キャリア・転職

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キャリア・転職のタグが付いたストーリー一覧 913件

少しずつ、少しずつ。

会社員になってから 「このままじゃやばい」 と思っていろんなところに出かけてみた。 セミナー、イベント、読書会、勉強会、食事会etc… 読書もした。会社の飲み会をほぼすべて断り、ひたすら本を読んだ(しかも自己啓発本ばっか) そうすると、少しずつではあるが、変化が現れるようになった。 ここ1年くらいで、本を出している人とか、テレビに出ているような人とか、web界隈での有名人とかとつながりを持てるように
堀 正斉
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コンチ貝はとても重いということ

海面から5メートルくらい下にある コンチ貝。 コンチ貝を初めて見つけた時は、 食べれると思わなかった。 一つを潜ってとった。 重かった。 抱えて父親に持って帰った。 同じように航海している 船のクルーに 食べ方を聞いて、 食べた。 とっても美味しい。 次の日、 あまりのおいしさに 父と一緒に前日のスポットまで 探しにいく。 父と一緒に潜って とる。 父が両脇にかかえて、 先に浮き上がっていった。 私
駒崎 クララ
57

CAだった頃

高校生の時 CAは、お客様を守る 保安要員として乗務することを知った。 すばらしい仕事だと思った。 それから、CAになろうと決めていた。 CAの採用募集は、 各航空会社ごとに、 それぞれのタイミングで発表される。 全く採用の無い年もある。 私がCAになるために 就活した年は、 当たり年で、 たくさんの航空会社が採用募集を出した。 その中で健康診断まで行った会社があった。 (最終面接の後、健康診断のあ
駒崎 クララ
158

サンフランシスコに赴任

そもそも、今の会社に入ったのは、サンフランシスコに行きたいから。 新卒で入社して、8ヶ月。中々行けない雰囲気が漂う中、公募が会社で始まる。もちろん、サンフランシスコに応募。見事、書類選考を通過し、アメリカ人のボスとの面接へ。 英語がそこまで得意ではないため、質問リストを100個くらい用意して、同僚のアメリカ人から、面接の練習を受け、いざ面接へ。その後、アメリカから来ているボスと飲みに行き、「おめでと
Ogawa Kohei
20

独立など夢にも描かなかった自分が40歳で起業するまで

はじめに まず自己紹介をしますと、今年45歳。熊本県の天草の出身です。天草四朗という歴史的人物で有名ですが、最近イルカウォッチングが流行ってまして、芸能人の来訪が放映されて、少し全国に知れ渡ってきています。 私の両親はそこで30年ほど喫茶店を営んでいます。ぜひ天草に旅行に来られたら立ち寄っていただきたいです。苓北という町の国道沿いの緑の看板のお店です。 ここから、当時の自分がどういう職業を選んだかと
谷尾 薫
486

薬学部にきた理由

高校卒業後、付属校だった理工学部の機械工学科に進学した。 正直毎日がそれほど面白いとは思えなかった。 バイクに狂っていた高校の頃に自分で勉強していた基礎の復習。付属校だった故の、代わり映えのしない友人たち。見えない未来。 いま、その時の自分に会えれば、直接研究室いけよって言えるのだが、そんなアドバイスをくれる人もいなかった。 その頃、祖父が入院した。 多分、帰ってこれないと知っていた。 祖父のことは
遠藤 敦
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最初は機械工学部。

高校2年になるとき、文理選択をしなければならなかった。元々は文系志望だったが、高校の担任の先生に理系を勧められた。確かに理系のほうが就職しやすいなどのメリットがあったのでそっちもいいなと思った。 その頃、WGPというバイクレースにハマった。 日本人ライダーの阿部典史さんがワークス参戦するルーキーイヤーだった。 全力で戦う彼に未来の自分を重ねた。 ノリックが鈴鹿で初優勝したときは涙が出そうだった。 レ
遠藤 敦
26

