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イサカ アツコ

イサカ アツコの人生のストーリー

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イサカ アツコの人生のストーリー

職人パパが、娘と難関私立小受験に挑戦した話

15歳で中学を卒業。 自分で見つけた、その道の師匠のもとに住み込みで弟子入り。 20歳で独立。 九州から、東京へ。 自分の腕一本で生きてきた、職人。 学歴フィルターとか、受験戦争とか、偏差値とか、 そういうものとは無縁に生きてきた。 生真面目に仕事に向き合い、 周囲の人との信頼関係を結び、 名刺さえ持たず、自分の技術だけを頼りに働いてきた。 そんな職人がパパになった。 娘に 「よい環境、よいお友達と

「おはなしの記憶」のお話  ~職人パパが、娘と難関私立小受験に挑戦した話 第2話~

15歳で中学を卒業。 20歳で独立。九州から、東京へ。自分の腕一本で生きてきた、職人。 そんな職人がパパになった。 娘に「よい環境、よいお友達との時間」を与えたいために、 考えぬいて、行き着いたのは、「お受験」への挑戦だった。 パパは、「お受験」のトビラを開けた。 【お子さん、 お話、ちゃんと聞いていますか?】 小学校受験の科目に、「おはなしの記憶」というジャンルがある。 読み書きができない前提の幼

野菜嫌いを一瞬で治した話 職人パパが、娘と難関私立小受験に挑戦した話 第3話

「食育」という言葉が、聞かれるようになって、 10年くらいだろうか。 食育基本法というのが設立されたのが、2005年らしいので、 だいたい、そんなところだろう。 【ママの悩みといえば、 たいていが、 子どもの”野菜嫌い” 。】 ご他聞にもれず、あ~ちゃんも、野菜が苦手。 細かくきざんで、ハンバーグのたねに混ぜる、とか、 カレーにまぎれこませる、なんていうのでは、ごまかせない。 無理やり口に入れても、

「やってみせ、いって聞かせて、させてみて・・・」というお話 職人パパが、娘と難関私立小受験に挑戦した話 第4話

小学校受験の科目に、 「ペーパー」というジャンルがある。 つまり、プリントを使ったテスト。 小学生以上だと、ふつうに受けているテストにいちばん近いので、 親にとっては、指導しやすい印象を受ける。 ところが、どっこい!! その内容の広さは、無限大! 算数的な数のあつかい、図形的な知能(立体もふくむ)、 理科的な知識 季節の一般常識 昔話の常識 などなど。 ●お日様がここにあると、どの陰が正しいでしょう

「お受験は、親の受験!?」という話  職人パパが、娘と難関私立小受験に挑戦した話 第5話

小学校受験は親の受験!と言われたりする。 確かに、メディアでは、スポーツ選手や芸能人の子どもが ○○小学校入学、お受験に成功!といった記事が 載ることがあるし、事実通学しているだろう。 聞くところによれば、 医師や会社社長、弁護士といったパパが多い学校、 もちろん、ママは専業主婦で、子育て&家事に専念というのを 望まれている校風も多いらしい。 そういう噂のような、イメージのなかで、 もう、はじめから

くま歩きが、脳の管理統制能力を育てる!?、という話 職人パパが、娘と難関私立小受験に挑戦した話 第6話

「お受験」の運動能力を測る、基本項目に「くま歩き」 と呼ばれるものがある。 文字通り、くまのように、四足で歩くもの。 だけど、「ハイハイ」では、ない。 ひざをつくのではなく、足で歩く。 なので、やや、前のめりの体勢になる。 この、なかなか普段しない「くま歩き」。 これが、「お受験」の世界では、とても重要視されているらしい。 ある日の教室。 体操の時間。 いつもなら、 「スタートの場所で、ボールのドリ

蛇の道は蛇、気晴らしが大事という話  職人パパが、娘と難関私立小受験に挑戦した話 第7話

お受験での、洋服の話。 紺色のスーツのママに、紺色のベスト&半ズボンの男子、 または、 白ブラウスに紺色のジャンパースカートの女の子、 というのが、この世界の定番。 デパートの高級子ども服売り場には、 専用のコーナーもある。 幼児教室に通うときにも、 その服装に慣れておく、 という意味と、 この服装になったら、 「お勉強」の時間だ!とスィッチを入れる ために、 着せるママも多い。 夏には、女の子は、

幼児が、リーダーシップを一瞬で身につけた魔法のことば  職人パパが、娘と難関私立小受験に挑戦した話 第8話

小学校受験の科目には、 「行動観察」というものがある。 受験会場で、初めて会う子ども同士で、 グループとなり、自由遊びを行うというもの。 大人でも、初めて会ったばかりでは、 お互いに出かたがわからず、 マゴマゴしてしまうもの。 生まれて5年足らず、 ことばを発し始めて3年余りという幼児に、 そんなことが、できるのか?!と、 この試験があると知った時には、思ったものだ。 娘の受験予定の学校の傾向として

【涙の最終話】 職人パパが、娘と難関私立小受験に挑戦した話

一次試験の発表があり、 3日後に親子面接本番。 泣いても、笑っても、これが最後。 前日の、幼児教室の面接模擬特訓では、 パパは、「まだまだのデキ」だけど、良いところもあると、 自信をもたせていただき、 娘は、「ほぼ完璧な仕上がり」と太鼓判をいただき、 わたしは、「早口すぎる、しゃべり過ぎるのは、よくない」と注意を受けて帰宅。 親たちが足をひっぱらないように、 まさに、そんな状況。 面接で大事なのは、

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イサカ アツコ
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【涙の最終話】 職人パパが、娘と難関私立小受験に挑戦した話

