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春明 力

株式会社マインドプラス
代表取締役 春明 力 (はるあけ ちから)

経営者、個人事業主に向けてセミナー・講演を主に担当。主催、講師を務めたセミナー数は、300回以上、参加者数もまもなく3000人を超える。2016年8月24日に処女作「手帳の魔力」が出版。

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春明 力の人生のストーリー

ケチ男が全財産の5万円を握りしめて、タイに新婚旅行に行ったおかげで、ビジネスが軌道に乗り始めた話。

新婚旅行はタイに行こう!! そう決めて・・・ タイへの新婚旅行の飛行機代・ホテル代を払ったのは、まだ会社に勤めてた頃の 5月 ごろでした。 その時には、数か月後に起業することは決めていました。 だけど、楽天家の僕は その頃には、うまく行ってて 贅沢な旅行ができるかもしれない。 なんて、思ってたわけです。 で・・・ 実際に新婚旅行に行く前日。 12月 の最終週の頃。 僕の銀行口座には、0円。 財布の中

何度も打ち合わせをして契約してもらえて、大喜びした。そして、「大手じゃないから・・・」って理由でキャンセルされた日から「働き方」が変わった話。

「ホームページつくりたい学校があるんで、ご紹介します。」 そう言われたのは、まだ起業してまもない頃。 当時は、まだ 自宅のキッチン で仕事してた頃。 その半年ほど前に 社会人経験1年もない僕と 大学の同級生2人と自信満々で起業した。 事業は、ホームページ制作事業。 だけど、結果は散々だった。 最初に設定していた価格では一切売れない。 営業の為、交流会にも何度も参加した。 名刺の数が300を超えても、

打ち合わせに行ったら、遅刻された上にキレられて、人が怖くなった。そんな経験を繰り返すうちに、大事なことに気付き、経営者に教える講師になった話。

こちらのストーリー 「何度も何度も打ち合わせをして契約してもらえて、スタッフ全員で大喜びした。そして、「大手じゃないから・・・」って理由でキャンセルされた日から「働き方」が変わった話。」 でもお伝えしたように、僕は昔、結果を出せていませんでした。 そして、よくこんな言葉を言ってました。 僕 良い人と出逢えない・・・。 すごく偉そうに接してくる。 すごく雑に扱われる。 全然話を聞いてない。 そんな人と

「無名」の僕が、村上春樹、三浦春馬、はるな愛と並んで「女性ファッション誌 Domani」に取材・掲載された理由。

一年ちょっと前に、小学館さんから封書が届きました。 そこには、 女性ファッション誌のDomani が2冊入っていました。 付箋が貼ってあるページを開くと 村上春樹さん、はるな愛さん、三浦春馬さんと 並んで僕が掲載されていました。 それから、さかのぼること1か月前 僕はDomaniの取材を受けました。 有名人でもない。 何か目立つ実績をあげたわけでもない。 出版社にコネがあるわけでもない。 小さな会社

【前篇】「人のせい」にばかりしてたダメ社長が、「一生食べていける仕事」がダメになって、「一生食べていける生き方」を身につけた話。

営業先の人 良いサービスですね。 購入させていただきます!! ありがとうございます!!! また、内容を決めて こちらから連絡しますね^^ はい!!よろしくお願いします!! 打ち合わせを終えて、帰路につく。 キッチンを事務所代わりに使っている 東京都北区にある自宅に帰る。 キッチンのドアを開けると 4か月前に一緒に起業した仲間が2人机に向かってた。 春明 今回こそ、仕事取れたよ!! その二人に、笑顔で

【中篇】「人のせい」にばかりしてたダメ社長が、「一生食べていける仕事」がダメになって、「一生食べていける生き方」を身につけた話。

このストーリーは、 【前篇】「人のせい」にばかりしてたダメ社長が、「一生食べていける仕事」がダメになって、「一生食べていける生き方」を身につけた話。 の続きになります。 ---------------------------------------------- 僕が言うとおりのシステムをつくってくれたら、 うちの会社で売ってあげるよ。 月最低でも20本は売れるから、 毎月最低でも100万は保証でき

