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平松 育子

平松 育子の人生のストーリー

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平松 育子の人生のストーリー

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話

まえがき 幼稚園、小学校、中学校、全部お受験で入学した。 そんな事を書いたら、「頭がいいんだ。」とみんな思うでしょう。 ところが、がんばるけどまったく点数に反映されない。神童と呼ばれた兄と比べられる。 本当に勉強が何もかもわからなくなってしまった。。。 周りからは、兄の影響もあって「頭がいい」と思われている。でも、蓋を開ければ間違いなく下から数えたほうが早い順位を行ったり来たり。 本当の私は頭悪いし

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第2回

なぜ獣医学科なのか?? なぜその道を選んだのか? ズバリ、一生忘れられない「競馬」を見てしまったからです。 日曜日の昼下がり、TVで競馬観戦をするのが楽しみでした。どう考えても高校生らしくない趣味です。でも、馬が地面を蹴って走る地響き、疾走する馬の姿の美しさ。。。心が躍りました。 いつものようにお昼ごはんを食べ、TVの前に陣取りました。 ワクワクしながら見ていたその時、事件が起きました。 騎手が馬か

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第3回

ええぇっ。。。。。!! 理不尽を何とかしたい!そんな正義感で獣医になろうと決意しました。 まずやることは、どこに獣医学科があり、試験科目は何で、レベルは?ということでした。 さっそく大学進学関連の本を調べ、獣医学科のある大学を調べ始めました。 理系の私立は授業料がかなり高く、卒業まで6年かかります。しかも実家から通える範囲に大学がありません。アパートで独り住まいすると。。。。授業料とアパート代、生活

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第4回

受験勉強開始。しかし。。。 進路は決まった。 何はともあれやってみよう。当たって砕けろ!そんな元気があったのも最初のうち。夏休みに受験した模擬テストで現実を突きつけられた。 河合塾の「全統一次模試」。 受験はしたものの、周りから聞こえてくる鉛筆の音、ページをめくる音、それ以上に困り果ててドキドキしてしまっている自分の心臓の音が響きました。 ・手も足も出ない。 ・全然わからん ・へ??? の状態でした

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第5回

浪人生活突入:1年目 当然のように浪人生活に突入しました。 同級生の中には非常に優秀な人たちが多く、京都大学や医学部や有名私立に現役合格する人たちもたくさんいました。それもまた、現実。同じように小学校から12年間過ごしてきて、れきぜん開いてしまった差。 私も、サボっていたわけではない。 これだけは、駄目ながらも自信を持って言えることだった。 全然机に向かわないというわけではなかったのだ。比較的まじめ

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第6回

一浪目 色々なことを考えて、自宅浪人を選びました。 自宅浪人をして合格する確率が低いことは百も承知でした。受験勉強を始める前に自分の現役時代からの模擬テストの見直しを始めました。点数ではなく、どの問題を落としているか。。。。 全教科、ひどい点数の模擬テストを見ながら、だんだん駄目なところが見えてきました。 ・基本的なところ ・数学は中学生から(あえて、厳しく見ました) たったそれだけ? と、思います

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第7回

マイペース・まいぺーす 浪人したら合格できる。 そんな保証はどこにもない。 浪人するとはそんなもの。本当に不安だらけ。しかも自宅浪人したので仲間はいない。励ましあう事も、慰めあう事も出来ない。 ひたすら、自分の立てた計画に従って「マイペース、マイペース」。 他の人と違ったのは、2カ年計画だったこと。 ひたすらストイックに勉強する日々。結果が伴えばまだ良いのに結果は全くついてこなかった。 模擬試験はE

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第8回

2浪目・・・自分のこれまでってなんだろう? 高校時代3年通った駿台予備校に浪人生として通い始めました。 授業はさっぱりついていけなかった。でも、楽しかった。少しずつでも実感が湧いてきたからです。 もがきながらも、少しずつ泳げるようになってきました。 そして自習室にとにかく行き続けました。周りで頑張っている仲間がいることが刺激になりました。負けたくない!! と、いう思いと裏腹に、「自分の今までってなん

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第9回

「読める!!」 英語はもともと嫌いじゃなかったのです。 できない理由は2浪目にはわかっていました。なぜか、覚えたことが役に立たないのです。 覚えていることが、その場面になったらちゃんと出てこないのです。 つまり、インプットはあるけどアウトプットができない状況でした。 まず、グラグラして不安のある項目を安定させることにしました。 ・単語をもっと覚える(英語⇔日本語) ・熟語をもっともっと覚える(英語⇔

