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野中 秀訓

1968年2月1日 栃木県に誕生
1988年 国立高専を卒業し精密機器メーカー入社
1993年 韓国現地法人拠点長として渡韓10年間駐在
2005年 精密機器メーカーを退社し起業
2012年 アンチエイジング株式会社設立
2014年6月 ガン発覚 7月余命12ヶ月宣告

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野中 秀訓の人生のストーリー

ちょうど1年前に余命12ヶ月宣告を受けた話。粗筋

46歳、サラリーマンマンを辞めて独立後9年。 紆余曲折を経てようやく2年前に立ち上げた会社が軌道に乗り始め、事務所を移転した矢先の突然の腹痛。 悪い予感は的中して肝臓、リンパ転移の大腸ガン、最悪のステージ4(末期)。 何と余命12ヶ月宣告。 妻と中学に入学したばかりの息子、住宅ローンと事業運転資金、事業の為に受けた投資資金、ようやく軌道に乗った会社をどうするか?

全体の粗筋です。

ちょうど1年前に余命12ヶ月宣告を受けた話。第1話

ちょうど1年前、数日前からの腹痛が眠れ無いほどの状態になり、2014年6月9日月曜日、朝一で掛かりつけの近所のS先生に診てもらったところ、腸閉塞と診断された。急遽紹介状を書いてもらい、近所の虎ノ門病院分院で緊急検査する事になった。 腸閉塞とは腸がなんらかの要因で詰ってしまった症状なので、詰まった原因が別にある。CT検査で詰まりの原因を調べたところ、大腸の下降結腸というところに、かなり大きさな腫瘍があ

絶望の淵に立たされてから、なんとか1年が経過しました。自分の経験が誰かの希望の光になるのかもと考え、この1年間を振り返ってこのストーリーを書くことにしました。癌宣告を受けて絶望している方に是非読んでいただきたいです。

ちょうど1年前に余命12ヶ月宣告を受けた話。第2話

運命の7月18日金曜日 朝イチの診察を予約し、妻の運転で8時に虎ノ門病院分院に行く。 診察室の前で順番を待つ間、なんとも地に足の付かないソワソワした緊張感に包まれた。多分、判決前の被告人の心境はこんなかんじだろうと思った。 掲示板に自分の番号が表示され、診察室の扉を開く。担当医の先生はいつもと変わらぬ雰囲気で、 先生 体調はどうですか? 私 痛くも何とも無く、スポーツクラブで運動もできるほど順調に回

ありえない、まさかの余命宣告。俺の人生まだまだこれからでしょ?もう終わっちゃうの?

ちょうど1年前に余命12ヶ月宣告を受けた話。第3話

抗癌剤治療 想定外の余命12ヶ月宣告を受けて、妻の運転する車で病院を後にし、近くの薬局に立ち寄った。処方してもらった抗癌剤を買うためだ。 妻 どうする?一緒に行く? 私 ・・・・・・ 妻 じゃー、私買ってくるわ。 私 ごめん。お願い。 車の助手席に座ったまま、病のことを気に掛けてくれていた韓国のドンセン(弟のような奴)に電話した。 彼とは長い付き合いで、今の化粧品会社を立ち上げる前には一緒に会社をや

余命宣告とともに抗癌剤治療スタート。治る見込みがないのに抗癌剤治療?
延命ですね。

ちょうど1年前に余命12ヶ月宣告を受けた話。第4話

屋久島へ行こう 抗癌剤をスタートして延命に取り組み始めのだが、抗癌剤がきちんと効いているのかそうでないかは、次の定期経過検査をやってみるまでは判らない。血液検査で、癌が暴れ始めると変化が見られる数種類の腫瘍マーカーと言われる数値を観察し、併せてCTで腫瘍の大きさを確認する事によって、初めて癌の状況が判る。そもそも私の身体に巣くっている癌はなんの自覚症状も及ぼさない。痛くも、痒くも、しこりもないので、

癌と抗癌剤と自然治癒力。

ちょうど1年前に余命12ヶ月宣告を受けた話。第5話

屋久島から帰るやいなや、次の旅行の計画を立てた。何せ、ガンの進行具合と抗癌剤の副作用で、いつ自由が奪われ始めるかハラハラもので、なるべく早く次の旅行に行きたかったからだ。  場所は決めていた。 ウチは小学4年か5年になるまで祖父が始めた小さな新聞屋を家業としいた。そのせいで年中無休で働く両親を見て育った。父は郵便局勤めをしながらの手伝い程度の関わりだったので、小1の時に祖父が他界した後は、母が中心と

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