【後篇】「人のせい」にばかりしてたダメ社長が、「一生食べていける仕事」がダメになって、「一生食べていける生き方」を身につけた話。

この話は・・・ 【前篇】「人のせい」にばかりしてたダメ社長が、「一生食べていける仕事」がダメになって、「一生食べていける生き方」を身につけた話。 【中篇】「人のせい」にばかりしてたダメ社長が、「一生食べていける仕事」がダメになって、「一生食べていける生き方」を身につけた話。 の続きになります。 「ブログで伝える」ことを決めてから、数か月後・・・ 電話が鳴りました。 ブログを見てくれた人が、 仕事の依

カテゴリー

みんなにチョコを配ってた女子からさえも、チョコをもらえなかった男子の話。

小学生の頃、 バレンタインデーが、一年で一番嫌いな日になりました。 小学生になった頃から、バレンタインデーの存在を意識し始めました。 正確に言うと、意識させられはじめました。 「これ、いらないんだよなー。」 「気持ちわりー。」 と口では言いつつも、ニヤニヤしながら 女子からもらったチョコをかばんに入れてる友達が増えたから。 僕の真横で、チョコレートを女子から手渡しされてる友達がいたから。 弟さえも、

笑顔の仮面を脱いで、本当の笑顔へたどり着くための働き方-笑いたくないのに、笑っている人へ-

「もっと安かったら、買ってあげるのにな。」 新宿にある色んな会社が入った雑居ビル。 その雑居ビルの一室の古びたソファーに僕は座っている。 「ホームページちょうどリニューアルしたかったんだよね。」 数日前にもらったその言葉に期待して訪れた営業先だ。 机の上には、うちのホームページ制作のサービスについて書かれたチラシが置かれている。 そのチラシを見ながら、説明をひとしきり終えた僕に営業先の社長が口を開く

目の前で、自転車で転倒する子供を見たおかげで、怖がらず行動できるようになった話

「10年後はどうなっていたいですか?」 その質問は、あの頃の僕が一番嫌いだった質問。 張り切って起業したのに、給料は0って日々が続いて・・・ やっと仕事がとれだしたのに、お客さんの関係は悪かった頃。 その日その日を、その月その月を、なんとか生き延びるのに必死でした。 それなのに、世の中は 「10年後、20年後にどうなっていたいですか?」 って質問が流行ってるように感じてました。 僕自身も、やたらとそ

【短め】安さをウリにしたら集客はできた。だけど、しんどくなった理由。

もうホームページ制作の事業をはじめて、7年以上が経ちました。 今まで制作してきたものは、何百にもなります。 最初の頃は、「更新のしやすさ」を売りにしてました。 で、たくさーん伝えたけど売れなくて・・・。 で、 「日本一安いホームページ」 を「ウリ」にしはじめました。 もう本当必死。 必死で、 安いよ安いよ。買わないと損だよー! って伝えてました。 そしたら、「安さを求めてる人」がお客さんになってくれ

「空気が読めない人」と出逢うのは自分のせいかもしれない話。

僕の仕事は講師です。 主に経営者向けにセミナーやスクールをやっています。 いまでは、講座開催数が 200回 。総参加者数は 2000人 を超えました。 今から6年くらい前の話。 まだ事務所が持てなくて、セミナーを池袋でやってた頃の話。 まだ 講師として駆け出し だった頃。 その頃は、セミナーのたびにいつも 懇親会 をやってました。 で、その日もいつも通り、セミナー後に参加者の人たちと懇親会にいきまし

散々おごってもらった友達に「お返し」をした時に言われた言葉がシビれた話。

今から2年ほど前、僕は長崎の実家に帰りました。 「両親に会う」という目的もありましたが、 「友達に会う」 という目的でも帰りました。 だから、一泊を両親。もう一泊を友達と過ごしました。 「社会人になったら、学生の時の友達とは疎遠になりがち」 という言葉をよく聞きます。 だけど、僕らの場合、今でも電話し合ったり・・・ 僕が住んでいる東京まで友達が会いにきてくれたりもします。 地元の友達のほとんどが、高

人も自分も幸せにする生き方を手帳から教わった話-医学書に載るほどの妻の蕁麻疹が治るまで

今から8年前の日差しが肌に突き刺さりそうなある日。 僕は左手で妻の肩を抱きかかえながら病院に向かっていました。 そして、右手で妻の顔を隠しながら歩いていました。 妻は、小さい頃から蕁麻疹が出る体質でした。その症状は異常でした。 顔はパンパンに腫れ上がり、誰だかわからなくなります。 手足は腫れ、ものに触ったり、歩いたりするだけで、激しい痛みを伴います。 喉や器官まで腫れ上がるので、水すら飲むこともでき

