過去の想い出

過去の想い出

たまに、少し過去の想い出を振り返ってみたくなることはないでしょうか?STORYS.JPには、沢山の『過去の想い出』のストーリーが投稿されています。少しずつでいいので、5年前、10年前を振り返ってみましょう!多くの人があなたのストーリーを待っています。

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過去の想い出のタグが付いたストーリー一覧 2334件

その昔、MEN IN BLACKだったことがある

その昔、まだ若かりし頃、ちょっと頭がモヤモヤしていたので、とあるマンションの屋上に一人で登って哲学的な思索ふけっていた。 時間は早朝5時ごろだったか。どういうわけか、そのときオレは黒づくめの服装をしていて、雨も降っていないのに傘を差していた。しかも丸坊主である。当時はオウム関連の事件が世を騒がせていた真っ最中でもあった。 ふと気がつくと、オレは自分が見知らぬオバハンたちにすっかり取り囲まれているのに
藤井 拓也
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インターネット黎明期に自動車を個人輸入

1991年にワーゲンを買った。 こんな感じのやつ。 http://www.ks-vw.com/contents/vw_sold/img/038_1.jpg もっと旧いのが欲しくなって、 1994年にKarmann GHIAに乗り換えた。 これはそのもの。 http://users.datarealm.com/bacani/images/rskg1.gif そんなある日友人が911を買った、というので
ryoshr .
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カレー目当てで高専へ入学!しかし・・・

「お前、数学は好きか?」 中学生時代のある日、塾の先生がそんなことをいきなり聞いてきた。 当時、数学ぐらいしかできることがなかった僕は、 「はい!」 と答えたが、これがまさか高専PUSHの問いかけだとは、思いもよらなかった・・・。 その後、いろんな高専情報を聞きながら、高専の入試問題を解きまくっていたが、当初僕は目的も何もない中学生。高校なんてどこでもいいと思っていたので、ふわふわしながら勉強をして
小山 瑞樹
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Rubyをはじめる

新卒でプログラミングをはじめて、最初の会社ではSAPのアドオン開発をしていました。もうちょっと表現力のある言語で仕事したいと思って独学でRubyを始めました。会社の行き帰り、井の頭線に乗ってPharoah Sandarsを聞きながら「ピッケル本」を読んでました。懐かしいです。
Fujimura Daisuke
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大事な事はみんな高速電脳で学んだ

はじめに 1997年、まだ秋葉原が自作PCの街として栄えていた、そんな頃のお話。 僕は当時大学2年生で、典型的なモラトリアム学生として日々ポンチ―言うような4人中国語勉強会に明け暮れていた。起きたいときに起き、眠くなったら近くの友達宅に転がり込む模範的な高田馬場学生だった。 その頃はまだベンチャーとか起業といった会話はほんの一部の学生の間のみの話。SFCの設立に刺激された早稲田でなんとか対抗するべく
長友 肇
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入社2年目の営業が奔走 三つの武器で経営陣に提案

700社への電話 と 300社への訪問 「ビジネス開発グループ」が発足して、1年目の秋頃、私は「店舗matc」という「チェーンストア向け本部-店舗間コミュニケーションツール」というサービスを営業する仕事をしていました。サービス立上げ2ヶ月位は、誰にアポイントをとるか?どうアポイントをとるか?も決まっていないので、全部自分で失敗しながら考えて試みる。その連続でした。合計700社位電話をして、300社
大塚 雄介
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高校時代 なぎなたに打ち込んだ日々

運動が苦手だった自分を克服したいと思い、思い切って入部。 高校の三年間は、平日は毎日16時~19時、休日も9時~12時の稽古に打ち込む。 最初の一年間は稽古をいくら積んでも なかなか上達せず、何度も悔し涙を流した。 しかし、出来ないままにしておくことが悔しく、 全体練習が終わった後も毎日個人練習を行っていた。 そんな中、 当時80歳くらいだった顧問の先生に言われた一言が私を変えた。 -「いつも見てい
照井 窓日
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大手結婚式場の音響・照明スタッフとしての日々

