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谷尾 薫

「世界で一番小さなITコンサルティング会社」を経営しています。

URL : http://www.ocean-ap.co.jp
ライフワークはプログラマの活躍できる場所を作ること。プログラマを子供たちの憧れの職業にすることが夢です。

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谷尾 薫の人生のストーリー

独立など夢にも描かなかった自分が40歳で起業するまで

はじめに まず自己紹介をしますと、今年45歳。熊本県の天草の出身です。天草四朗という歴史的人物で有名ですが、最近イルカウォッチングが流行ってまして、芸能人の来訪が放映されて、少し全国に知れ渡ってきています。 私の両親はそこで30年ほど喫茶店を営んでいます。ぜひ天草に旅行に来られたら立ち寄っていただきたいです。苓北という町の国道沿いの緑の看板のお店です。 ここから、当時の自分がどういう職業を選んだかと

無人駅で祭りばやしが聞こえた

千葉の山間部に上総鶴舞という無人駅がある。 大多喜に向かう途中、ふと休憩したくなり、偶然立ち寄った駅である。車が5台入るのがせいいっぱいの小さなロータリーに車を停め、自動販売機でコーヒーを買った。 誰も居ない駅舎の待合室で、コーヒーを飲んでいると、どこからともなく自転車に乗った女の子が近寄ってきた。 オレンジ色のピカピカの自転車を操りながら、 「どこに行くんですか?」と女の子は人懐っつこく私に尋ねた

システム統合まであと5カ月

はじめに ITには「デスマーチ」という言葉があります。 システム開発プロジェクトで過酷な状況が続くことを言います。 一般にネガティブな意味で使用されますが、私のチームが体験した、関係者全員が報われた話をしようと思います。 ある日の一本の電話 ある日のこと、私のもとにクライアントから一本の電話が入った。 クライアントのA社は某金融グループのIT戦略を担う企業である。 関係会社3社の統合により従業員数は

季節外れのタンポポ

それは数年前の夏の終わりの頃だった。 昼下がり、新検見川駅のプラットホーム。 仕事先への訪問を終え、次の移動先へ向かおうとしていた時であった。 時折、雨が降ったりして不安定な天気だったが、午後から夏の日差しが戻っていた。 東京方面に向かう次の電車は間延びしていて、私はホームのベンチに腰掛け、仕方無く本を開いた。 その瞬間ホームの端っこに立っている若い女性と目が合ったような気がした。 年齢は20台前半

日本で初めてダイナミックパッケージを立上げた話し

はじめに ダイナミックパッケージとは、航空の交通手段とホテルの宿泊施設を、自由に選択できる旅行商品のことです。 欧米のオンライン旅行会社が2002年頃からサービスを開始していますが、日本に入ってきたのは2005年以降です。 ダイナミックパッケージはJTBや楽天トラベルで有名ですが、初参入したのは某大手商社の鉄鋼部門でした。この出来事をきっかけに大手が参入して市場を拡げた、といって過言ではありません。

読んでよかったストーリー

Noz O
107

Nさんへ

24か25の時だ。ポケットには60円しかなく、上野公園の横にあるマックで100円のハンバーガーも買えなかった。 小さなトランクを椅子がわりにして座ってた。 トランクには、離婚して家を出るときにかき集めた、しょうもないものしかはいっていない。 漫画喫茶に泊まる金もなく、夜は上野公園のベンチか階段で寝た。 週末にくるクリスチャンの炊き出し以外は、賞味期限のきれた弁当やおすそ分けが主食だった。 この状態か
Noz O
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エアコンの取り外し

つい今しがた、エアコンの取り外しに業者の人が来た。今住んでいるマンションは建て壊しになるので、もともとついていたエアコンを大家さんから譲ってもらったのだ。業者の人はエアコンの取り外しをする前にこういった。 「このエアコンもう結構古いので、取り外し、洗浄、取り付けするなら、新しいのを2万5千円で買って取り付けたほうがいいとおもいますが。。。」 「えっ、エアコンってそんなにやすいんですか?」 「価格ド
Okuma Nozomi
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会社を辞めて、フリーランスで仕事した後、スタートアップで働いてみる。

