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明日の タケシ

明日の タケシの人生のストーリー

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明日の タケシの人生のストーリー

【第1話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

ひとりで生きていくという本当の意味を、理解するのは難しい。 それは、誰もがひとりでは生きていけないと思っているからであり、誰もがひとりで生きているのだと、信じているからに違いない。 僕が父子家庭になったのは、平成17年冬のことだった。 父子家庭という生き方が世の中に認知されるずっとずっと前のことで、それは思いがけずある日突然に訪れた。 その年のクリスマスにサンタさんがやってこなかったのは、子供たちが

【第2話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

さしあたっての不安は、お金がないことと時間の使い方がわからないこと。 父子家庭になって子供たち2人の子育てを始めてからというもの、自分の時間などなく、気が付いたら朝で、気が付いたら夜だった。とにかくやることがなくならない上に、慣れていないために時間を効率よく使えないのだからこういうことになる。 仕事に追われているとか、予定が目いっぱい詰まっているとかでの時間の使い方は、自分で時間の配分やペースをコン

【第3話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

一人で生きていくためには、精神力と気力がものをいう。父子家庭として過ごした時間で、そう確信している。 なんとしても、子供達を一人前になるまで育てなければ。 僕は子供たちに対し2点だけ、それはそれは厳しく接した。 まず「どんなことがあっても自分で考え解決しなさい」ということ。そしてもう一つは、「どんなことがあっても、自分の置かれた状況に文句を言わない」ということ。 子供たちには、母親がいないこと、父親

【第4話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

笑って乗り越えた先にもう一つ重要なことがあるとしたら、それは「信じる」ということ。 子供たちを育てるにあたって、何よりもまず信じることがすべてであり、その根底が崩れたら、たった一人の父子家庭生活などやっていられない。 子供たちは僕に育てられるようになり、それはそれは様々な弊害があったに違いない。今まで当たり前のようにしていたことが、ある日突然できなくなる。今まで信じていたものが、ある日突然信じられな

【第5話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

ひとしきり大声を出して泣いて泣いて、泣きながら家に帰ってとうとう決心した。 「やってやる、お前ら見てろよ、ふざけやがって、今に見てろ」 そうやって自分を奮い立たせることが、正しい判断だったのかは分からない。 さしあたってどうすれば良いのかは全く分からなかったけど、とにかくやるしかないってことだけははっきりした。僕がどうなろうと、僕の人生がどうなろうとそんなことはもうどうでもいい。とにかくこいつらを一

【第6話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

父子家庭になるのとほぼ同時期に、両親は病床に倒れた。 毎日酒を飲んでは暴れまわる父と、そんな父を罵倒する母。母親の期待に常に応え続ける兄と、その期待を受け止めきれずドロップアウトした僕。 これが両親と僕の青春時代で、毎日毎日繰り広げられる堂々巡りにほとほと嫌気がさして家を出た18歳の春から、30歳になるまでの間ほんの数回しか顔を合せなかった両親だったけど、兄から連絡をもらい、もう長くないことを知った

【第7話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

母の余命の期限である半年は過ぎ、季節は夏になろうとしていた。 これ以上病状が良くなることはなかったので、終末期の患者が入院できる病院へと転院し、これからどうするべきなのか兄弟で考えた結果、もう長くはない母を1度は家に戻してあげられないか、ということになった。 兄は東京で、腹違いの2人の兄姉はすでに家を建てて暮らしていた。 実家は父と母が病気に倒れてからの長い間空き家となっていたため、庭は荒れ放題、部

【第8話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

下の子の幼稚園生活は、引っ越しが決まった9月初旬で終わりを迎えたのだったが、父子家庭になってから幼稚園の送り迎えでは、いつも困っていたことがあった。幼稚園は女の世界であり、母親でなければどうしても務まらないことがある。 当時住んでいた借家の近くだったという理由で通わせていた私立の幼稚園は、園児をお迎えに来るのは、毎日間違いなく母親だった。その界隈ではちょっとインテリな幼稚園だったせいか着飾った専業主

【第9話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

平成18年9月、僕たち3人は隣町の実家に引越しをすることになった。 僕にとっては慣れ親しんだ町だったが、子供たちにとっては縁もゆかりもない初めて住む町だ。 不安がないと言えばうそになるから、精いっぱい笑って子供たちを笑顔にした。 下の子は幼稚園をすでに辞めていて、引っ越した後にどこか新しい幼稚園に通うということはなかったが、上の子は小学生だったために、9月の新学期から新しい小学校に通うことになった。