ネガティブ君がポジティブ君に変われた話

頻繁に傷ついていた時期がありました。 人に噛みついていた時期がありました。 それは意気込んで起業して、まもない頃のことでした。 馬鹿みたいに上手くいかなくて、 それを自分のせいにするのが耐えられなくて… 周りのせいにしていた時期。 友達から「がんばってね」と言われたら、 「がんばってるけど、どうにもならない」って傷ついて…。 経営者の先輩から「いつでも相談のるよ」と言われたら、 「相談したからって、

英語が話せないのに、短期留学したら、ホストマザーに大量の薬を渡された話

僕は、好きなら好きって伝えるし・・・ すごいと思ったらすごいって伝えます。 それは、ある経験が強く影響しています。 高校一年生の時に、 マレーシアに3週間 短期留学した時がありました。 その時の僕は、英語力が限りなく 0に近い状態でした。 でも、それに気が付いていなかったわけです。 まず、ホストファミリーの家について 「Don't be shy(ドンビーシャイ)」 (恥ずかしがらないでね。) と言わ

アメリカでギャングに車を盗まれて、戻ってきた話

英語が話せないのに、短期留学したら、ホストマザーに大量の薬を渡された話 から、3年後僕はアメリカの大学に留学しました。 留学してからしばらくして、僕は車を買いました。 ↑こう書くと、ボンボンっぽく聞こえますが、 僕よりも年上の車。(←日本だと、とうに廃車。) 6万円 で買った車です。6万円とは言っても、車は車。 もう、本当に大事に大事に乗っていました。 速度が遅すぎて、 後ろからクラクションを何度も

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春明 力
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春明 力

英語も、心の声も聞こえなくなってしまう話

僕は、5年間アメリカの大学に行ってました。 ギリギリなんとか大学には入れたものの・・・ 英語力には自信がありませんでした。 特に、話すよりも「聞く力」がありませんでした。 で、はじめての授業の時に恐れていた ディスカッションが始まりました。 なにかのテーマに沿って、討論する時間。 懸命に参加しようと思いましたが、全く聞き取れません。 「このままじゃ、ダメだ!」と思い、 勇気をふりぼって・・・ もう一
春明 力
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ネガティブ君がポジティブ君に変われた話

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春明 力
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人も自分も幸せにする生き方を手帳から教わった話-医学書に載るほどの妻の蕁麻疹が治るまで

今から8年前の日差しが肌に突き刺さりそうなある日。 僕は左手で妻の肩を抱きかかえながら病院に向かっていました。 そして、右手で妻の顔を隠しながら歩いていました。 妻は、小さい頃から蕁麻疹が出る体質でした。その症状は異常でした。 顔はパンパンに腫れ上がり、誰だかわからなくなります。 手足は腫れ、ものに触ったり、歩いたりするだけで、激しい痛みを伴います。 喉や器官まで腫れ上がるので、水すら飲むこともでき
高堀 郁恵
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12年のOL生活から意を決しての起業!よしっ!頑張ろう!!と走り出したら・・母の急逝。沢山の方々の支えを頂き、辛さと苦しさを乗り越え、今、歩き出しました。

起業を決意したのは、幼少期からの私の性格 「好奇心旺盛」「挑戦するのが好き」から。 幼少期、大学時代の留学、12年のOL生活、母の急逝。 私の人生を通して決意した「今」 その人生をご紹介します。 少し長いですが、お付き合い下さい(^∇^) 私は、千葉県柏市に生まれました。           昔から習い事が好きで、好奇心旺盛だった私は、 小学生から母の勧めで英会話教室へ通いました。 英語の先生とはご
高堀 郁恵
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本音の・本気のお付き合いが好きなんです!

私は、建築総合商社でOLを12年していました。 2年目から後輩ができ、教育係もしていました。                         最初は、自分の事で精一杯。 後輩の面倒をみることが負担でありつつも、楽しくもありました。 毎年、同じ部署に後輩が入社してきていたので 12年で、10人以上の直属の後輩がいて、 その他、他部署には何百人という数えきれない程の仲間と仕事をしてきました。 先日、直属
春明 力
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