過去の想い出

過去の想い出

たまに、少し過去の想い出を振り返ってみたくなることはないでしょうか?STORYS.JPには、沢山の『過去の想い出』のストーリーが投稿されています。少しずつでいいので、5年前、10年前を振り返ってみましょう!多くの人があなたのストーリーを待っています。

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過去の想い出のタグが付いたストーリー一覧 2427件

僕が骨髄提供した時の話 〜いきさつ〜

僕は、2005年4月に骨髄提供しました。 4月何日なのかを公表すると、患者さんがこっちを特定できてしまう可能性があるので、公表してはいけません。 お互いの連絡先等は絶対に分からないシステムになっています。 手術やその後について、当時の日記が残っていたので、順次アップします。 当時のままなので、古い情報や間違った情報もあるかもしれませんが、ご容赦下さい。 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 20
橋本 謙太郎
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ひでお物語

1968年2月 広島県生まれ 体重3300グラム 中村家の長男として生まれる ごくごく平凡な人生を歩む でも平凡な人生なんてつまらないと 今では思っている そんなひでおの物語
なかむら ひでお
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世界一周しそこねて20代が終了したとき無職家なし貯金なしだった

おれは旅行者になる!(どんっ) とばかりに半年かけて準備と調査と貯金をして会社を辞めたのに 入院を余儀なくされて世界一周しそこねました。 度々の病院生活で貯金は底をつき 家は元彼と解消できてない(引っ越せない)同居状態 新しい彼がいるでもなく、シゴトもなく。 ・・・・に至った経緯とか旅のことなど。
サンペイ カナ
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包丁の男

高校3年生の頃の話。つまり2006年頃、具体的な日付は忘れたが夏の暑い日の話し。 下校中、コンビニで少年ジャンプを立ち読みしていた。 そしたら窓越しのすぐ目の前に目線が虚ろな男が立っていた。 髭も沿ってなかったのか顎がかなり青く、髪も寝癖みたいにボサボサだった。 体型は普通だが、きっと内臓脂肪を抱えてそうな筋肉で、約170センチ前後の身長。 男は上も下も白い作務衣のような作業着の格好をしていた。長靴
村上 耕介
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父はしつけに厳しい人だった

わたしの父は厳しい人だった。 東北福島出身の父は、大変マジメでまっすぐで意固地で 子供と動物が大好きなんだけど、ヒゲもじゃの顔が怖い、そういう人。 小学生の頃、靴を脱いだら揃えるように、と教えられる。 忘れてしまうと、玄関の外に靴がほうり出されている。 白ごはんを残す事も許されなかった。 食べきれず味気ない白ごはんは、いまや冷えきってしまった。 あぁ、目を盗んで炊飯器に戻してしまいたい・・・一瞬の機
サンペイ カナ
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13年間続けたバイオリンを辞めた理由

バイオリンを初めて触ったのは6歳の時だった。 どうして習い始めたのかは正直覚えていない。 でも母が言うには、どうやら私は隣に済んでいた3つ上のお姉ちゃんに憧れてバイオリンを始めたらしい。 「お姉ちゃんみたいなの弾きたい!」 と母に向かって言ったそうだ。 母がピアノの講師だったということもあり、私は「ピアノもしっかりと練習する」という条件付きでバイオリンを習い始めた。 レッスンは週に1回。隣のお姉ちゃ
廣川 ともよ
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世界一運動神経が悪いウンコの踏み方の話

中学生の僕は、夕闇に家路を急いでいた。 交差点に差し掛かり、僕は直進する。しかし、右から交差点に入ってくる道は緩やかな登り坂になっていて、そちらからウンコが転がってきた。 ゆっくりとうなずきながら転がってくるウンコを確かに僕は視認したものの、「動くウンコ」という現象を把握することが出来ず、僕はじっくりとアクセルを踏み込むように注意深くウンコを踏んだ。 まるで魔法のような、宿命のような数秒間だった。
玉樹 真一郎
46

おじいさんの最後のお寿司の話

高校の頃の僕が住んでいた青森県八戸市には「三社大祭」というお祭りがあって、おじいさんのお見舞いのために毎日病院に通っていた7月の終わり頃は、夕方になると町のあちこちからお囃子の練習が響いていた。 ある日、僕はおじいさんのためのお寿司を持たされていた。スーパーのありきたりのお寿司だけど、かなり責任重大なお寿司だったことは、後に知ることになる。 夏の夕暮れの病室からは、開発の経緯の中で小さく残された林と
玉樹 真一郎
46