【第10話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

母の左腕には注射針が刺さり、何か透明な液体が注入されている。 この注射針を抜けばたちまちにして母の呼吸は止まるのだそうだ。 母の親族や関係各位にあわただしく連絡を取り、最期をみとれるものを片っ端から呼び集めた。 朝の9時を過ぎたころから病室にはたくさんの人が出入りして、母はいよいよ死のおぜん立てが整ったのだった。 夜中何度も自宅に戻っては子供たちの様子を確認して、時間の許す限り病室についていたけど、

【第11話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

子供たちも生活が劇的に変わったわずか2週間後に母が死んだわけで、引っ越しの荷物もほどいていない状態、どこに何があるかなどまったくわからないままで母の遺体は運び込まれてくるし、葬儀屋との打ち合わせだの親族への連絡、挨拶など、やることは山積みになった。 ここに越してきたばかりで生活環境が整っておらず、このバタバタの中、上の子を学校に行かせるだけの余裕がない。 下の子はどのみち幼稚園を中退してしていて、来

【第12話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

仕事も出来ず、社会との接点もない30歳を過ぎた男にとってそれは恐怖でしかない。 さらに僕には、自分の人生を賭けてでも育てなければならない子供たちがいる。 明日という確実な未来でさえ、信用できなくなっていた。 明日など、本当にやってくるのだろうか。 本当は子供と海を見ながら、お弁当など食べている場合ではない。 主な収入といえばオークションで不用品並びに売れ筋の商品を仕入れての転売で、今日売れなかったら

【第13話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

目の回るような日常の雑務の中、小さい子供を連れ父の介護。 もちろん介護といっても一緒に生活しているわけではないので、施設の職員に任せている部分がほとんどだったけど、だからと言って気にならないわけではない。 下の子は、見たことのないすっかり呆けた老人に戸惑っていた。 父の入所している老人介護施設は、自宅から車で5分程度の、空いた時間に顔を出すにはおあつらえ向きの場所にあった。 午前中はバタバタと家のこ

【第14話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

昨日施設で見た父は、いつもと変わらず元気だった。 施設の方は、父の状態と搬送される病院名を告げあわただしく電話を切った。 「お時間があれば病院のほうまで来ていただけないでしょうか」 そう最後に付け加えられていた疑問形での問いかけは、絶対に来てくれと言っているに等しい。 父に何かあったときの緊急連絡先の優先順位第1位は僕の自宅並びに携帯電話の番号だったから、迷わずそこにかけてきたに違いない。 「はい・

【第15話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

僕たちはいつものように父の病室へと向かっていた。 いつものように家の掃除、洗濯を済ませ、下の子の支度をし病院へ行く。何も変わらない、いつも通りの朝だった。 僕はベットに寝そべる父を確認し、その横に椅子を置いて腰かけ、持ってきた本を読んでいる。建物の隙間からわずかに見えるだけの11月の秋晴れの空が、この病室に唯一の色を落としていた。 父の病室は個室だったので、僕達が物音を立てない限り何の音もない空間。

【第16話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

学生時代の友人は、皆30歳も過ぎるとそれぞれ家庭を持ち、親の援助で家を建て、仕事でもそれなりのポジションを任され、たまの休みは家族サービス、子供の写真を見せあってはこれからの未来に誰もが目を細めていた。 昔の友人たちと会って酒を飲むのは楽しかったし、おしゃべりをして気分転換も出来てストレス発散にもなる。 だけど、僕と友人たちとは一つ切実に異なる点があった。 それは誰もがみな「明日」があるということだ

【第17話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

この方法で稼いだお金は、ありがたく使わせてもらった。 その後ヤフオクも規制を強化し、これらの方法では情報販売ができなくなった。所有していたヤフオクのIDも抹消され、しばらくの間純粋にオークションも出来なくなってしまうという代償も支払ったのだった。 逆に考えると、タイミングが良かったということになるのではないだろうか。 情報販売で得た300万円と両親のいくばくかの遺産で、その後数年あまりの間生活するこ