大学進学時、掲げていた夢は「ウェディングプランナー」。 幸せな瞬間を迎えるお二人の一番の理解者、パートナーとなって、 夢を叶えるお手伝いをしたい。そう強く思っていた。 大学進学で東京に上京るとき、一つ決めていることがあった。 「上京したらすぐに、 ウェディングの現場に飛び込もう。 そして、現場で仕事を覚えよう。」 大学に入学した4月、結婚情報誌を買い、 かたっぱしから電話をかけた。 「ウェディングプ
照井 窓日
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人生が変わった4日間 「JAMP」での経験

選抜されるのは全国でたった48名だけ。 とんがったメンバーが集まることで有名だった、 リンクアンドモチベーションのサマーインターンシップ「JAMP」。 とある山に篭り、 大自然の中で仲間と自分に真剣に向き合い続ける四泊五日。 たった五日間で、私の人生は変わった。 五日間の中には、 ギリギリのところまで自分を追い込むプログラムが たくさん用意されていた。 本当に、限界まで追い込まれると人はどうなるか。
照井 窓日
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黒い絵。

『黒い絵』(公共広告機構) 坊主の話は頭の隅っこにおいやっといて。 病は気から、と言いますが、普通でない状態、異状であるかどうかは、社会、というより”私たち”が決めているってのが僕の考えです。 某、五体不満足でもめちゃめちゃ楽しんでいる人もいる。障害を障害知らしめ、ネガティブせしめているのは結局何なのか、初めて考えさせられた本だった。 その衝撃を19歳の時に引きずり出してきたのがこの動画。 「こんな
安倍 元俊
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量子理論物理学の扉を開いて(大学院への進学)

量子理論物理学とは    私は大学院時代の2年間、量子理論力学という学問を専攻していました。  量子理論物理学とは、電子や光、原子や磁力の性質を理論的に理解し、これらの理解を通して  自然界を理解する。という学問です。有名なところでは、アルバート・アインシュタインがノーベル物理学賞を受賞した「光量子仮説」という考え方もこの分野に含まれています。 世界の全てを理解できる学問   私がこの学問を専攻し
大塚 雄介
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ビジネス世界への挑戦(株式会社ネクスウェイ入社)

はじめの一歩  2006年、私はビジネスの世界の第一歩を踏み出します。歳既に26歳。 しかも、大学院2年間の生活は、現実世界とはかけ離れたそんな生活でした。人と話すことよりも文献を読んでいたい。食べることよりも数式を解いていたい。友人と遊ぶよりも得られた結果を考察していたい。そんな24歳、25歳でした。今思うとかなりクレイジーです。そのため、26歳から社会に適合するところから始めました。目上の人に
大塚 雄介
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サイバーエージェント入社

転職を考えた当時は京都にいたので、新幹線で面接を受けました。面接してくれたのは堤さんでしたが、新幹線で品川から帰ろうとしたところで、「西條さんに会ってほしいので、渋谷に戻ってほしい」と電話がかかってきて、急いで渋谷に戻って西條さんにも面接していただきました。 広いオフィススペースを見せたもらったのですが、数人しかいなくて「この席を埋めていく予定なんだよね」と言われて、成長企業の雰囲気をすごく感じられ
和田 圭祐
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大学を留年してふらふら

ジャフコ内定 ジャフコの内定してから、insproutにインターンでお世話になったり、ゼミの勉強したりで楽しく過ごしてた。 もっといろんなことしたい で、大学4年の最後になって「せっかくだし一年くらいふらふらしたい」と思ってゼミの単位を落としてもらって留年。 当時のinsproutは経営陣もインターンもみんな学生時代寄り道してた人ばかりだから、すっかり影響されてました。 もともと幼稚園から一貫校続き
佐俣 アンリ
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私がSTORYS.JPに参加した理由

「世界を変える仲間」を求めて    今考えると私がSTORYS.JP参加したのは偶然の連続です。 当時私は、「世界を変えれるような仲間が欲しい。」と本気で望んでいました。仲間を探しに、興味のある勉強会、Tech系のイベント、スタートアップの集いなどに時間を創っては参加をしていました。しかし、私の心を動かすような、「世界を変える仲間」には出会う事ができませんでした。 全ての始まり  ある日、たまたま
大塚 雄介
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たまに、少し過去の想い出を振り返ってみたくなることはないでしょうか?STORYS.JPには、沢山の『過去の想い出』のストーリーが投稿されています。少しずつでいいので、5年前、10年前を振り返ってみましょう!多くの人があなたのストーリーを待っています。

過去の想い出 書きかけのストーリー

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