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車崎 寿子

Welcome! Bienvenidos! 音楽、アート、旅行、語学、ライブ、カラオケ、貯金等々好きなマイペースです。デスクワークの日々のなか、頑張っています!Let's enjoy together!Vamos!\(^o^)/

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車崎 寿子の人生のストーリー

読んでよかったストーリー

Sakai Tomoko
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車いすの男性と出会って結婚するに至るまでの5年間の話 エピローグ

誓い クライマックスは新郎の挨拶だった。新郎の挨拶については、「ここで最後に挨拶するんだよ」としか打ち合わせしていなかった。常識的に考えて「本日はお集りいただき、ありがとうごあいました」というくらいなものだと思っていたし、彼も当然それを知っていると思っていた。だが、結婚式への参列の経験が少なかった彼は、どんなことを言うものなのか、実はよく分かっていなかったらしい。 新郎がマイクを手にして、最初に言っ
Nose Hiroyo
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生まれてきただけで親孝行していた話

概要 26歳の春に、ふと母がしてくれた話です。 人とコミュニケーションを取るのが苦手で、孤立していた母。 そして、いつもフラフラとして唐突に留学したり関東に就職したりする親不孝な私。 しかし、そんな私が運んでいた思わぬ「プレゼント」があったのです。 単身嫁いで出産した母の孤独 母は元々、どちらかというと悲観的で心配性な人です。 そんな母はお見合いを機に父と結婚しましたが、時代も時代。実家に連絡をとれ
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【在宅復帰への道】脳出血で寝たきりになった父(障害1級、要介護5)とバーベキューした話(8)

※ この話は、こちらの続きになります。 (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)  年が明け、2015年になった。  胃ろうをしたことで、父の全身にあった水ぶくれがみるみるうちになくなり、肌が綺麗になっていった。栄養を水分で入れていたので、水分過多だった、ということだろうか。  また、嚥下訓練も順調に進んでいき、とろみのついたお茶を飲めるようになった。  胃ろうにしてよかったと思った。
古里 理沙
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我が子を抱くまで14年。 -最後に-

今現在、そして思うこと。 2015年10月現在、私は38歳 息子は元気に1歳2ヶ月です。 早産児なので成長も発達も遅く、身長は70cm弱 体重は10kg弱(体重は標準です)、やっと歩き出すかな?といったところです。 改めて振り返っても私の人生において妊娠・出産は本当に大きな壁でした。 最初に妊娠した23歳から出産する37歳まで実に14年という月日が経ってしまったんです。 こんな言い方は良くないかもし
古里 理沙
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我が子を抱くまで14年。‐③‐

3回目の妊娠、2回目の後期流産。 17週での後期流産の後、半年ほどして働き始めました。 妊娠は半年空けるように言われていたし、次も入院の可能性が高いから少しお金を貯めようと思って。 1年ほど働いた頃、私は3回目の妊娠をしました。 仕事の最中に出血したことで気付き受診。 この時もまた大事をとってすぐに安静生活に入ったので仕事は退職させてもらいました。 幸い出血もすぐに治まり、前回の結果から妊娠5ヶ月で
坪田 真紀
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大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。

今日は父の日です。 この、STORYS.JPさんの場をお借りして、 私から父にプレゼントをしたいと思います。 その前に、少し私たち家族をご紹介させてください。 父を嫌う娘 お父さんなんて、嫌い。 話したくない。 話かけんな。 そう思っている子は多いと思います。年頃の女の子なんて特に。 よくある父と娘の話です。 私もその中のひとり。 私が家に帰ってくるたび、話かけてくる父でした。 「仕事はどうだ?」
徳永 聡
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あのとき、伝えられなかったけど。

受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。 自分が卒業した母校である専門学校の先生。専門学校の、Web学科の講師。なんとなく当時のブログに書いていた日記をここに改めて書いてみようと思う。 あのとき、何が起きたのか。 あのとき、僕は何を考えたのか。 あれから、どうなったのか。 2008年03月10日22:08
Semi Taro
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アスペルガー症候群の僕が社会に過剰適応した話3

 二次障害が顕在化した中学~高校時代  なんだかんだで小学校時代までは、友人にも恵まれ、それなりに楽しい日々を過ごしていたと思います。ですが、周りも皆大人になってくる中学~高校あたりは、自分の認知の歪みによるコミュニケーション上の障害の影響が大きくなってきており、友人関係をうまく築けないという状況が生まれてしまっていました。  具体的には、意図せず人を怒らせてしまう、また相手に悪意はないのに自分への
大柴 貴紀
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16歳夏の忘れられない悲しい出来事

これまでの人生で最も勉強をした時期である中学3年の冬。僕の勉強机は家族の寝室の一角にあった。夜遅く勉強する時は部屋の電気を消し、机の蛍光灯だけで勉強した。傍らには家族が寝ていた。机の蛍光灯が寝ている母親の顔に当たらないように工夫したりした。この頃、母親の体調が急激に悪くなっていた。 母親の様子が少しおかしいなと気づいたのは秋くらいだった。これまで就寝時以外に横になっているのを見た事がなかったが、この
森 佑一郎
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18歳からの20年で、7つの職場、2人の奥さん、2度の住宅ローン、そして13カ月入院した話【その3入院編】

事故…破壊と再生 1999年6月2日   気付いた時、手脚が吊られ、知らない天井と怒ったような心配したような叔父や親戚の顔が見えた。咄嗟に出た言葉 『ごめんなさい』 。全く覚えてない。だけど、一つだけ確かな事、 やっちまった ... 午前中、長野県内の国道20号。片側1車線のこの国道をひた走る1台のワンボックスが反対車線に飛び出した。正面からは10トントラック... 2時 間通行止めとなった。 翌日

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