → 前回の話 人に会うことで縁が生まれるという事を 思い知ったのはこの時が初めてだったと思う。 財布を変えて4ヶ月。 12月に入り、寒さが本格的になっていく中 土日には「忘年会」が本格化していく。 家を引っ越し、やっと落ち着いてきたので 誘われた忘年会には全て参加という姿勢で臨んだ。 会社や友人との会は毎年やっているので なんとなく想像がつ

青い財布に変えたら人生が大きく変わって英語が出来ないまま海外移住をしてしまった話(青い流れが起こす奇跡)

こんにちは。青好きノマドCTOの風上流です。 青い財布に変えたら海外移住するになってしまった話 →  前回の話はコチラから 3日前に明神さんと約束を取り付け 香港行きの準備を始めた僕。 とうとう香港に行く日がやって来ました。 パスポート・チケット・財布・携帯 を何度も確認。 当時、Web制作会社で働いていた事もあり 携帯電話はスマホとガラケーの2台持っていたが 海外パケット定額を使うのは1台で十分だ

青い財布に変えたら人生が大きく変わって英語が出来ないまま海外移住をしてしまった話(開いた海外への道)

→ 前回の話 青い財布とマリーナ・ベイ・サンズ シンガポールより。 夢の続き 世界中に会社を持つ起業家 明神さんとの運命的な出会いがあって 海外行きを断ったものの、仕事を受ける事になり あっという間に過ぎてしまった香港での体験。 日本に帰ってから、夢でも見ているのではないかと 何度もほっぺをつねった。 どうやら現実の様だ。 けれども、その余韻に浸る間もなく 1か月後には結婚式が控えていた。 会社に行

青い財布に変えたら人生が大きく変わって英語が出来ないまま海外移住をしてしまった話(最終話)

青い空の下 青に囲まれながら 青Macで → 第一話 → 前回の話 財布を買ってから1年後、海外移住しました 結婚式が終わって 海外移住が決まって 新婚旅行へ行って 両親や友人に報告し すぐに移住と行きたかったのですが 会社に迷惑はかけたく無いと 引き継ぎを3ヶ月かけて行い 2012年8月31日。海外移住をしました。 青い財布に変えたのは 2011年8月1日。 財布を変えてちょうど1年程の出来事です

震度7を経験した僕がシンガポールから自分に出来る事として伝えられる事

青の力で日本と世界を繋ぐ青峰です。 熊本で大きな震災がありました。 この文章を書いている今も 自衛隊や数々のボランティアの方が 熊本へと助けに行ってます。 震度の大きさや起こった場所 Facebookで流れてくる画像を見て 今から21年前の阪神淡路大震災とダブり 当時の記憶が蘇ってきました。 その時、僕は震度7を受け 高速道路が倒れた場所に住んでいて その時の記憶は今でも鮮明で 熊本で起こっている事

震災の経験者だからこそお伝えできることがあると思い書きました。

たった一つの身近な疑問が世界の本質に繋がった話。対処療法と根本的解決から見る世界。

人生青色の青峰です。 今、シンガポールを拠点に海外で活躍する日本人を増やす活動をしています。 最近、自分の中で世界の見方が大きく変わったのですが その不思議な流れをお話したいと思います。 始まりはたったひとつの疑問で 点と点が線になり 線と線が面になり 面と面が球になりました。 最初の疑問を 掘り下げていって掘り下げていって 出てきた本質を繋いで繋いでいったのですが それが、世界の本質につながってい

読んでよかったストーリー

土田 ひとみ
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3.11の半年後原発20㎞圏内で生まれた被災犬「とっと」が、熊本の被災地にエールを送る

白地に茶色のドット柄の犬「とっと」 はじめまして! わたし、犬の「とっと」です。 白地に茶色のぶちがドット柄みたいだから 「とっと」と名付けられたのよ。 あら、 この写真じゃわたしの「ドット柄」が分かりづらいわね。 これならどうかしら?? ほら! ドット柄でしょう? え? 白地にしょうゆをこぼしたみたいですって? 失礼しちゃうわー 前置きが長くなってしまったけれど… わたし今は奈良でぱぱとままと暮ら
青峰 隆
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青い財布に変えたら人生が大きく変わって英語が出来ないまま海外移住をしてしまった話(回り出した歯車)

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花岡 めうみ
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海外で多くの成功者に出会い、この1年で私が感じたこと

