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鍋島 佳織

鍋島 佳織の人生のストーリー

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鍋島 佳織の人生のストーリー

読んでよかったストーリー

三上 優貴
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9

大切な人を失った女の10年+αの話

今から十数年前。 3年と少し付き合ってる彼が隣にいる。 『彼』がそばにいること。 それはすでに当たり前になっていて、その当たり前がどんなに幸せかまだ若かったわたしにはわからなかった。 失うことなんて考えもしなかったし、この日常がずっと続くものだと思ってた。 お互い久しぶりの休日で、彼が趣味としているサーフィンをするために海へ向かってる途中。 移動が嫌いなわたしは機嫌が悪い。 わたし 『もっと近い海で
みかみ いちろう
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14

俺が財閥の家庭教師だったときの話(終)

実は俺はそのときが初めての国内線だった。 羽田にも行ったことがなかったので、そもそも羽田と成田の違いさえわかっていなかった。 とりあえず空港に着いたので、マダムに電話した。 「ああ、せんせー着いたのー?」 数分後にマダムのBMWが現れた。 車の中でマダムの説明を聞きながら、最初の家庭教師をこなした。 たしか半日くらいだったような気がする。 授業後に送迎車の中でマダムがこうおっしゃった。 「ついでにウ
華 はな
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2

小学校教員が安定した職を捨て、家族を日本に残し、発展開発国に単身赴任した話(2)

憧れの小学校教員に!でも実態は……。 娘が小学校に上がるのと同時に、 私も晴れて小学校教員になれました。 娘を育てた経験から、 「子どもたちにはこういうことを教えたい!」 というものがありましたし、 つれあいが一足先に教員になっていたので その様子を見ながら 「私もこんな学級経営をしたい!」 というものがありました。 ところが、実際に教員になってみると…… 理想と現実のギャップにさいなまれることにな
只石 昌幸
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14

〜出逢い前夜〜僕がひとりの女性と出逢い、それまでのドン底から、経営者になって代官山に住むまでの話。

今、振り返っても・・一番辛くて、一番カネもなく、一番人生に投げやりだった頃に、彼女と出逢った 人生、 こんなはずじゃなかった・・・ 大学だって六大学に入れたし、就職は氷河期と言われる時代に第一希望の超優良企業である一部上場企業に入って、あれほど迷惑をかけてしまった両親に最高の親孝行をしたつもりでいた。 おかしいぞ。 「勉強して、良い会社に入社できたら、人生に勝てる」と教わったはずなのに・・・ 親や社
若月 大
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結婚のヒント

季節も冬になり、そろそろ皆さん、結婚したくなってくるシーズンではないですか? どうも、ウエディングプランナーの若月です。 僕の周りでも、もうだいぶ結婚して子供までいる人が増えてきまして、僕ももう世間から見たら、いわゆる「負け組」に属するという状況下に気付けばなっていました。世間では、遅くまで結婚できなかった人に対して「変な問題がある人」つまり、結婚できないってことは何かしらのネジが外れている問題児だ
Kato Yuki
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ひとり旅でフラフラしていたら、超偶然に、某有名旅雑誌のモデルに現地スカウトされてしまった話

「キミ、ひとり旅かい?」 「え?はい、そうですけど・・・?」 「『旅の手帖』という雑誌の記者なんだけど、実は今書いてる記事のテーマが『ひとり旅』でねえ。キミ、良かったら、記事のモデルになってくれないかい?」 「・・・・!?」 超偶然に、こんな事が起こったのは、こんないきさつだ。 2010年当時、私はとある事情で大学を休学し、東京に住んでいた。 ある日時間ができたので、ふと自由にきままに、どこか遠くへ
Himeno Sanae
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わたしは入社1日目で転職を決意した。

腐るな若者!のし上がれ!ここからが勝負ですよ! 新卒の方は入社して約半年。落ち着いて色々と考えられるようになった頃でしょうか。 新入社員 うわぁ・・。 この会社いったいどうなっているんだ。 この上司、このシステム・・本当にクソだな・・。 誰しも感じたことがあるでしょう。 そう、実は自分だけが感じているわけじゃないんです。 このように会社のクソっぷりにびっくりするなんて、誰しも一度は通る道なのです。
Handa Naoto
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「お腹の子は、無脳児でした。」~葛藤と感動に包まれた5日間の記録~

「大事な話があるから、 電話に出られるようにしておいてね。」と、 妻のはなちゃんからLINEが入った。 昼休み。丁度、店内でチキンクリスプの包み紙を開けるところだった。 「そうかあ、本当にだめだったのか。」と心の中で深くため息をついた。 確かに、はなちゃんは病院に行く前から気にしていた。 「もうちょっとお腹大きくなってもいいころなのに。 ちゃんと育っているか心配。」 1か月くらい前から、何度かそう話
神崎 晃
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【広島1】原爆ドームになったおばあちゃん。

むかし、太陽は、ふたつあった。 1945年8月6日の朝8時15分。 おばあちゃんの上に、太陽が落ちた。 おばあちゃんは『広島県産業奨励館』で働いていた。日本で初めてバームクーヘンを作った場所だ。 おばあちゃんはドイツ人とのハーフで、広島市にいたドイツ人たちとも会話ができた。 それで私のお母さんを育てながら、ずっと『広島県産業奨励館』で働いていた。 1945年の8月6日も、おばあちゃんはいつも通り出勤
Azuma Y
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就活中、運命は必ずしも実らないことを知った。けれど、幸運の掴み方を1つ知れた。

この記事は、自分のブログに転載いたしました。 この記事は魂を込めて書いた記事なので、是非読んでみてください。 「Be Excited」 記事はこちら

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