自分が考える事・自分について

自分が考える事・自分について

STORYS.JPには沢山の『自分について・自分の考え』のストーリーが投稿されています。あなたも、自分の考えや自分についての事を、ストーリーとして投稿してみませんか?多くの人があなたのストーリーを待っています。

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自分が考える事・自分についてのタグが付いたストーリー一覧 2333件

「スピード狂」

昔からです。 移動時間の短縮を最も優先する。 だから、好ましい乗り物はジェット旅客機。 時速800キロくらいで上空10000メートルを巡航してくれる。 羽田から函館まで50分くらい。 他の交通機関との乗り継ぎを差し引いても、圧倒的に速い。 なので、私は「車窓を楽しむ」という概念がない。 まぁ、せっかちな人間だ。 電車も、急行や特急が好き。 一分でも目的地に早く着きたい。 ホントに田舎に似合わない人
sato hiroiki
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「美人」

私は美人に目が無い。 最近の男子は草食系だというが、私は完全な肉食系。 そばに美人がいたら、口説かなければ失礼に当たる、と思っているほど。 ただし私なりに美人の定義ってもんがある。 1.まず見た目。コレは男性諸君の反論は許さない。 2.出来ればショートカット。髪型でごまかすつもりがさらさら無いから。 3.明るく、人見知りせず、下ネタもOK。あらためて女らしさを強調する必要が無いから。 4.世の中の
sato hiroiki
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「風俗」

私は18 年間、東京に住んでいた。 ちょうど盛りの年齢でもあり、それなりの年収もあった。 私のようなスケベな男が東京の風俗に足を踏み入れないわけが無い。 最初はピンサロのようなところから、だんだんとエスカレートしていくわけだが、2000 年頃からだろう か、風俗業界に若く美しい女性が増えていく。 私から見れば、美少女といってもいいくらいの年齢と可愛さだ。 そして、急速に素人志向が加速して行く。 また
sato hiroiki
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「東京の空気」

東京の単身世帯率が上がってきているらしい。 そんな事言われなくても、十分肌身で感じてきた。 誰にも気づかれずに、部屋で死んで、腐っていって発見されるんだろうなぁ。 みたいな人はたくさんいる。 厳密には、私も若いとは言えその可能性が十分にあった人間のうちの一人だ。 それでも、将来的には東京に戻りたいと考えている。 私にとっては、すごく住みやすい街だったのだ。 政治、経済、情報の中心であり、金さえあれば
sato hiroiki
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看板娘

先々週くらいか。 同級生と自宅近くの焼き鳥屋に飲みに行った。 その時、ばったりと学校事務の職員と店内で会ってしまったのはまぁいいとして…。 そこの女性従業員の接客が、銀座、六本木あたりでもめったにお目にかかれないほど秀逸なのだ。 これには驚いた。 笑顔といい、お辞儀といい、会話といい、適度なスキンシップといい、何人かのおじさんはメロメロに殺されちゃっていた。(私も殺されないように必死だった) また、
sato hiroiki
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まだかけない

結構ヘビーな育ち方をしたので なにをどこからどう書いていいのか整理できない。   自分のストーリーなんてそんなうつくしいものでないし、 どちらかというと泥臭くかっこわるいものだ。 そういうものを自分語りで書いていいものかと迷う。 でも自分の核心ってそこなので、それを書かないと ストーリーなんてない。
Kubota Noriko
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本腰入れて早稲田(&慶應大学)目指して浪人生活送った18歳の時の話。

今の仕事のルーツ・きっかけになっているのかなと今では感じる出来事だったが、 高校時代、集英社の編集者の方のご厚意で  当時アイドル兼女優兼歌手として人気絶頂だった 広末涼子 と日本武道館の楽屋で会わせて頂いたことをきっかけに、   大学受験の的を早稲田に絞ったのは高校1年の終わり頃だった。 わせだ。。ワセダ。。。WASEDA。。。 何処にある大学かもわからなかった当時。 けれど行く事だけは決めた。
蒼山 隆之
612