はじめに 詳しく聞きたい!を付けて下さった方、ありがとうございます。 この一年強の私の話を書きたいと思います。 会社を辞めた! 新卒で入社した会社を二年弱で辞めました。 なんで?とかその理由とかを良く聞かれます。 二年じゃ何も分からないじゃないか、とか言われる事もありますし、実際自分でもそう思います。 でも、ありがちな話ですが、「限界」だったんです。 長時間労働にも、人間関係にも、朝晩襲ってくる過呼
平林 義行
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仕事=部活

リクエストありがとうございます。休眠ユーザーで僭越ながら、記載させていただきます。夜明け前だからか、五月蠅いこと書いちゃいそうですが、おゆるしください。 色々とありますが、3つ書かせていただきます。 1、目的・目標・課題解決の為にする行為。 ◆共通項 部活も仕事も、遊びや飲み会や恋愛とは違う「苦楽」を味わう。良くも悪くも味わえる。→自分の壁を超える→成長して、今までと違う景色が見える。求めるものも、
溝部 拓郎
106
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Storys.jp のストーリー (Startup Weekend編)

開発は5月から始まった storys.jpの前身となる物を作り始めてから、もうすぐ1年になる。 何かを始めた時、やっぱり強く印象に残るのは、それが"本気"になったときだ。 Storys.jpにとっては、それがStartup Weekendだったんだと思う。 F**k the boring resume 2012年5月、春の気温にも慣れ、草木が芽吹き、"始まり"の香りがする季節。 私とJames Ri
Sato Masashi
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プログラミングを学び合うシェアハウスができるまで

はじめに 僕は今(2013年3月現在)、PGHouse豪徳寺というシェアハウスに住んでいます。この家に暮らす事になるまでを改めて書いてみようと思います。 きっかけはOSSカフェ 僕はフリーランスとして働いていた時期があるのですが、 ちょっと何かのイベントで(たぶんco-meetingさんの関係だと思う)、下北沢にあるOSSカフェに遊びに行ったときの事。 OSSカフェは所謂コワーキングスペースなのです
Nose Hiroyo
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生まれてきただけで親孝行していた話

概要 26歳の春に、ふと母がしてくれた話です。 人とコミュニケーションを取るのが苦手で、孤立していた母。 そして、いつもフラフラとして唐突に留学したり関東に就職したりする親不孝な私。 しかし、そんな私が運んでいた思わぬ「プレゼント」があったのです。 単身嫁いで出産した母の孤独 母は元々、どちらかというと悲観的で心配性な人です。 そんな母はお見合いを機に父と結婚しましたが、時代も時代。実家に連絡をとれ
Sato Masashi
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大学院を卒業する時に就職活動しなかった人の話。

一攫千金カンパニー 「卒業したらデビューだな!」 友人Sはそう言った。何と一緒に起業すると言うのだ。なんだかとてもワクワクした。当時M1だったから23だったはずなので、もう13年前だ。2000年頃の話、と書くとずいぶん昔の話に思えてくる。 大学院に入学する当時「卒業したら会社には入らずに、何かしらソフトウェアで食べてゆきたい」と、漠然と思っていた。高校時代の友人Sにその相談をして、自分が作成していた
Sato Masashi
213
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「就職しない」と決めるまで

はじめに 「聞きたい」と付けてくれた人が多かったので書いてみます。これを付けてくれた人はこれから社会に出るような若い人達なのだろうか。そういう人の参考になれば幸いです。 それまでの歩み それまでの僕は比較的順調な人生を歩んでいたと思います。別に裕福ではない両親の元に生まれましたが、両親や姉との関係はとても良好でしたし、少し夜遊びが過ぎて日曜にも寝てばかりの父親以外には特に不満はありませんでした。 小
Inaba Hiroaki
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4

ひとりであるということ

 丸一年というには少し早いけど、思い出したので書いておくことにする。  ずいぶん昔、もう10年以上も前にネットで知り合ったある男性がいた。仕事を程々にこなしながら、家庭を持ち、クラブミュージックが大好きで……といったごく普通の男性だった。  それから7,8年近い時間を経て、twitterでその人から「お久しぶりです」みたいな感じでリプライがあって、なんとなく近況を把握するような感じになった。  TL

書きかけのストーリー

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