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Bana Choco

1988年生まれ、大学卒業後大手インフラ会社入社、退職後ヨーロッパの大学院へ進学。現在はフリーランスとして活動。ブラジル、フランス、UK、中国等でプロジェクト参画。起業準備中。

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Bana Chocoの人生のストーリー

大学時代TOEIC300点台だった自分が金髪美女と付き合いたくて英語を学び始め、結果ロンドンで仕事できるレベルに至ったそのプロセス1

英語を勉強しているという人で英語が話せるようになったという話は稀である。なぜなら理由は2点ある。まず第1に英語はコミュニケーションツールであるということである。つまり、聞いて話すことが基本にあり、実践的なコミュニケーションをどれだけこなすかが上達の鍵である。その意味で言うと机の上で学べるものはかなりの度合い限られているので、英語を勉強する対象にしてしまった時点で不幸の始まりである。 第2に、英語が上

人生を変えるために、ブラジルに美女捕まえに来ましたっていう日本人がもっといてもいいと思った話1

日本人が世界で一番美女にモテる国、それがブラジルである。日本人がモテる国ではない、日本人が美女にモテる国である。ブラジルには日本人に対する需要が存在するにも関わらず、それに見合った供給がないように感じる。 あんな遠いとこ行きたくないって?つべこべ言わずサンパウロに向かい一週間ステイしてみるといい、今までこんな世界を知らずに生きてきたのかと悔やむことだろう。 本ストーリーではなぜ日本人が美女にもてるの

フィリピン人と結婚できなかった本当の理由1

大学生の時1年間滞在していたフィリピンで運命とも言える女性に出会い、燃えるような恋に落ちた私は、交際3か月程で結婚を決意する。 社会人として働きだす前に日本に戻らなければいけなかった私はどうしても彼女と離れることができず、結婚して彼女を日本に連れて行こうと考えたのである。 ただ、国際結婚の手続きは煩雑で期間を要する。 フィリピンで結婚する場合、フィリピン人側の必要書類は出生証明書のみであるが、日本人

大学時代TOEIC300点台だった自分が金髪美女と付き合いたくて英語を学び始め、結果ロンドンで仕事できるレベルに至ったそのプロセス2

私はバギオの韓国人経営のPines International Academyという語学学校に入学し、95%韓国人学生という環境で英語の集中治療を受けた。4週間で授業料、ホテル代、1日3食付いて51000円という欧米留学では到底ありえない格安料金である。 カリキュラムは朝の7:10から授業が始まり、夕方の16:50まで続く。7割が1対1の個別クラスで3割程がグループクラスである。グループ授業メインの

大学時代TOEIC300点台だった自分が金髪美女と付き合いたくて英語を学び始め、結果ロンドンで仕事できるレベルに至ったそのプロセス3

1タームは基本的に4週間続くのだが、Kとの授業も例外なく12月の頭に始まり末前には終わる。フィリピンではクリスマス、年末は家族と過ごす習慣があり、多くのフィリピン人がこの時期帰省するためバギオの街からは人が消え、活気あふれる商店街も開かれることはないと聞いていた。つまり、Kをゲットできないことは大学最後の年末を一人寂しくホテルで過ごすことを意味していた。あってはならないことである。 Kとの授業は私の

大学時代TOEIC300点台だった自分が金髪美女と付き合いたくて英語を学び始め、結果ロンドンで仕事できるレベルに至ったそのプロセス4

この婚約の件は結局破綻になった。とても悔しく自分の未熟さを痛感する大きな出来事であった。詳しくは別記事であるフィリピン人と結婚できなかった本当の理由にて掲載したい。 結局3月末に一人虚しく日本に帰国、4月からサラリーマンになった。帰国後まず行ったのがTOEIC受験である。単純に自分の現状レベルを客観的に知りたかった。対策等は全く行わなかったが、結果850点前後と個人的にはかなりの高得点に大変驚いた。

大学時代TOEIC300点台だった自分が金髪美女と付き合いたくて英語を学び始め、結果ロンドンで仕事できるレベルに至ったそのプロセス5

どこの大学院に進学するのか?これは難題であった。まず第1のスクリーニングとして置いたのが日本人がいない所、行かない所、なんでそこ?って思う所。 誰もが価値を見出すところであれば他の人に任せればいいし、誰も価値を感じないところに意味を見出し、没頭する方が自分らしいなと思ったからである。 個人の思考、物事の捉え方はその人のいままでの経験に因るところが大きいように感じる。つまり、経験がユニークであり他者と

人生を変えるために、ブラジルに美女捕まえに来ましたっていう日本人がもっといてもいいと思った話2

日本人の勤勉さは現地ブラジル人から大きな信用を勝ち取り、あらゆる産業に影響力を持つようになった。それにつれ、日系人のカルチャーが次第にブラジルに根付き、現地ブラジル人に受け入れられていった。 そう、先人達が撒いた種、それは日本カルチャーである。ブラジルではあらゆる場面で日本を感じることができ、食、アニメ、美容等多岐にわたる。近年の日本カルチャーに対して理解が深いのは日系人が大きく影響しているのは間違

なぜか見ず知らずの欧米系ハーフ美女と一つ屋根の下二人で生活することに(現在進行形)1

2013年11月3日にフィリピンに到着し、マニラから夜行バスでバギオに来た。 フィリピン到着前、以前現地に滞在していた時に知り合ったフィリピン人女性複数に家に泊めてもらえないか連絡、フィリピン人は他人を家に招き入れることに対して抵抗があまりないため誰か泊めてくれるだろうと腹をくくっていた。この倫理観の無さが今回奇跡的な状況を生み出した。 連絡した女性の内の一人Aが、私の家には泊まれないが友人Lの家に

なぜか見ず知らずの欧米系ハーフ美女と一つ屋根の下二人で生活することに(現在進行形)2

前記事で言及した11月16日土曜日に開催される予定だったファッションショーだが場所を変えてマニラで行われることとなった。バギオからマニラはバスで6時間程かかるということもありLは今回のショー参加を見送った。 予定がキャンセルされぽっかり空いた週末。これはチャンスと思い金曜日の夜に一緒に飲みに行かないかと誘った。Lは".....OK." と若干の間があったが、何はともあれ大きなチャンスをゲットしたこと

言葉が通じない女性と会ったその日から同棲をし続けて学んだ3つの事

私は現在フリーランスで仕事を行っているのだが、縁があり北京で行われるプロジェクトに参画することとなった。英語でのコミュニケーションに問題はないが、中国語は全く話せず、勉強する気もない。中国と言えば食品偽装、大気汚染等多くの問題を抱えており、日本から進んで中国、特に北京に行きたがる人は少ないだろう。ただ、だからこそ私は今回の仕事を受けようと思えた、誰もやらないのであれば自分がやってやろう、というモチー

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