STORYS.JP

石田 糸絵

石田 糸絵の人生のストーリー

ストーリーをリクエストする

石田 糸絵の人生のストーリー

読んでよかったストーリー

阪口 ユウキ
1263
12

異国の街に大好きな恋人を置いてきた。その悔しさを晴らすためだけに起業した話。

こんにちは! WEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口といいます。 僕は23歳のときに会社を辞め、24歳のときにWEBで起業しました。 25歳のときに出国をして、それから海外を転々としながら、WEBサイトを作ったり、コンサルティングなどをしています。 しかしそれは、 社会にどんな価値を与えようだとか、どんな貢献をしようだとか、そんな立派な理由があってはじめたものではありませんでした。 僕が起
たかな ともこ
236

人生設計なんてあるようでどこにもなかった。(2)

どんな仕事も最初は大変だけど こちらでは 主婦のことを full-time momとも言います。 私にとってある意味有り難かったのは 生活に慣れるのに一生懸命なうちに こども二人を授かったことでした こればかりは私が選べることではないし とにかく「やっていくしかない」という ある意味切羽詰まった状態で 「仕事」を考えるヒマはなかったのです。 この時 初めて社会の中の自分の位置づけを 改めて見直せまし
たかな ともこ
350

人生設計なんてあるようでどこにもなかった。(1)

最初に方向転換の決断 海外に住む。 (いやいや、リゾートに行く訳でも行けた訳でもないんですが) そんなもの、わたしの「人生設計」にはありませんでした。 というより、今のダンナさんと結婚するという選択肢は 結構 急にでてきて、 結婚というコミットメントをしたとたんに 私の人生は急展開をし始めました。 今ダンナさんの仕事でアメリカにいる訳ですが (ありがちですがダンナさんも医者です) 結婚を考え始めた頃
たかな ともこ
287

非常識、自信完全喪失、そして新しいチャレンジ発見。

「社会」の常識 二度目で戻ったアメリカ それも土地勘のあるところというのは ある意味かなりリラックスして生活を始められました。 もちろん、学校システムとか 義務になっている就学前の予防接種とか 正直わからないことだらけでしたが。 日本でも一般常識といわれるものを あまり持たない(必要とされない、あるいはやや違う一般常識の中で) 生活をしていた自覚はありましたが それこそ「無知」がスタート地点で当たり
たかな ともこ
151
2

不動産投資をやると決めた(4)Whyを探し始める

話は大分戻りますが 不動産投資(Real Estate Investment, REI)をやるぞ!と決めたとき 日本であの地震と津波が起こりました。 あれは私にとっても勿論大きくて 今の自分をうごかす原点になりました。 何かするのに資金が必要になる だからREIで資金を手に入れる でもそれは 熾烈なREIの世界で上位一握りになることでもありました。 やっているひとがいるなら出来るはず でも分かってい
たかな ともこ
162

不動産投資をやると決めた(3)会社を興す

ロバート・キヨサキのすごさ 私自身がロバートに直に会ったのは いえ、正確には「見た」のは たった一度です。 (自信がなかったので 写真を撮ってください、も言えなかった) でも彼がパートナーと造り上げた教育ビジネスは きちんと彼の本当に教えたかったことを 伝え続けていたんだと思います。 彼のこころを伝え続けるビジネス それは凄い事だと思いますし 自分の言葉でも伝わるところに限界はあるのに 全体を通して
たかな ともこ
219

不動産投資をやると決めた(1)

それでもやりたかった 天下のロバート・キヨサキのスクールです もうあちらの自負もあるけど アメリカでどっかの学校にいくより高い?かも というもの 離婚されると思いました 笑 でも今度こそ諦めたくなかったのです 運命なんてないと思ってますが この時ばかりは「やれと言われてる」と 思い込んで正当化しました。 その時点でアメリカの永住権は取れ (ダンナさんの付属物で、ですけどね) この家族の中で私がやった
阪口 ユウキ
41390
216

あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。

どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで! こんにちは! 個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口といいます。 僕は今の仕事をはじめてまだ稼げなかったとき、2011年9月~2012年4月まで、 大阪・あいりん地区のドヤ街で暮らしていたことがあります。 (詳しい経緯は「 鬱病で半年間寝たきりだった僕が、PC1台で世界を飛び回るようになった話。 」で書いてます)
秦 由佳秦雯君
92

異国の国ではじめての友達はくまさんだった。

冷たい色した、冷たい素材に ぎゅっと離さまい、として両手を絡めた。 あの空間を思い出すと、 なんて無機質な場所だったのだろう、と今の私は思うけれど、 同時の私にとっては、 ぐるぐる回るカラフルなスーツケースたちが、 自分のこれからを魅せてくれているようだった。 興奮していたのか? それとも希望に満ちていたのかは、今の私には分からない。 それでも確かに、あのときは私にとって 忘れられない人生の転機でも
大薗 翔
259
2

すべてを失い、うつ病になった僕が「悩みを話せる友達が見つかる場所」を作るに至ったSTORY

人との繋がりを求めて自分のお店を出した話 2008年夏、24歳。 僕は東京・高円寺で念願だった自分のお店を出しました。 「自分のお店を持ってみたい」 そう夢を見る人の中には、自分の好きなことを仕事にしたい、自分の好きなものに囲まれていたい、自分の好きな仲間と一緒に働きたい、などなど色んな動機の人がいると思うけれど…。僕の場合はただ『人との繋がり』を求めてお店を出しました。 不仲な両親を見て育った僕は

書きかけのストーリー

石田 糸絵さんの書きかけのストーリーはありません

石田 糸絵さんにもっと聞きたい話リクエストする

|