【第18話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

下の子にとっても、言い返せぬ言葉を飲み込まねばならない心境は、察して余りある。 子供たちが二人とも小学生になって、今までとは違いより社会の一員としての生活が強くなった。 子供たちが幼いときは自分と子供、それだけの世界で生活していくことが出来るのだが、子供が大きくなり小学生になると、学校での生活であったり地域の交流であったり、親同士の関係であったりと、様々な面で社会と関わらなければいけなくなってきたの

【第19話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

確かに無所属で選挙に打って出るのはお金がかかるのだろう、それはなんとなくわかる。 それにしても後味が悪い。 兄が掲げた政策には子育て支援という文字が躍っていたが、あまりの茶番に笑う気にもなれなかった。 やっと両親の一件も落ち着き、子供たちも新しい環境や学校にも慣れてきて、生活のリズムもそれなりに整いつつあったのに、新たな物事は予想だにしないところから降ってわいた。 最悪の事態を想定し、事前に回避策を

【第20話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

移住支援のサイトとかもあり、様々なところで移住を支援していたのだが、そのどれもがいまいちピンとこなかった。 寒いことろがいいのか暖かいところがいいのか、都会のがいいのか田舎がいいのか、子供たちの学校はどうするか、住まいは、仕事は、と考え始めたらきりがなくなってしまっていた。 移住などと一言で言っても、現実はそれほど穏やかではない。 北海道から沖縄まで、自分が行ってみたい土地土地を調べて、家賃の相場や

【第21話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

それから数カ月を無事に過ごし、特に兄からの接触もなく、この家を追い出されるようなことも起きず、年末に行われた県議会議員選挙で、兄は見事に当選した。 折しも、民主党政権誕生と相まって、世間的に無所属押しの風が吹いていたことも当選の要因の一つにはなったであろうが、良かったのか悪かったのかは、僕にはわからない。 あの時のあの出来事は、いったい何だったのだろうか。 ただ単に兄の虫の居所が悪かっただけなのか、

【第22話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

その日はいつものように仕事があって、仕事場である近所のショッピングモールまで車を走らせていた。 時刻は午前10時半。 11時からバイトだったので、いつもこのくらいの時間には車に乗っていた。その日は良く晴れていて穏やかな朝だったのを覚えている。 車のガソリンメーターを見るとエンプティーマークが点灯したところだったが、バイトの時間に遅れそうだったのでガソリンを入れるのは仕事終わりにしようと思った。 ガソ

【第23話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

体育館の中を見渡してみると、見知った顔もちらほらで子供たちの学校の友達や幼馴染たちと会うことが出来た。友達に会えた喜びと、体育館に避難してきているという非日常が相まって、子供たちはすっかりはしゃいでいた。 僕は近所のお母さんに今回の震災の情報を聞いてみたりした。体育館のステージに号外が置かれているとのことだったので、新聞を一部取りに行って内容をみてみたのだが、そこに載せられている写真の、とてもこの世

【第24話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

大震災が起きてからというもの、ほとんど寝ていない。子供たちを守れるのは自分ひとりだというプレッシャーと責任感、ひっきりなしに続く余震、そして、ここまで来たらどんな困難も乗り越えてやるという意地だけが、僕を突き動かしていた。 こんなところで死んでたまるか、もう少しだ、もう少しの辛抱だと、何度も何度も自分に言い聞かせていた。 子供たちの成長して立派になった姿を、生きてこの目で見るまでは、死ねるはずがない

【第25話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

そのうどん店は、自宅から車で15分程度の場所にあり、仕事が忙しいので有名な繁盛店らしい。 そこも震災で大きな被害を出したらしいのだが、復旧が早く店舗営業を再開し、慢性人手不足だったため求人を募集していたということだった。 あまりにも忙しく、かつ人手不足、よほどのことがない限り不採用にはならないような条件で、僕は父子家庭やらなんやら、ある程度のネガティブな情報も入れつつだったのだが、無事採用ということ

【第26話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

季節はすっかり夏になり、自転車での通勤も苦ではなくなったのだが、8月の猛暑の日などは、炎天下の午前中、40分自転車を漕ぐだけで汗だくになるのだった。 時給780円で週5日6時間。何だかんだ引かれて手取り9万円ちょっと。毎日自転車でせっせと通ってはいたが、この給料では子供たちにテレビなど買ってやれはしない。 転職して今よりも時給の良い仕事場を見つけ、長い時間働かなくてはならない。そうは言っても働ける時