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第10回

バカみたいに繰り返す 本当に、バカみたいに繰り返しました。 真っ黒になっていく問題集。汚して、なんぼの世界。 ○: 確信を持って答えた問題 △:あやふや・ちょっと考えた ×: ダメ シビアに分類していきました。 次の日は、前の日にやったところを必ずやり直し。たとえ前日、○がついていても偶然覚えていたとかもあるわけで、少しでもダメなものはバツにした。 こんなことを「スピード重視」で、ストップウオッチを

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第11回

すうがく: 自分の限界を突破する方法 理系なので、数学はできなくてはやばい。。。。 しかし、数学という科目でつまずいたのではなく「算数」でつまづいていた。 速度、食塩水、つるかめ。。。全くわからなかった。 (最近は学校でつるかめ算はしないのだろうか?最近若者に聞いたら「なにそれ」と言われれました。) 中学校に入ったらもっと強敵が待っていた。 「証明」 意味が全然わからなくて、何をやりたいのかがわから

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第12回

そんな調子で、今年こそ!! 社会はとにかく一問一答が好きでした。 ガンガンに覚えて、問題を解き間違えた問題を徹底的に覚えました。 「今年はいける」 帰ってくる模擬テストの成績を見ながら、確信に近いものがありました。 ところが、夏過ぎから体力が続かなくなってきました。 プレッシャーやストレスや、様々なことで精神的に疲労困憊してしまいました。 そして完全に食べるということに興味を失ってしまいました。反対

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第13回

4浪目、そして入院。 予備校のテキストはオリンピックだと言われた。 最初は意味がわからなかったが、4種類あってそれをグルグル回しているらしい。私は全種類持っていました。自分の分と兄の使用していたテキスト。合わせると全種類ありました。 医学部ならまだしも、獣医学科で4浪する意味があるのか? と、言われたこともありました。 世間的にはないかもしれない。そこまでの価値は見いだせないかもしれないけど、私にと

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第14回

入院 + 4浪生活 不安だらけ。。。。 ダンボール箱1杯分の問題集と参考書を持って、入院しました。 何が不安か。。。。全部。 いつ退院できるのか?受験はどうなるのか?これから先は???? 何もかも、先が見えなかったのです。 検査が進むにつれ、自分のぼろぼろさ加減がはっきりしてきました。 ・脳下垂体萎縮 ・肝不全 ・その他もろもろ。。。。。。 それでも、受験勉強は続けました。 そうするしか、不安を何と

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第15回

がんばらないこと とにかく、食べて少し動いて、それ以外は勉強している。 そんな毎日。 おかげさまで体重は順調に増えていきました。 時間がありすぎて、ずっと勉強ばかりしていると飽きてしまいます。折り紙でくす玉を作ったり、病院内をぶらぶら散歩したり、入院している患者さんとおしゃべりしたり。。。 いつ退院できるかもまったくわからない毎日。「これが良くなったら」とか「手術が終わって経過が良かったら」とか言う

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第16回

怒涛のラストスパート 退院したが。。。 退院しましたが、余裕は全くありませんでした。 まずは、自分の現状を把握するために模擬試験を受験することにしました。 センター試験前は各予備校が全国模試をします。 流石に入院中も受験勉強はしていましたが、やはり不安でした。。。相当不安でした。 入院する前の順位は、志望校別・全国順位に出てくるわけですが、ほぼ1、2番を維持していました。いわゆるA判定が出ていないと

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第17回

センター試験 センター試験はついに5回目になりました。 12月中旬までは、大量にあるセンター試験の過去問題を解いていました。共通1次試験の頃からの分まで合わせると結構な量になりました。 これで最後と思っていたので、問題は好きなように使いました。書き込む、切り抜く、バラバラにする。やりたい放題でした。 選択科目は、「倫理政経」「生物」。両方とも、大好きな科目です。 生物は子供の頃から大好きでした。 「