人生をロックンロールに生きる

20歳の時 下北沢の下宿先で 一人ベットに横になりながら考えた。 何不自由なく子供の頃から育って 別に裕福なわけじゃなかったけど 不自由なことはなかった。 この日本なら たぶん、それなりに幸せに 生活できるんじゃないかとも思った。 でも、本当にそれが幸せなのかも わからなかった。 少なくとも僕には 「それなり」は幸せには感じられなかった。 自分の心に素直になり 他人の評価に怯える事なく生きる それが
大塚 雄介
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貧困について思うこと

「神様が良い方なら、どうして貧困がなくならないのだろう」 およそ5年前、友人が投げかけたその素朴な質問に、クリスチャンになったばかりのわたしは答えることができなかった。そしてこの問いは、アメリカでの日常生活、アフリカに住む家族との会話、南米旅行の途中などふとした場面でわたしをとらえ続けてきた。 新しい大きな家や豪華なビルの横の道路で、信号ごとに立って小銭を乞うホームレス。一つ角を曲がるだけで肌で感じ
Omi Masami
113

「批判」を恐れないこと

ドラッカー曰く、「自由とは解放ではない。責任である。(略)自らの行為、および社会の行為について自ら意思決定を行うことである。そしてそれは、意思決定に責任を負うことである。」ここにドラッカーの根本があり、ドラッカーのマネジメント本質があります。 この言葉を読んで、ふと受験浪人時代のことを思い出しました。高校は、いわゆる偏差値ランクで言えば底辺校ですが、伝統ある高校で、「自由」が校風のすばらしい高校です
西森 寛
71

僕の人格が突如優しくなった話

僕は人に優しいとよく言われる。自分で言うのは何だが、めちゃくちゃ優しいと言われる。しかし、この人格は明らかに後天的なものだと認識している。今でもよく覚えているのだが、あれは小学校1年生のある日のことだ。その日から、僕は突如優しくなった。人格が矯正されたのである。 いじわる小僧時代の僕 小学1年生の僕は、しばしば友達に意地悪をしていた。今この話をすると信じられないかもしれないが、我ながら訳のわからない
Konishi Yusuke
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新卒採用イベントで気をつけていること

0. 基本的に、ベンチャーなんたら、みたいなイベントのみに登壇する 1. B2C 企業が集まるイベントで登壇する 2. 社員数 100 人以上の規模の企業が集まるイベントで登壇する 3. 「このイベントに出ている企業さんの平均的な設立経過年数は X.X 年です。僕らは 2 年です。そして、ソーシャルゲームは一本もつくっておりません」と言う。 採用イベントでは、事前に他社の事業内容、歴史あたりはきちん
佐藤 裕介
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「あたりまえ」は「あたりまえ」ではない

一人暮らしを始めてみて思う事。 それは、今まで家族がしてくれていた「あたりまえ」な事は、全く「あたりまえ」ではないということ。 無意識の中にあって普段は気づかないことかもしれないけど、実はとても大きいということに改めて気がつき始めています。 一人で暮らす 仕事が始まると同時に一人暮らしを始めた私。 朝は大体適当に食べて、昼は外食といってもほとんどコンビニ、夜はまた適当に作るか外食という感じに。 一日
Ishiyama Megumi
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博論の内容(時空を超えて人が物を語ること、因果関係)

人が物を語るとき… ゴシップだったり、過去の話だったり… 時空を超えて話すことができる。 あっちに飛んだり、こっちに飛んだり。 それもひとつの言語習得(ディスコース発達)。認知の発達とともにできるようになる。 認知発達が十分な大人でも、第2言語になると、子どものような話し方になってしまう…不思議だと思う。語彙力の問題ではないらしい(修士論文。Studies in Language Science (
豊田 典子
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子どもとバイリンガル(セミリンガル)

大学の学部時代は、平安時代の文法(「たまふ」「たまふる」など)をメインに研究していたが、仕事で渡英後、夜間の大学院にいきながら、第2言語習得の研究をすることになった。海外出張ばかりの時期だったのでかなり辛かったが、本当にやりたかった社会心理学とSLAを諦め(延期し)、Larry Selinkerのもと、SLA、特にセミリンガルをピュアにPursueしていうことにした。 長い間、成人とセミリンガルをテ
豊田 典子
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自分が考える事・自分について 書きかけのストーリー

詳しく聞きたい!
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