会長の名前も知らなかったリクルートに入社

96年入社の僕たちが就職活動をしていた頃はリクナビがまだありませんでした。リクルートが「企業への招待」というダンボール箱を一人暮らしの部屋に送りつけてきて、そこについている葉書を企業に送る事から就職活動がスタートするという感じでした。そのあと企業から説明会のお知らせが届き、電話で予約するという時代でした。当時お付き合いをしていた彼女のお母様が人気コンサートのチケットをとる様な勢いでリダイヤルしまくり
長谷川 幹洋
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アメリカ転勤での経験と学び☆彡

・・何よりも苦労したけれど、楽しい思いでもたくさんあるのが英会話。いろんな伝説!?を最後にご紹介します。 はじまりは一本の電話から 約6年ほど癌の研究や治療に携わったある日、仕事中、内線がかかってきた。「えっと、来月から3年ほどいってきてください」と一言だけの社長の言葉が衝撃的。。。いきなりアメリカのPhiladelphia(ペンシルバニア州)にいくことに。人生が一変した。1999.2.22 フィラ
安田 理香
148

学生なのに、会社員である、ということ

返答4パターン 1「給料は?」 2「就活楽勝だね」 3「そこでずっと働くの?」 4「インターンってこと?」 「学生だけれど、会社員をしています」と話すと、大抵の場合はこの4パターンの反応があります。 学業が最優先されるべき身分において、会社員などという責任ある役割やってて大丈夫か…?という意味合いを込めての返答が殆どです。ぶっちゃけ留年しているし、会社で働く前に勉強しろよ…と言われても仕方がありませ
Yano Amie
182

バイオからITへ

あらすじ 生物大好きで理2に入ったのに、大学3〜4年はシステム創成学科のシミュレーションコース、大学院は原子力国際専攻というところにいました。 原子力といっても、主にコンピューターシミュレーションをしていたので、東海村には数えるくらいしか行った事がなかったりします。 そんな頃の昔話。 そもそも 幼い頃から生命の仕組みに一番興味があった。 何がきっかけか分からないけれど、親に毎週連れて来てもらっていた
Sawayama Yohei
37

希望しないのに総務部へ異動。希望していたことになってたらしい。

みなさんもきっとあると思いますが、希望しない異動が。 移動は仕方ないと思うけど、行きたくない部署を希望してたと言われると、何だか悲しくなりますね。 しかも異動先では仕事が全く回ってこないため、3ヶ月くらいは殆ど仕事らしい仕事はしてませんでした。 結局嘘をついた上司とは、当然の事ながら疎遠になりましたね。
井上 敬介
45

投資先を自らCo-Founderとして創ったときの話

2007年に前職を退職して、5月にベンチャーキャピタルファンドを立ち上げたのですが、当時投資したいテーマというのがいくつかありました。当時CGMやWeb2.0といったキーワードの事業コンセプトが注目されており、モバイル(ガラケー全盛)の勝手サイトのトラフィックが次の主戦場と目されておりました。 なかなか適切な会社との出会いがなく、だったらいっそ作ってしまおうということで本間さんとスタートしました。経
和田 圭祐
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Evangelistとなり背中を押すというJob

2007年頃だろうか、本格的にEvangelist(エヴァンジェリスト)を肩書きに加えたのは。 肩書きというのは部長だったりCMO(マーケティング担当取締役)とか色々なわけだけども、そんなのよりEvangelistのほうが市場に直接働きかけられると感じたことだ。 商品はファンが運んでくれる マーケティングをシンプルにすれば行き着く答えがあった。 営業セクションがあればよかったが、少数なIT企業にとっ
佐藤 みつひろ
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クリエイティブからマーケティングへ

2000年から2007年の間に得た変化について 僕の中でクリエイターというのは、なんだかわからないホワっとしたものを形にする仕事をいう。 ホワっとしたものを、いろんな形にして人に届け、喜ばれると対価が支払われる。 アーティストはゼロからつくり上げるようだ。僕にはそんな才能は無い。 存在するHとOを上手く掛けあわせてH2O(水)を創るように様々な方程式やバランスを保って調整する役割だとおもう。 社会に
佐藤 みつひろ
37

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