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第18回

北野天満宮へ 北野天満宮は菅原道真公が祀ってある学問の神様です。 実は、行ったことがありませんでした。 受験の前だけお願いに行くなんてむしが良すぎる。。。 それが理由でした。 でも、なんとなく行きたくなりました。京都の冬は本当に寒いのですが、自転車をこいで参拝しました。顔がしもやけになりました。それほど寒かったのです。 お願いしたことは、 「今年で終わらせます。」 でした。よろしくお願いしますとは、

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第19回

いよいよ本番 とうとう、センター試験当日がやってきました。 寒くなければいいけど。。。 そんな思いと裏腹に、本当に寒かった。京都大学は試験会場が広いので、しんしんと冷える。。。 カイロ・受験票・筆記用具などなど、前日に準備はしてましたが、当日の朝また見直しました。見直しながら、「今年で最後」と繰り返しました。 入試本番のお昼ご飯はなし。その代わり、キャラメル1箱とカロリーメイトとお茶。 いつからかそ

今の自分は開業獣医師、高校時代は授業聞かずに茶道ばかり

高校生活=茶道部 部長 高校時代は茶道で明け暮れた。 茶道部に入るきっかけは「バトミントン部」の入部希望者が多く抽選に落ちたから。。。。 「仕方がない。お菓子が食べられるから、茶道部にしよう。」 その程度のありがちなものだった。 初顔合わせのとき、たいそうな先生がお見えになった。 そして、「裏千家家元のご子息が高校生の時茶道部がないのを嘆き設立した」と聞いた。 そして、当然教えてくださる先生はお家元

今の自分は開業獣医師、高校時代は授業聞かずに茶道ばかり 第2回

茶道と読書にはまる日々 とにかく茶道は予想外にはまってしまった。 よく怒られたけど、無駄のない動きに感動だった。 手の動き一つ一つ、流れるような流線型を描くことに気付いた。 その流れを何一つ止めずに、美しい間を保ってお茶を入れる。。。。 そんな感じで、「お菓子が食べられる~」で入ったはずの茶道にどっぷりはまってしまった。 お茶だけでなく、本を読みふけることにもはまってしまった。 でも、堅苦しい本だけ

今の自分は開業獣医師、高校時代は授業聞かずに茶道ばかり 第3回

高校3年 クラス分け 高校3年になると理系・文系でクラスわけがあった。 高3までの内容はすでに高2までで終了していたので、高3は受験一色だった。 理系2クラス、文系2クラス、その他1クラスというように分けられた。私は理系だった。 その当時の獣医学科は半分理系で半分文系だった。つまり、2次試験の選択科目の数学は「基礎解析」「代数幾何」でおおよそ理系らしくなかった。 今ならば、獣医学科はバリバリの理系で

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第20回

センター試験速報 センター試験が終了すると速報がある。 でも、それまでに自己採点は済ませていました。 数学: 188点 英語: 194点 国語: 165点 社会・理科 ・・・記憶があいまいですけど80点台だったと思います。 新聞を見ながら自己採点していました。 どんどん続くマル。もしかして英語は満点か???? 194点取った英語は長文問題の最後を落としました。しかも悩んで、選ばなかった方が正解でした

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第21回

いよいよ、2次試験 2次試験の受験先は「山口大学」「鳥取大学」にしました。 どちらも受験科目がほぼ同じだったのですんなり決まりました。宮崎大学にも獣医学科がありますが、この年から受験科目が大きく変わりました。小論文が入りました。文章を書くのは昔から嫌いでなかったので、どうしよう。。。。と思いましたが、確実性にかけました。 受験日程は、鳥取大学が先でした。 これを失敗すると、ものすごくプレッシャーだな

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第22回

山口大学 いざ出陣 本命の山口大学の受験は鳥取大学の後だったので、鳥取大学で思う存分の解答を書くことができたのは余裕につながりました。 山口大学の傾向と対策もばっちり張っていたので、試験日まで過去問と不安のある分野に注力していました。 もしも、傾向を思いっきり変えてきたら。。。。 その時には、私だけでなく受験生全員に激震が走る。 それをカバーするのは、4年間の浪人生活で何回も天国と地獄を見てきた経験

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第23回

合格発表まで 合格発表まで、ゆっくり寝て、昼まで寝て、寝たいだけ寝て。。。。 そんなことばかり考えていました。 でも時々、 「うわぁ!!!!」 と言って跳び起きる夢を見ていました。 いつも見る夢は同じ。 自分の入試問題だけ電話帳のように分厚くて、探しても問題が見つからない。 めくっても、めくっても、めくっても。。。。。。予備校の広告ばかり。 周りの受験生はめちゃくちゃ問題を解いているのに、私はひたす