【第27話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

秋もすっかり深まって水戸の街も駅も駅ビルも、そろそろクリスマスムードが盛り上がってこようとする、今年も1年そろそろ終わりみたいな気分になりつつあった、11月も後半に差し掛かったとある日の出来事だった。 職を変え、10月には半月分の給料をもらい、11月の末日には2回目の給料が支払われる直前あたりだったと思う。11月は昨月と比べ、慣れたことにより仕事を覚え、夕方働ける目いっぱいの18時までシフトを入れて

【第28話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

仕事を見つけて働きに出たのはよかったけど、給料をいただけるまでに1カ月あるわけで、もう僕の財布の中の残金はほとんどなく、給料日まで生きながらえることが出来るのかは定かではなかった。 水戸の駅ビルまで通う電車賃は、運よく以前働いていたとき使っていたsuicaがまだ残っていたので、それを使って通うことが出来た。 当然のように必要経費、光熱費その他雑費の類はまるまるスライドさせているわけで、この時点で2カ

【第29話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

平日は駅ビルのハンバーガー屋で、土日祝日は京成の蕎麦屋でバイトという生活も2カ月が過ぎようとしていたころだった。年が明けても平日のハンバーガー屋は相変わらず閑古鳥が鳴いていて、活気の「か」の字も無い状態。 空調で快適温度に設定された店内で、ただぼんやり外を眺める日々。客が来るのはオープンの11時から僕の仕事が終わる18時までで1組か2組。ただのアルバイトでさえこれでいいのかと思うくらいなのだから、経

【第30話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

テレビを購入したことで、親としての最低限の役目を果たしたつもりになっていたのだが、だからと言って子供たちが望む生活を提供しているとは言い難い。 相変わらず綱渡りのような生活を続けていたし、子供たちに手をかけてあげられる時間も無い。 9時から22時まで、週5日は子供たちだけで過ごさなければならないわけで、さらに今まではテレビも無い家で子供たちだけで留守番をさせていたわけだ。 テレビを購入してほんの少し

【第31話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

仕事を辞め家にいるようになったけど、毎日それでも家事をした。ゆっくり休むと言っても、子育てと家事は止めるというわけにはいかない。父親としての役目での仕事は辞めたけど、母親としての家事にお休みはない。 子供たちともゆっくり時間を過ごしていなかったし、手の込んだ料理でも作りながら、子供たちと晩ごはんでも食べようと、毎日せっせとご飯を作った。 すっかり大きくなった子供たちも、僕が作ったご飯は毎日「おいしい

【第32話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

薬を飲めば気絶してしまうので、家のこと子供たちのことが一切手につかず、仕事が山積みになり、結局自分自身を苦しめる。考えるなと言われても、僕には考えねばならぬことがたくさんありすぎた。 休養を取れと言われても、家事や育児は休みをくれない。仕事は休んでも、体をゆっくり休めるまでには至らない。時間をかけろと言われても、そのすべての方法が否定されてしまった今、時間のかけようがなかった。 具合を悪くすることも

【第33話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

季節はすっかり冬になっていて、また1年が終わろうとしている。 上の子は中学3年の冬で、やりたい放題やっていたころの面影はすっかりなくなり、塾にも行かせてあげられない環境で、一人黙々と部屋にこもり受験勉強に励んでいた。 知らないうちにみんな成長している。これが生きていくということなのだろうか。 僕も頑張らなければ、ただひたすらにそう思っていた。 仕事は見つからず職探しの日々だったけど、その場しのぎでと

【第34話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

とても時給850円の昼間のバイト暮らしでは生活を維持できなくなっていた。それでなくても春には高校生と中学生に進学する。 一体どれくらいのお金がかかるのか、考えただけでも背筋が寒くなる思いなのに、何もせずに手をこまねいているわけにもいかない。少なくともある程度のまとまった金は必要だろう。 昼の仕事は遅くとも18時までで、そこからバイトをもう一つ増やすことは可能なのだけど、僕にはただ空いている時間に自分

【第35話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

父子家庭となり、子供たちと3人暮らしを始めてもう6年が経っていた。 上の子が高校生になり、下の子が中学生になった。 それぞれ進学し新しい生活をスタートさせたことは、非常に喜ばしい限りだったけど、やはり僕にはどうしても越えなければならないハードルがある。 そう、お金がないのだ。 仕事を掛け持ちして働いてみたものの、そのお金は当然日々の生活費となって消え、手元に残ることはなかった。 3つ違いの兄弟である

