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坂内 秀洋

1987年8月11日生まれ。
『もう社会には絶対に出られない…』
うつ病、婚約破棄、引きこもり、ニート…
さまざまな経験を乗り越え、起業。
『自分らしく生きるために!』
才能や強みを200%活かして、大好きなことで成功するオーダーメイド型起業コンサルタントとして活動中!

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坂内 秀洋の人生のストーリー

〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜【第一話】『うつ病になった日…』

はじめに… このストーリーは、100%実話です。 適応障害、休職、婚約破棄を経て、うつ病に… そして、自分の限界を、自分の本当の気持ちを探しに 神奈川県から、新潟県の日本海までの一人歩き旅のお話です。 この旅で僕は、 「本当の自分」 を見付けることが出来ました。 「ありのままの自分」 を受け入れることが出来ました。 これが出来るようになった途端に、うつ病は劇的に改善しました。 それどころか、今が一番

ドン底人生の始まり、そして自分らしく生きるための最初の一歩。

【第二話】『最初の宝物』〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜

僕が失ったモノ… 2013年8月26日。 最愛の彼女と別れることになった。 悪い夢を見ているようだった。 彼女のために、 就職をし、 会社でトップの成績を残し、 プロポーズをし、 同棲をした。 その結果が、 適応障害になり、 会社を休職し、 彼女に別れを告げられ、 そして、うつ病になった。 今まで自分が良かれと思って一生懸命やってきたことが、最悪の結果になった。 僕は申し訳ない気持ちでいっぱいだった

お金、仕事、最愛の人を失った僕が見付けた最初の宝物

【第二話番外編】「僕が軽音部に入るまで」〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜

このお話は、 【第二話】『最初の宝物』〜死に場所を探して11日間歩き続け、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜 の、 はじさんと健ちゃんとの出逢いのキッカケになった、 僕が軽音部に入るまでのお話です。 僕は、バスケ部を辞め、1年の2学期の終わりから、軽音部に入った。 中学ではバスケ部で、引退してからバンドをやっていた。 高校では最初から軽音部に入るつもりだった。 そのためにその高校を選んだ部分も

【第三話】『さよなら…』〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜

さよなら… 2013年8月26日。 同棲中の婚約者と別れることが決まった。 明くる朝、彼女はずっと背負っていた荷が降りたのか、スッキリとした顔をしていた。 前のように明るい彼女に、 「やっぱり悪い夢だったんだ!」 と思う程だった。 しかし、現実は現実だった…。 彼女は結婚式のために髪を伸ばしていた。 彼女 「もう短く切っちゃおうかなー?」 僕にそう尋ねる。 僕 「いいんじゃない。」 さらにこう言う。

婚約者との別れ、うつ病の悪化、そして地獄の道を歩む…

【第四話】『彼らがくれたもの』〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜

死の選択… 「死にたい…」 立ち上がることも出来ず、一日中横になって、 何をすることも出来ない僕は、そう思った。 現実の世界を生きていくという選択は、 この時の僕には考えられないことだった。 そんな僕に残された選択肢は、 「死」 だった。 僕は、自殺をする方法を探した…。 「死にたい…」 と言う人を多くの人は信じられないと思うだろう。 どうせ構って欲しいだけだ。 甘えているだけだ。 と思うだろう。

僕の決断を止めたのは、もうこの世にはいない友人だった…

【第五話】『限界を探しに…』〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜

本当の気持ち… 「生きたいのか?」 「死にたいのか?」 「生きたくないのか?」 「死にたくないのか?」 しばらく僕は、そんなことを考えていた。 僕の人生を変えた人物の一人に、最も熱い男がいる。 「松岡修造」 そう、この男だ。 僕は、答えの出ない質問を繰り返し、繰り返し、自分自身にしていた。 そんなある日、テレビで炎の体育会TVという番組を見た。 元プロテニスプレイヤーの松岡修造さんが、子どもたちに3