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第24回

お礼に歩く日々 最終的に、 「山口大学農学部獣医学科」「鳥取大学農学部獣医学科」 両方合格することができました。進学先は山口大学に決めました。 合格とはあっけないものだ。。。。 なんだかそれが印象的でした。 あんなに頑張った。これ以上できないと胸を張って言えるほど頑張った。手抜きは一切なかったといえます。 私の性格として、合格するならば「絶対に合格している」という状態で合格したいというのがあります。

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第25回まとめ数学

まとめ…数学 獣医師になるための第一歩。 それは、獣医学科のある大学に入ること。 わかりきったことなのだけど、その入り口に立つまで現役を含めると5年かかってしまいました。それでも、その間に得たものは今や自慢の宝物になっていて、ほかの人には得ることができなかったものと自負しています。 最終回は5年間の紆余曲折の中、予備校の先生も高校の先生もあきらめモードに入ってしまう「偏差値30台」から、いかに勉強し

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第25回 まとめ英語

英語はことば 英語は言葉である ことはわかりきった事実ですが、 勉強するときにどれくらい口から出ていますか?というか、声に出して読んでいますか? 英語はもともと嫌いな科目ではありませんでした。でも、点数にはなりませんでした。矛盾した話です。。。。 近くに、大学があり留学生の方が多かったのでまず子供のころから英語とガイジンにはそこまでの違和感がありませんでした。これは、ラッキーでした。 カトリック系の

偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 最終回 まとめと覚えるこつ

覚えるこつ 必ず覚えたものは忘れます。これは必然の法則です。忘れるから繰り返すのです。 エビングハウスの忘却曲線です。これは全員に当てはまります。特別な人はこの世にはいなくて大なり小なりこの曲線に従って何かを覚えます。忘れるから繰り返すのです。 物覚えが悪いのは頭が悪いからではなく、繰り返さないからです。 何回も繰り返さないことは、脳が不必要なことと認識して寝ている間に抹消してしまいます。何回も繰り

4浪して獣医学科に入った私がなぜ生協で営業の仕事をしトップをとっていたかの話

夢にみた獣医師とはかけ離れていた私 身の丈に合わない「獣医師」という夢を持って4年浪人し、実際に死にかけ、入院を経てやっと獣医学科に入った。(《偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話》を読んでください) あこがれの獣医学科。 本当に充実しまくりの毎日。 6年間、授業料免除をかけて必死に勉強し、電話帳のような国家試験の問題集を解きまくり獣医師国家試験に合格し「獣医師免許」を取得した。 いよ

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Hibarino Yukae
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終い支度 ~私が離婚に踏み切るための助走として

終い支度をはじめようと思った。 15年に及ぶ、この居場所のない結婚生活に、終止符を打とうと思った。 どんなにひどい言葉を浴びせられても辛い思いをしても、夫に捨てられたら、私にはもう帰るところがないなどと思い込んで、私を傷つけることを躊躇わない夫に、必死でしがみついていたけれど。 この家にすら自分の居場所などないことに気づいて、絶望よりも、苦笑した。否、苦笑というよりも自嘲といったほうが正しいかもしれ
平松 育子
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受験勉強開始。しかし。。。 進路は決まった。 何はともあれやってみよう。当たって砕けろ!そんな元気があったのも最初のうち。夏休みに受験した模擬テストで現実を突きつけられた。 河合塾の「全統一次模試」。 受験はしたものの、周りから聞こえてくる鉛筆の音、ページをめくる音、それ以上に困り果ててドキドキしてしまっている自分の心臓の音が響きました。 ・手も足も出ない。 ・全然わからん ・へ??? の状態でした
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なぜ獣医学科なのか?? なぜその道を選んだのか? ズバリ、一生忘れられない「競馬」を見てしまったからです。 日曜日の昼下がり、TVで競馬観戦をするのが楽しみでした。どう考えても高校生らしくない趣味です。でも、馬が地面を蹴って走る地響き、疾走する馬の姿の美しさ。。。心が躍りました。 いつものようにお昼ごはんを食べ、TVの前に陣取りました。 ワクワクしながら見ていたその時、事件が起きました。 騎手が馬か

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