【第36話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

ほどなくして、下の子は部活を辞めてしまった。 部活を辞めてからは悪い友達とつるむようになり、帰宅時間が遅れ、泊まり歩き、おあつらえ向きの路線ですっかり素行の悪い近所で評判の不良の出来上がり。 気は優しいいい子なんだけど、見た目が完全にまともではないために、悪のレッテルを張られてしまった。 子供を育てるということは、実に難しい。 社会のルール、学校のルール、それは分かる。 一生懸命やっているつもりなの

【第37話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

何がいけないかったのかなど、あまりにも多すぎて考えたくもない。 仕事は辞めよう。 次の仕事を探す気力も、子供たちを育てる気力もない。 知ったことか、どうにでもなれ。 夏が終わり、すっかり秋の気配が街を支配し始めたころ、残り1カ月の契約となった仕事に惰性で通い、春のころよりは慣れてきたお弁当作りをこなし、子供たちの朝ごはんを用意して、これと言って変わることのない生活の中で、いずれ仕事を失い、やがて金が

【第38話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

その日、僕達は東京にいた。 看護師になるために学校に行っていた彼女の、看護師国家試験の発表を見に行ったのだ。 厚生労働省で国試の発表を見て、合格して無事40歳で看護師になった彼女と靖国神社に立ち寄った。 平成25年3月25日、靖国神社の標本木に開花宣言が出された直後で、テレビカメラも数台来ていた。 僕達は記念にとその標本木の前で写真を撮り、電車に乗って茨城に戻ったその足で、市役所に寄って婚姻届けを出

【第39話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

子供たちの成長は、頭で考えているよりある意味さびしい出来事で、独り立ちするためにもがきあがいている子供たちを見ていると、どんな時でも「子供たちのため」と歯を食いしばっていた、あの頃の生きる意味や目的そのものが、消えてなくなっていくような感覚。 嬉しいような寂しいような、自分でもはっきりと認識できないこの感情は、精神を不安定にさせ、未来に対する漠然とした不安をもたらした。 生きる意味そのものを失いかけ

【第40話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。~最終話まであと7話~

季節はすっかり夏になり、仕事も順調でお金もそこそこ稼げるようになり、生活も安定し始めていた。 下の子の受験勉強は中学2年生になったこの夏が勝負だと思った。 何せ、今までの怠けっぷりは常人の域をはるかに逸脱している。 どうしても下の子に努力して勝ち取る喜びを教えたかったし、その上で将来につながるような人生のスタートラインに立ってもらいたかったわけで、親としても、彼にとってもベストな選択であると考えてい

【第41話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。~最終話まであと6話~

今までも、週末ともなればお兄ちゃんと連れ立って母親の家に泊まりに行くことはしばしばで、様々なものを買い与えてもらっているようだった。 それは知っていたけど、そこまで口出しするのも僕の流儀に反するわけで、子供達には自分で考え、自分の意思で行動してもらいたいと常々思っていたのだ。 下の子が自分で決めたのか否かは判断できなかったけど、母親が僕の前に直接現れることは無く、ある日、僕が仕事に行っている間に一緒

【第42話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。~最終話まであと5話~

今回のいたずらの一件で、上の子に対してはまだもう少し泳がせようと思った。 自分で善悪の判断をしてほしかったし、間違ったり道を踏み外したとしても、まさか犯罪者になるほどではあるまいと、確信したからだ。 今しかできないいろいろな経験を、出来る限りやらせてあげよう、いざとなったら助けてあげられるように準備だけして、その時は手を差し伸べてやればよい。 男の子だ、自分の人生くらい自分の力で切り開いてくれるに違

【第43話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。~最終話まであと4話~

冤罪だ、こんなもの冤罪だ。 どこにぶつけたらよいかわからぬ怒りがこみ上げ、どこからこんなことになってしまったのか、夜な夜な考えた。 何がいけなかったのか、どうするべきだったのか、いつになっても考えはまとまらない。 虐待しているという事実があるのであれば、それを証明することはできるだろう。でも、していない物をしていないと証明するのは、非常に難しい。 口で説明しても、それはあくまでも僕が言っている独り言