今後の人生を左右する言葉に出逢う。「絶対に諦めんな!」

【第六話】『旅支度』〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜

生きるヒントを探して… 彼女が出て行ってから、1ヶ月程の間、 僕は、様々なことを考えた。 様々なことを思い出した。 過去を思い出せば思い出すほど、 今の自分が、ちっぽけに思えて仕方なかった。 少し前までは当たり前に出来ていたことが、今は出来ない。 仕事も、人と会うことも、外へ出ることも、怖くて出来なかった。 少し前まで持っていたモノは、ほとんど失ってしまった。 お金も、大切な人も、友達も、家族も、み

【第七話】『そして、旅に出る』〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜

出発前夜… 準備は整った。 僕は明日、限界を見に行く旅に出る。 「頑張れ!」 と背中を押してくれた人たち、 「気を付けて。」 と心配をしてくれた人たち、 「やってみなさい」 と送り出してくれた家族、 今まで僕を支えてくれたすべての人たちに感謝をした。 「ありがとう!」 「僕はやってみないと、納得しないと前へ進めないから。」 「納得するまで、答えが見つかるまで、旅に出ます。」 もちろん、周りの人にはこ

【第八話】『旅人になった日』〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜

1日目「旅の始まり」 ついに僕は歩き出した。 初めての旅。 初めての一人旅。 ずっと憧れていた 「旅」 僕は今、念願の「旅人」になったのだ! ほんの少し住宅街を抜け、国道20号線へ出る。 同じ神奈川県にも関わらず、そこは全く知らない世界。 「この道が日本海まで繋がってるんだ!」 そう思うと、どこにでもある普通の道路が、 一本の光の筋のように輝いて見えた。 1日25㎞以上歩かなければならない。 今日の

【第九話】『旅の洗礼』〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜

2日目… 1日目は19時過ぎに大月駅に到着し、 疲労と身体の痛みで全く動きたくなかったため、 大月駅前にあるホテルに泊まった。 かなりのエネルギーを消費した…。 エネルギーを補給するには、炭水化物! 近くのコンビニで、たらこパスタ大盛りと、 おにぎり2つ、フライドチキン、そしてビールを買った。 何ともリッチな一夜だろうか。 一人でホテルに泊まるなんて初めてだ。 この時すでに26歳、とうの昔に成人して

【第10話】『ゴールは決めない』〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜

諦めるという選択… 正直言うと、旅を始める前は、 2日くらい歩いて辛かったら、電車に乗って帰ろうと思っていた。 体調や、精神状態、天候、怪我など適当な理由をつけて 辞めてしまえばいいと思っていた。 とりあえずやってみたかった。 やり切るではなく、やってみたかった。 でも、辛いという理由で諦めてしまったら、 今までの僕と何も変わらない。 僕はFacebookに旅の経過をUPしていた。 あえて公にするこ

【第11話】『生きた証を残して』〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜

4日目… 僕に足りないモノ… 今日も天気の良い朝だ。 すでに恒例となったストレッチと足にテーピングを巻き、出発の準備を整えた。 天然温泉&サウナの効果なのか、昨日の足の痛みはほとんど無くなっていた。 「今日も歩ける!」 一日のすることと言ったら、 「ただ歩き続けること」 家に引きこもり、何もする事が無く、 ほぼ寝たきりだった生活を考えると、 たった一つだけでもやることがあるのは、 とても嬉しく、充実

【第12話】『答えを出さなきゃ…』〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜

5日目。 おはようございます。 目を覚ますと、犬の散歩をしているおばちゃんがいた。 「あ、おはようございます。」 ちょっと焦ったけど、とりあえず挨拶をし、危ない者ではないことをアピール。 「寒いですね。」 なんて少し会話をしたけど、 外で寝てるんだから、そりゃ寒いに決まってる。 僕は、ここにいるのが気まずくなって、 トイレで身支度をし、出発の準備をした。 寒くて何度か目が覚めたけど、足の痛みは取れて

【第13話】『神様がくれたもの』〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜

6日目… いや、もはや何日目か分からん。 時刻は9:47分。 今日は遅めのスタートになってしまった。 さすがに身体の疲労が取れない。 何より、右足。 一晩寝ただけではもう治らないほど、傷めつけられていた。 入念にテーピングを巻いた。 テーピングをするだけで、結構な時間を喰う。 しかし、テーピングをするだけで一気に足は軽くなった。 テーピングを侮ってはいけない。 準備は整った。 「今日も限界に挑もう!

