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Izawa Katsuhiko

Izawa Katsuhikoの人生のストーリー

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Izawa Katsuhikoの人生のストーリー

読んでよかったストーリー

長坂 潔
69
2

果たせなかった約束

6月の上旬、修学旅行の引率で北海道に行った。行程は、東京まで新幹線で行き、その後、東京からは夜行列車で函館に向かうという刺激的なものだった。 ... 「上野発の夜行列車降りた時から~」の歌詞で有名な、あの夜行列車である。 東京駅から夜行の出発する上野駅まで、JR山手線で移動しなければならない。新幹線のホームでいったん集合し、並んで移動などといったことは不可能であり、ましてや東京駅に着くのが、夕方の五
私と ○○○
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私が今死んでない理由

虐待、施設育ち、家出、援交、風俗、身元不明者、借金 私の生きてきた足跡はぐちゃぐちゃだ。 私は両親から手を離され施設で育ち、途中から親の元へ帰るも高校を中退し家出をした。 そんな私が出会った人はもう二度と会えない、私のあしながおじさん。 十五歳で家を飛び出した私は友人から教えてもらい、身体を使ってお金を稼ぐ方法を知った。 後先の事は考えてなかった、ただなんとなく何もかもが嫌で。 オジサン 腹、減って
Katsube Tatsuya
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料理で伝わった母の愛。

僕は、普通の家庭に生まれた。 きっとSTORYS.JPなら、 珍しい体験をさせて貰いながら育った!ありがとう母! 絶縁状態だった母が病気に...。 グレてた時、母の愛を知って更生! 系の話が多いんじゃないかと思うけど、 僕は、普通の家庭に生まれたし、母はずっと健康だし、残念ながら僕はグレてもなかった。 ただ、いわゆる一般家庭とちょっとだけ違うのは、こじんまりとした自営業で、親の休みなんて無かったって
檸檬 姫
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おばあちゃんからお姫さま

9歳のときに、初めてあった人にからだの奥まで触れられてすごくこわくて痛かった。 ナイフを顔に突きつけられたこと、気づかないうちに相手の人の服とわたしの髪がクリップでとめられていたこと、口に服を入れると痛くなくなるとうそをつかれて助けを呼ぶ声を出せなくなったこと。 女の子なら誰一人としてあってほしくない経験だ。 わたしの夢は、おやつをつくるお母さんとお姫さまだったけど、このときから、女らしくしないで早
遠藤 譲
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アウトドア初心者が、アフリカで中古車を買ってテントを張りながら100日間旅をしてみた話<3>「初日に失くしたもの」

旅の初日に失った(きっと)大事なもの いよいよ旅立ちの朝。 それまで住んでいた部屋のイタリア人大家さんがボクたちの旅立ちを見送ってくれた。 ボクと入れ替わりで住むことが決まっていた新しい居住者も、生活用品が詰まった段ボール箱の横で鍋を片手にボクがさっさと部屋を明け渡すのを待っていた。 二人に見守られながら車のイグニッションキーをゆっくりと回すとドアをカタカタと揺らしながらエンジンが掛り、サイドミラー
ヨシモト ユウタ
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上司が教えてくれた4つの"ごちそうさま" (1)

僕が高校時代にアルバイトとして社会の中で働きはじめてから、たくさんの上司に出会い、いろいろなことを教えていただきました。 その中でも、僕の人生における幸せの大半の占める" 食 "にまつわる4つの教えを書きたいと思います。 食べたい物を食べなさい 22歳の時にしていたバイトの上司に言われた一言。 僕は毎日のようにバイトの休憩中、コンビニで容量の多いカップ麺を選んだり、好きでもない数の多く入っているパン
関根 敦
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ボクとアニキの起業物語 ~町工場から医療機器の会社を立ち上げた話~

医薬品事業 経営戦略企画 アシスタント・バイス・プレジデント これはボクがシンガポールのベンチャー企業に勤務していた時の肩書きである。正直、何をしているのか?、偉いのか?偉くないのか?良くわからない。 そして今は… カーターテクノロジーズ株式会社 代表取締役 アシスタントもバイスもなくなり、いわゆる一つの「社長」となった。ただ、なんの会社の社長なのか…相変わらずわかりにくい。 ボクはシンガポールにい
Full Yuka
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生んでくれて、ありがとう。生きててくれて、ありがとう。

高1の冬、あなたに出会えた事で命が救われた。 それまでの私は「自分なんて生まれて来なければ良かった」と思っていた。 とうとう、決定的な事があったから、私は生きていたくなくなった。 大量に風邪薬を服用して、お風呂の中でウトウトして死にかけたりした。 何度も死のうとしても死ねなくて次第に自分を痛めつける事をしていた。 夜まで遊び歩く、育ての親の祖父に反抗して心配かける等、悪そうな友達が周りに居るような、
石井 琢磨
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一生、下半身麻痺と診断された父との約束

「鉄棒と水泳は俺がもらってもいいか」 父と2人で飲んだときに、言われた言葉だ。 鉄棒と水泳をどうしても孫に自ら教えたい。それを予約させてくれということだ。 父はアクティブでワイルドで、一カ所にジッとしていられない性格だった。 朝から川に行って魚を捕ってきたり、山で何か採ってきたりしていた。 公立中学の教師をしていたが、50代になっても運動会のリレーで走ったりしていたらしい。孫と公園で遊ぶときもダッシ
重信 誠
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僕の母親はおばあちゃん

今日は母の日ですね。 皆さん日頃の感謝を伝えましたか? 少し照れ臭いけど、感謝を伝えるって素敵なことですよね。 僕は、実家の母親に花を贈りました。 母親って言っても、おばあちゃんなんですけどね。 僕の両親は、僕が小さい頃に離婚して、父方の祖父母の家で育てられました。 厳格な祖父と、優しい祖母。 おばあちゃんは僕の母親代わりとなって僕を育ててくれました。 朝ごはんを毎日作って、学校へと送り出してくれま

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