【第44話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。~最終話まであと3話~

下の子が家出をしてから上の子と2人暮らしになって、上の子とは一度大喧嘩をしたことがある。 年も押し迫った、寒い夜だった。 下の子の一件で、毎日イライラしていたことは否定しない。 原付を購入し、学校に行くのもバイトに行くのも原付を乗り回しているけれど、ふと、ある思いが頭によぎった。 「そういえば、高校入学の時に買ってやった自転車、どこ行ったんだ」 自転車通学のころは、家のガレージに自転車を止めていたけ

【第45話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。~最終話まであと2話~

僕の、親としての立場での思いと、そこの中で暮らす子供たちの感情に、いつしか少しづつズレが生じてきて、それらは成長と共に不愉快で理不尽なものになっていったのだろう。 一人で子供を育てるということには、目に見えぬ障害が様々あって、それに気が付いた時には取り返しのつかないことになっていることがある。 たった一人でもできると思って、独りよがりで10年間過ごしてしまったその代償が、下の子の家出だったのかもしれ

【第46話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。~最終話まであと1話~

もし、人生が夢なのだとしたら、これは僕が見たなかで最も悪い夢であるに違いない。 上の子が18歳になったのが平成27年10月18日で、そのわずか5日後のこと。 その日、仕事を早番で入らなければならない特別な理由は無かった。 シフト通りに組まれた出勤形態に従ったに過ぎない。 平成27年10月23日金曜日。 午前8時20分。 早番で仕事に入った僕にとっては、忙しい時間だった。 普段ならポケットに入れている

【最終話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

「事故直後は血管が収縮していますので、時間が経過したのちに再度CTを撮ります。血管が元に戻るときに多くの場合出血が見られますので、これ以上出血個所が広がるようでしたら処置をしなければ助かりません」 なかなか理解することは難しいとは思いますが説明を続けますと言って、さらに骨折箇所の説明とその治療方法を告げた。 鎖骨と大腿骨は早々に手術をし、その他の骨折箇所に関しては、整形外科医の判断を仰ぐといった内容

【第1話】認められた記憶などほとんどない僕がSTORYS殿堂入りの知らせを受けた日・・・ふと思い出した、忘れられぬ友人と交わしたある「約束」

その人は、富岡太郎君と言った。 彼は、僕が今まで出会ってきたすべての友人の中で、最も印象深い人物であったに違いない。 それは、生まれて初めて親元を離れ東京で暮らすことに決めた、人生におけるターニングポイントの年に出会った友人だからなのかもしれないし、お互い地方から出てきて慣れない東京での浪人生という中途半端な境遇も、僕達の関係性にとってはまことに親密さを増す結果になっていたのだろうと、今振り返ってみ

【第2話】認められた記憶などほとんどない僕がSTORYS殿堂入りの知らせを受けた日・・・ふと思い出した、忘れられぬ友人と交わしたある「約束」

夕暮れ時の買い物客でにぎわう商店街を抜けると、銭湯が見えてくる。 大きな暖簾がかけられた銭湯の前には立派なゴルフ練習場があり、そこを過ぎたあたりにひっそりとおかれていた自動販売機でプリンシェイクを買うのは、パチンコで勝った日のささやかなご褒美だった。 2人で仲良く2本のプリンシェイクを買い、30秒間同じように右腕を上下し歩きながら、いつものコインランドリーあたりでプルタブを開けると、僕達のお好みの固

【第3話】認められた記憶などほとんどない僕がSTORYS殿堂入りの知らせを受けた日・・・ふと思い出した、忘れられぬ友人と交わしたある「約束」

中学に入るころから酒に溺れ、すっかり立派なアルコール中毒者となった父と暮らす不毛な青春時代から逃げるためだけに東京にやってきた僕にとって、富岡ちゃんは全く知らない町で生まれ育った、初めての友達だった。 通っていた予備校も違ったし、下宿では話をすることもはばかられる環境、たまにこうして2人で出歩く息抜きの時間だけ、僕が彼の素性や考え方を知る唯一の機会になっていた。 たまに話をする機会と言えば、風呂なし