【第14話】『人の望みか、自分の意志か。』〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜

7日目… 昨日の到着が遅く、今日はゆっくり目のスタート。 昨日買った足のサポーターを装着した。 テーピングの時間の短縮はもちろんのこと、しっかりとホールドしてくれている。 いい感じだ! フロントへ行き、チェックアウトをする。 おばちゃんともお別れだ。 僕「サンマの炊き込みご飯、めちゃめちゃ美味しかったです!」 おばちゃん「あれでお腹足りた?」 おばちゃんとしばらく話した後、おばちゃんは最後にこう言っ

【第15話】『ハッピーエンドを探して』〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜

8日目。 気が付けば、旅に出てからもう1週間以上が経過していた。 道や土地、持ち物から歩き方、何も知らずに始めたこの旅。 神奈川県の相模湖駅から出発し、 ここ、長野県の安曇野市まで、 たった独りで歩いて来た。 歩道の無い道やトンネル、台風、真っ暗な夜道、 ちぎれそうな足の痛み、孤独、寂しさ、不安、焦り、憤り… これまでに怖い思いや辛い思いもたくさんしてきた。 でも一度も、この旅をやめたいとは思わなか

【第16話】『最後の挑戦へ』〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜

9日目… 朝起きて早速、宿のじいさんオススメの女将が始めた屋上ガーデンに行ってみた。  通っていいのか戸惑う程、荷物が無造作置かれた薄暗い階段を上っていくと、  屋上ガーデン→ と書かれている。 通っていいらしい。 僕は扉を開け、屋上に出た。 朝独特の水分を含んだヒンヤリとした空気がとても心地良かった。  屋上ガーデンは、元々女将がガーデニングが趣味で始めたらしいが、 思っていたよりも遥かに本格的だ

【第17話】『奇跡のおばちゃん』〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜

10日目… ついに朝が来た。 今日僕は、本気で自分の限界に挑戦する。 修造の言葉が頭をよぎる。 「限界は自分で決めてんだ!」 果たして本当にそうなのか? 旅を始めてから、毎日足がちぎれるような痛みと闘ってきた。 「もう歩けない…」 と思うまで歩き続けて来た。 毎日 「限界だ…」 と思うまで歩き続けて来たつもりだ。 でももし、今僕が思っている限界が、 僕が決めた限界だとしたら… 本当の僕は、僕が思って

【最終話】『僕の宝物』〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜

11日目。最終日… ピピピッピピピッ 携帯のアラームの音に、一瞬にして眠りから覚めた。 時刻は朝5:30。 昨晩、23:30くらいに睡眠薬を飲んだにも関わらず、頭はスッとしていた。 眠ることなんかよりも大切なことがある。 今日は旅の最終日。 日本海はもう目の前。 僕の旅は終わる。 最後に朝の日本海が見たいんだ! 僕はいつも通り、足にテーピングを巻き、出発の準備を整えた。 足に出来たどデカいマメが、昨

【第1話】〜生きようと決めて1年間闘い続けたら、過去がすべて今に繋がっていた話〜

これまでのお話、 『死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話』 を読んでくれて本当にありがとうございます。 その後の話を「詳しく知りたい」と言ってくれた方々、 Facebookのメッセージや友達申請、メールをくれた方々、本当にありがとうございます。 僕の経験が少しでも誰かの役に立てたなら、心から幸せに思います。 このお話は日本海への旅が終わってから、起業を決意し、

【第2話】〜生きようと決めて1年間闘い続けたら、過去がすべて今に繋がっていた話〜

うつ病から躁うつ病に… 前回のお話はコチラ↓↓↓ 【第1話】〜生きようと決めて1年間闘い続けたら、過去がすべて今に繋がっていた話〜 2014年1月下旬。 うつ病がまた悪化した。 旅から帰って来て、僕の生活はガラリと変わった。 休職していた会社を辞め、心理学を勉強し始め、バイトも始めた。 一日中家にいた生活とは打って変わって、また忙しない生活になった。 「一刻も早く社会復帰しなければ…」 と思っていた

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