小学校の担任に抱きしめられた話

小学校の頃の僕は変わり者で、長渕剛の「とんぼ」という歌に心底惚れ込んで、単音でメロディを弾けるようになるまで朝早く投稿してオルガンを練習してみたり(ノートに「ドレミ」とカタカナで音階を書いていた)、休みの日は一日中板と釘でパチンコ台を作っていたりの子供だった。 それから、異常なまでにルパンが好きで(ルパン三世ではなく)、全集を図書館から借りてきては延々と読んでいた。 そんなある日、文章の中に「抱擁」
玉樹 真一郎
40

インドで入院した話

・カルカッタにて謎の吐き気と下痢に襲われ、病院に行ったらそのまま入院することに ・どんな治療を受けたかは覚えていない ・食欲ないのに 3食すべてカレー だった ・ぜんぜん食がすすんでないのに、「おかわりいるか?」と聞いてくる ・マラリアかもしれない、日本に帰ると薬がないから死ぬぞ、といってなかなか退院させてくれなかった ・ 死んでもいいから帰ります 、という念書にサインして退院させてもらった
堤 修一
50

手を擦り合わせるジェスチャーの話

(注意:ささやかながら、下ネタです) 今でも興味があることは何でも調べてしまう僕の性格は、小学校4年生の頃から健在だった。よりにもよって「エイズはどうしたら伝染るのか?」という疑問を持ってしまい(確かテレビのニュースを見ていたと思う)、よりにもよっておじいさんに質問してしまった。 ありていに言えば、「セックス」という概念を、毛も生えていない小学校4年生にわかるように伝えなさいという命令をおじいさんに
玉樹 真一郎
50

登山をキッカケに人生前向きに!就活失敗女子が、カンボジアで起業するまで

就職活動と、苦悩の日々 わたしの大学生活は、大部分で言えばキラキラ充実していたと思う。 それが一転したのは、就職活動を迎えてからだった。 何がしたいのか、何をすべきか、わからない。 その頃の私は「社会に出る」ということが何を意味するのか、全くイメージできていなかった。 わからないなりに、同期の見よう見まねで頑張ったが、採用に結びつけられない。 どんどん自分が嫌いになってくる。 ついには、心の底から好
森山 真祐子
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第2の母からの贈り物

僕の第2の母 (ホームマザーとの写真がなかったので、長女の友達との写真w) 彼女は、僕がアメリカに1年留学していた時のホストマザーのAziだ。 Aziとは、警察沙汰になるほど、喧嘩もした。 (振り返ってみても、さすがに【Fuck you】は言い過ぎた。) 今となっては、彼女は僕の人生の教訓ともなる 贈り物をプレゼントしてくれた大事な人である。 悲劇は、突然やってきた 1億年ある地球歴史上の、とある日
Shibayama Yuki
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劇的ビフォーアフター!ゼロからサービスを作ってみた話。オンラインフリーマーケット『ekino』

ゼロからサービスが出来るまで。 約2年前、友達とオンラインフリーマーケット『ekino』を作りました。 ここでは、特に『 デザイン』 にフォーカスして当時の話を振り返りたいと思います。 Webサービスって、こんな感じで出来るんだな〜と楽しんで頂けたら幸いです。 下の方では、製作途中のデザインも公開します! 俺 ビフォーアフターをお楽しみください!\(^o^)/ 編集 作ったキッカケ 当時、忙しかった
溝部 拓郎
236

パーカーを恨んだ話

内弁慶を炸裂させていた小学校5年生ぐらいの僕は、同居している祖母にキレながら訴えた。 「パーカーがほしい!」 同級生が着ているフード付き(当時は「フード」という言葉を知らないので、「帽子」と呼んでいた)の服が欲しくて仕方がないから買ってきて欲しいとせがんだ。 普段は服がほしいなんてまったく言わない僕も第二次性徴の時期にさしかかり、そういう事を考えたようだ。 家は貧乏だったから、そんなに自由になるお金
玉樹 真一郎
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たまに、少し過去の想い出を振り返ってみたくなることはないでしょうか?STORYS.JPには、沢山の『過去の想い出』のストーリーが投稿されています。少しずつでいいので、5年前、10年前を振り返ってみましょう!多くの人があなたのストーリーを待っています。

過去の想い出 書きかけのストーリー

詳しく聞きたい!
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