【第4話】認められた記憶などほとんどない僕がSTORYS殿堂入りの知らせを受けた日・・・ふと思い出した、忘れられぬ友人と交わしたある「約束」

普段の生活は、朝ご飯をみんなで食べ、それぞれの予備校へと向かう。 僕は駿台予備校四谷校で、富岡ちゃんは河合塾池袋校だった。 練馬区練馬という立地からして、僕以外の浪人生は違わず池袋のどこかしらの予備校に通っていたのだけれども、何故か四谷の予備校まで行かねばならなかった僕は、富岡ちゃんと一緒に予備校に通うという事は出来なかった。 予備校から帰り、部屋で晩ごはんの時間まで勉強をして、食堂と呼ばれる母屋の

【第5話】認められた記憶などほとんどない僕がSTORYS殿堂入りの知らせを受けた日・・・ふと思い出した、忘れられぬ友人と交わしたある「約束」

小田和正が大好きだという富岡ちゃんが、どうしても行きたいところがあると、知り合ってまだ数日の僕を、とある場所へ誘ってきたのだ。 ほぼ初対面に近い僕の事を誘うこと自体だいぶ勇気がいるだろうに、富岡ちゃんはさも当たり前のようにこう言った。 「武道館で小田和正のコンサートがあるんだって、25日が最終日だからどうしても行きたくて。一緒に行かない?」 度のきつい眼鏡の奥から、愛嬌のあるまなざしで満面の笑みを浮

【第6話】認められた記憶などほとんどない僕がSTORYS殿堂入りの知らせを受けた日・・・ふと思い出した、忘れられぬ友人と交わしたある「約束」

小田和正の武道館コンサート最終日がその年の4月25日。 武道館でのナンパに失敗し収まりのつかない富岡ちゃんは、さらに九段下の駅のホームでもナンパを繰り返したが成果となって現れることのなかったその日、女の子と飲みに行くこともなく地下鉄に揺られて練馬に戻り次の日になったわけだが、4月25日が土曜日だったために次の日は予備校もなく、富岡ちゃんと一緒に練馬の図書館に行って勉強する約束をしていた。 夜が明けて

【第7話】認められた記憶などほとんどない僕がSTORYS殿堂入りの知らせを受けた日・・・ふと思い出した、忘れられぬ友人と交わしたある「約束」

東京という街の魅力に気が付き始め、大都会で遊ぶことに喜びを見出したけれども、テレビという絶対的な情報ツールを持たぬ僕たちにとって、東京ウォーカーで空想上の東京を遊びまわり、ザ・テレビジョンに書かかれた番組やドラマのタイトルや出演者の名前を見て、実際にそのテレビ番組を見たつもりになるという2大妄想が「趣味」にさえなっていた。 その中のいくつかでも実際に現実化できないかと考えるのは、東京で暮らす僕たちの

【第8話】認められた記憶などほとんどない僕がSTORYS殿堂入りの知らせを受けた日・・・ふと思い出した、忘れられぬ友人と交わしたある「約束」

僕はと言えば、いざというときに物怖じする性格が災いして、結局求人紙で日雇いのバイトを探して行くことが出来ず、予備校のクラスメイトの高校の同級生の親が雇い主の単発のアルバイトを、依頼があればたまにやったりしていた。 何気に、アルバイトをしたいという話を予備校の授業中に隣の席の人としゃべっていたら、いいアルバイトがあると教えてくれて、自分もたまにやっているというそのアルバイトを僕に紹介してくれたのだった

【第9話】認められた記憶などほとんどない僕がSTORYS殿堂入りの知らせを受けた日・・・ふと思い出した、忘れられぬ友人と交わしたある「約束」

僕が東京に出てくる際に持ってきたものは勉強道具と寝具と衣類のみで、電化製品の類を一切所有していなかった。 部屋探しも4月に入ってから始めたくらいだったので、ここで1年間暮らすための準備という物はほぼしておらず、着の身着のまま、数枚の衣類と布団と勉強道具のみで瀬尾宅に乗り込んでいた。 だから自分の部屋では、勉強するか寝るかの2択のみで、富岡ちゃんと連れ立って遊びに行くことのない日は、暇だった。 せっせ

【第10話】認められた記憶などほとんどない僕がSTORYS殿堂入りの知らせを受けた日・・・ふと思い出した、忘れられぬ友人と交わしたある「約束」

学習机の上に置かれたラジカセからは、ハスキーボイスのDJがリスナーのハガキを読んでいて、少しだけ開けられた窓から夏の夜風が入り込み、緑色のカーテンの端だけをもてあそぶように動かしている。 それは、吐いては吸うを繰り返す呼吸のように、ゆっくり一定のリズムで揺れていた。 富岡ちゃんはこたつテーブルの上に置いてあるタバコを左手で取ると、一本抜き取り火をつけた。 大きく吸い込んで吐き出したたばこの煙も、部屋