毎週金曜に弊社、 未来移住計画社(FTP) より まぐまぐ( http://bit.ly/18SpMLV )を配信しています。 【週刊まぐまぐ】を配信スタートしてから 先週12月7日でちょうど一年がたちました。 海外生活をしたことで多くの成功者と会う機会があり、 そこで感じたことをまとめてみました。 私が感じたことですので、正解ももちろんありませんし、 一つの意見として捉えて頂ければ幸いです ---
花岡 めうみ
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フツーの主婦から会社経営者になるまでの軌跡を振り返って感じたこと

今まで6 回 にわけて、 幼稚園時代から大学時代 まで、 時系列で振り返ってきた 。 今回は今までの人生を振り返って感じたことを 書いてみたいと思う。 私は、何のとりえもないフツーの人 私はもともと、特にこれといってとりえもなく 本当にどこにでもいる普通の人。 ただ、小さい頃から父親の仕事の転勤で 転校を繰り返したからか、 留学経験のおかげか、そこは分からないが、 いつからか人見知りをしなくなった。
花岡 めうみ
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何のとりえもなかった私が、10年以上かけて叶えた夢 大学時代編

さて、前回の続き・・・。 晴れて、 中学からずっと行きたかった大学に 入学した私。 今からもう15年以上も前の話^^; 余談だが、 上智に行きたいと思ったきっかけは、 なんと、恥ずかしながら、 【西田ひかる】 同じ世代くらいの方なら ご存知かも知れないが、 彼女の出身大学は上智大学。 ドラマの影響で 中学の頃、大好きだったのだ。 めうみ 「彼女と同じ大学に行きたい!」 編集 と思ったのが一番最初のき
花岡 めうみ
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フツーの主婦が一大奮起してマレーシアのジョホールバルに移住して起業してしまった話4(1浪終了後)

花岡めうみの今までの人生を 時代別に何回かに分けて書いています。 今まで書いた記事はコチラ↓↓↓ 【第一回】 http://storys.jp/story/5747 【第二回】 http://storys.jp/story/5777 【第三回】 http://storys.jp/story/5776 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ▼1浪生活が終わり、4月から大学生活がス
花岡 めうみ
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フツーの主婦が一台奮起して、マレーシアのジョホールバルに移住 ー今の私を作ってくれたもの

ということで、 1浪を経て、 滑り止めで通い始めた大学の新生活がスタートして 1ヶ月たった5月から 私の仮面浪人生活が始まった。 仮面浪人生活スタート 大学に通いながら、 スキマ時間をうまくつかって 必死に勉強した。 1浪時に だいぶ基礎力はついていたので、 最後の追い込みでは、 ひたすら単語を覚え、 読解力をつけることに集中した。 TOEFL・SATの単語と 英語の本を徹底的に読みまくった。 そし
花岡 めうみ
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フツーの主婦がサラリーマンの旦那を日本に置いて、マレーシアのジョホールバルに移住して起業してしまった話 その3(帰国後)

今までに書いたストーリーの続きです。 1回め  フツーの主婦がサラリーマンの旦那を日本に置いて、マレーシアのジョホールバルに移住して起業してしまった話 / 花岡 めうみ | STORYS.JP 2回め  フツーの主婦がサラリーマンの旦那を日本に置いて、マレーシアのジョホールバルに移住して起業してしまった話(高校留学時代編) / 花岡 めうみ | STORYS.JP ▼交換留学から帰国(高3夏) アメ
花岡 めうみ
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フツーの主婦がサラリーマンの旦那を日本に置いて、マレーシアのジョホールバルに移住して起業してしまった話(高校留学時代編)

フツーの主婦がサラリーマンの旦那を日本に置いて、マレーシアのジョホールバルに移住して起業してしまった話 http://storys.jp/story/5747  の続き・・・。 ▼高1入学式で辞めたいと 高1の入学式で、 田舎の中学と文化が違いすぎて、 カルチャーショック! 1日で学校が嫌いになり 辞めたくなってしまった私。 花岡めうみ 辞めたい! 編集 と母に泣きついたところ 母)交換留学制度が学
花岡 めうみ
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フツーの主婦がサラリーマンの旦那を日本に置いて、マレーシアのジョホールバルに移住して起業してしまった話

花岡めうみです。 私は、 6歳と4歳の娘のママ で、 現在35歳 です。 見た目はどこにでもいる フツーの主婦ですが、 実は2012年の夏から 普通とは違う ユニークな人生 を歩んでいます。 ▼ユニークな人生!? サラリーマンの旦那を日本に残して 、 子どもの将来の為、 教育の為に、 シンガポールのすぐお隣の マレーシアの最南端、 ジョホールバル へ 『 親子で海外留学 』 を実現してしまったのです

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