一次試験の発表があり、 3日後に親子面接本番。 泣いても、笑っても、これが最後。 前日の、幼児教室の面接模擬特訓では、 パパは、「まだまだのデキ」だけど、良いところもあると、 自信をもたせていただき、 娘は、「ほぼ完璧な仕上がり」と太鼓判をいただき、 わたしは、「早口すぎる、しゃべり過ぎるのは、よくない」と注意を受けて帰宅。 親たちが足をひっぱらないように、 まさに、そんな状況。 面接で大事なのは、
円山 嚆矢
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『早稲田出ててもバカはバカ』ハタチで3000万稼いだ伝説のAV女優・サヤカ

全編紹介 http://www.amazon.co.jp/dp/4835628462 ~中略~  他方で、この業界を心から楽しんでいるオンナの子もいた。  私がクスリで覚醒しながら通常業務をこなし、あり余る体力で、人気A∨女優のマネージャーを兼任していた時期のこと。ゴトウ社長は最終的に芸能プロダクションを作るという構想を持っており、AVはそのパイロット事業だった。  そこで出会った女優・サヤカとの出
Yamabata Hayuko
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わたしが息子の教育に真剣な理由

単純に…わたしがかなり馬鹿だからです。 そしてそんな自分が許せないからです。 お恥ずかしいことに、わたしが小学校高学年になったあたりから家庭環境は急激に悪くなっていきました。 父は元からクズ、母は別居後から頭が緩いせいで転げ落ちるようにクズになりネグレクトになり、夜になると16歳年下の彼氏の元へ母は毎日出かけていました。 なので、わたしが母の代わりに8歳下の弟の面倒を見るようになりました。 こんな家
丘 洋子
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ゴミとして処分されかけた我が家の愛犬

ペットショップにて 犬を飼い始めてしばらくしてもっとよく犬の事を知りたいと思い、近くのペットショップへ。私自身子どもが小さく仕事もしていなかったのでその店のオーナーが「勉強しがてら午前中だけでも手伝いにこない?」と声をかけていただいたのでそこで犬のお手入れ、散歩、体の事など教えていただく事がスタートしました。 犬の繁殖 当然の事ながら犬を販売するために繁殖をさせていました。私はこの事実を知らなかった
迫平 直幸
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仕事辞めたいと思いながら、会社に通いつづけるオジサンにならないためには、出世しても、副業がうまくいってもダメだった。 格好わるく、思春期の様な『純な気持ち』を本気で探して、温めるしかないのだとわかった話。(考察編)

自分の15年間を使った人体実験で、骨身に染みてわかったことは。 20代や30代は、 大きな仕事をして自分を試してみたいとか、お金を稼いで楽しんでみたいとか、モテたいとか、 荒削りな一次的な願望(≒欲望)だけでも突き進める ということ。 40代は、その欲望が一段落する時期。 自分的に一次的な欲望が一段落しちゃう人や トラブルや出世の道が途絶えるなどで強制的に止まる人も そうすると、ようやく、 自分の中
Yamabata Hayuko
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泣かせない育児

赤ちゃんは泣くのが仕事といいますが『何か不都合があるから泣くのであって、それを解決すれば泣かないだろう』という考えのもと、わたしは乳児期の育児をしていました。 オムツやミルク、体がかゆいなどの原因でなければひたすら抱っこをして、いっぱい歌い話しかけました。 大きくなったら抱っこなんてさせてくれません。 『抱っこしてあげてる』のではなく『抱っこさせてもらってる』のだと祖母が生前によく言っていたそうです
坂元 由貴
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日本の企業、全体的にブラックかもしれない話

    いいかえると、日本の働く環境自体、ブラックなんではないかという話です。 オーストラリアに来て、そう思いました。 海外かぶれ、そう見えます?笑 いや、世界を知るってことは、すばらしいと心の底から感じてます。すてきなすてきな体験です。 早速ですが、なぜ私がそう感じたか、 オーストラリアの労働環境をお伝えします。 その1.  時給がべらぼうにいい。 日本人のワーキングホリデーの人がよく始めに働く場
中山 祐次郎
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普通の医者だった34歳の僕が、一度はあきらめた出版の夢を追い続けたら実現したお話

中山祐次郎と申します。34歳独身、都内の病院で外科医をやっています。 2015年3月25日、僕が初めて書いた本が幻冬舎から出版されました。 これです。 まったくの「書き手」としてどシロウトだった僕が、どんないきさつでこの本を出版できたのか。 僕の人生に起きたとんでもない出来事の数々。 そんなお話をしたいと思います。書いてあることは全て実話です。 10分くらいで読み切れます。 どん底だったあのころ 2
大村 拓史
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【子育てよい旅in忘れえぬ鉱山都市】ヘレンケラーの見たもの①

 発達訓練としての、子どもとの旅。  数えてみると、すでに四国内外を30か所以上 旅をしているわけですが、そのルーツは、意外にも ヘレンケラーにあったのかな、と私は思います。 ↑朝6時。瀬戸内海をのぞむ高台にて。 「 健康でさえあれば教育することができる 。それをすることができるのは、親か特別な教師であり、学校ではない。」 「ヘレンに話しかけたとき、彼女は、まわりを 壁に囲まれた教室の中では不可能な
Ninaki Shoichi
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母がくれた言葉

僕がまだ幼い頃のお話。 僕が生まれ育ったのは九州・福岡県。 日本人の父、在日韓国人の母、そして僕の3人家族。 幼い頃から母は愛車カローラ(当時)の助手席に僕を乗せ、 いろんなところへ連れてってくれました。 母はドライブするときいつも車内で音楽を流してくれました。 ごはんを作るときの鼻歌はだいたい韓国の歌謡曲でしたが、 車で流す曲は海外のものが多かった気がします。 ビリージョエル、リチャードクレイダー

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