【第11話】認められた記憶などほとんどない僕がSTORYS殿堂入りの知らせを受けた日・・・ふと思い出した、忘れられぬ友人と交わしたある「約束」

約束の日曜日になり、昼過ぎの西武線に揺られ西武球場まで足をのばした。 プロ野球なるものを生で観戦したことは無く、最近取り始めたという富岡ちゃんのスポーツ新聞のおかげで、レフトスタンドポール際の外野席に2人で陣取った。 夏の暑い日のデイゲームだったからなのか、西武日ハム戦という微妙なカードのせいなのか、レフトスタンド外野席はひと気がまばらだった。 地べたに座る形の観戦形式で、かなりポール際に陣取ったた

【第12話】認められた記憶などほとんどない僕がSTORYS殿堂入りの知らせを受けた日・・・ふと思い出した、忘れられぬ友人と交わしたある「約束」

恐らく、僕のした何かに対して癇に障ったのだろうけれども、よくわからないままに僕は一人とぼとぼと下宿に向かって歩き出した。 辺りはすっかり暗くなってしまっていて、楽しかった今日1日がまるではるか昔の出来事だったように、一人で歩く下宿までの道のりは、寂しいとか悲しいとかいう感情とはまた違う、変な違和感に包まれていた。 それは、いつも変わらず、疑うことなく一緒にいた人がいなくなってしまった喪失感のようなも

【第13話】認められた記憶などほとんどない僕がSTORYS殿堂入りの知らせを受けた日・・・ふと思い出した、忘れられぬ友人と交わしたある「約束」

その日は下宿に戻ったけど富岡ちゃんに会うことは無く、富岡ちゃんが僕を訊ねてくることも無かった。 時計は持ったままだったけど、富岡ちゃんに会いに行くことが出来なかった。 晩ごはんの時に食堂で顔を合わせても、お互い話しかけることも出来ない気まずい数日が流れ、富岡ちゃんの時計も相変わらずジーンズのポケットに入ったままだった。 富岡ちゃんとしゃべることが出来なくなってしまった下宿での生活は何の楽しみもなく、

あらすじ

父子家庭として生きることになったのは、平成17年のことだった。 そのきっかけは、よくある夫婦の揉め事の末に決めた「離婚」だったのだが、その際二人の子供たちは僕が引き取ることになった。 理由は「私には他にやりたいことがある、だから子供の面倒は見られません」というものだった。何度かの不毛な話し合いの末、家を出ることになった妻は、その後戻ることは無かった。 突如としてわが身に降ってわいた、この「父子家庭」

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明日の タケシ
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【第1話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

ひとりで生きていくという本当の意味を、理解するのは難しい。 それは、誰もがひとりでは生きていけないと思っているからであり、誰もがひとりで生きているのだと、信じているからに違いない。 僕が父子家庭になったのは、平成17年冬のことだった。 父子家庭という生き方が世の中に認知されるずっとずっと前のことで、それは思いがけずある日突然に訪れた。 その年のクリスマスにサンタさんがやってこなかったのは、子供たちが
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【最終話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

「事故直後は血管が収縮していますので、時間が経過したのちに再度CTを撮ります。血管が元に戻るときに多くの場合出血が見られますので、これ以上出血個所が広がるようでしたら処置をしなければ助かりません」 なかなか理解することは難しいとは思いますが説明を続けますと言って、さらに骨折箇所の説明とその治療方法を告げた。 鎖骨と大腿骨は早々に手術をし、その他の骨折箇所に関しては、整形外科医の判断を仰ぐといった内容
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【第41話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。~最終話まであと6話~

今までも、週末ともなればお兄ちゃんと連れ立って母親の家に泊まりに行くことはしばしばで、様々なものを買い与えてもらっているようだった。 それは知っていたけど、そこまで口出しするのも僕の流儀に反するわけで、子供達には自分で考え、自分の意思で行動してもらいたいと常々思っていたのだ。 下の子が自分で決めたのか否かは判断できなかったけど、母親が僕の前に直接現れることは無く、ある日、僕が仕事に行っている間に一緒

書きかけのストーリー

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