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松原 明臣

小さい頃は野球少年で、大きくなる頃にはIT少年でした。

14歳でパソコンを手にしてからは、出始めのインターネットでチャットをする毎日。
自分でパソコンを組み立てたり、ホームページを作ってみたりもしました。

ある日、自分を変えたくて中華料理店で接客のアルバイトを始めました。
お店とお客さんにめちゃめちゃ迷惑かけながら、そこで初めて「人間」に育ちました。

最近は「癒される存在」と言われることも多くなり、未熟者ながら、お役に立てられるように日々精進しています。

Facebookは基本的に会ったことのある人のみ承認していますので、悪しからず。

ありがたいことに、2012年に700人を越え、返信が追いつかない事もありますが、楽しく交流させてもらってます。

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松原 明臣の人生のストーリー

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10年間で4回半の同棲、すべて失敗。 この一文だけでいかに私がダメな女かがお分かり頂けると思う。そのダメっぷりをこれから詳しく振り返ってみたいと思う。「ビッチ乙」だの「ダメ男製造機」だの「人を見る目が無い」だの「なんなの馬鹿なの学ばないの?」だの、なんとでも罵ってもらって一向に構わないが、私は大変打たれ弱い性質なので、その言葉はネットの海の向こう側、あなたの心のなかに留めておいていただけると大変有難
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爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ 面接の時の話はこちら=> ピクシブに入るときの話 そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこととなった私は、初出勤の日を迎えた。 (↑ピクシブのユニークなオフィス) ほぼ何も分からず始まった開発 プログラミングスキルはほぼ無く、やることも決まっていなかった私は、早速開発の統括をしていたCTOの青木さんからの指示を仰いだ。 私 青木さん、何をすれば良いです
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