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Sasajima Kayo

翻訳・経理等事務屋

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Sasajima Kayoの人生のストーリー

ベンチャー企業〜はじめに

 日本では「ベンチャー企業」と呼びますが、英語圏では「Startups」と総称します。私が以前やっていた会社のように個人事業主から法人成りした拡大志向のない個人会社は「Small Business」に区分けされます。みなさんもご存知の通り、米国では大学・大学院時代に知り合った者同士が集まり、会社を興すことが多いです。私が以前、日本代理店業務を引き受けた米国企業もCEOがハーバード大学在籍時に仲間と一

20年ほど前のベンチャーの走りだった頃の昔話です。

ベンチャー企業〜カリスマ社長 or 調整型社長

 よく「大企業に行くべきか、ベンチャー企業に行くべきか」という話を耳にしますが、中小企業も仲間に入れてあげて下さい(笑)!  冗談はさておき、みなさんの気持ちもわかります。中小企業という言葉からくるイメージはどこか地味ですからね。大企業は豊富な資金力で歴史に残る大きな仕事ができそうで人脈も広がりそう。ベンチャー企業は異彩を放つカリスマ社長の元、若い人たちのアイデアやエネルギーが満ちあふれていそう。そ

ベンチャー企業の雑草魂、いつまでも忘れたくないですね。

アメリカ人元貴族との異次元交流(1)

  誰にでも心のヒーローがいますよね。  私は大学時代に読んだ小説がずっと心に残ったまま、何年たっても色褪せることがありませんでした。ITやらバイオやらビジネスの世界に身を置きながら、命の洗濯と称して、その作家のリサーチだけはずっと続けておりました。  そんなある日、私の強い思い入れが通じたのでしょうか。ひょんなことから、その作家とメールでやりとりするようになりました。アメリカ社会は階層社会です。生

大好きなアメリカ人作家との出会いまでの記録です。

アメリカ人元貴族との異次元交流(2)

 そして気分が高揚したままロスに飛びました。  さて、ビバリーヒルズへのふわふわした旅行記のように仕上げるよりは、そこで交わされた会話を通して、私の中の日本的価値観と何が違ったのか、そのあたりに焦点を絞ってお話しようと思います。結果的に私の失敗談が中心になりますね(笑)。 (1)他人に足の裏を見せちゃいけない  ビバリーヒルズの邸宅に到着し、作家ご夫婦は笑顔で歓迎してくれました。まず邸宅の中のすべて

作家のビバリーヒルズ邸宅での失敗談。

元貴族・番外編:ビバリーヒルズ旅行記

 アメリカ人元貴族との異次元交流 をたくさんの方に読んでいただいて、心から嬉しく思います。みなさん、ありがとうございます。  ここはビバリーヒルズ。アカデミー賞授賞式で有名なヒルトンホテルに泊まりました。授賞式でもないのに、ドレス姿で歩く女性たちがたくさんいました。  さて、ディナーに招待された当日の夕刻。作家のお抱え運転手であるリムジンドライバーがホテルまで迎えに来てくれました。運転手さんは、ひょ

ビバリーヒルズ珍道中。

「アメリカ人とは最初にケンカしてから付き合う」の意味

 アメリカ人と言ってもいろんなタイプの人がいます。死ぬほどおしゃべりな人もいれば、全くしゃべらない人もいます。明るいのもいれば暗いのもいる。日本人でも同じですよね。ここストーリーで書いている私の経験談は、あくまでも私の周りにいる人たちがたまたまそうだった、と解釈していただけると私も気楽に語れます(笑)。  私はアメリカ人(だけに限りませんが)と仕事をする時は「最初にケンカしてから付き合う」ことが多い

国によって個人によって、いろいろ違うからこそ面白い。だけど、まずはこちらから歩み寄っていかないとその扉は開かない。そんなエピソードです。

STORYS.JPに残したいもの

 STORYS.JPという新しい会社が、何か面白いことを始めたらしいよと耳にしたのがきっかけで、とりあえず登録だけしてみました。読みたいストーリーもありましたからね。  いざ登録してみると、なんとなく書きたくなりました。少しずつ書いていく内に、STORYS.JPのスタッフさんたちが初心者応援団のように、「詳しく聞きたい」や「読んでよかった」を押してくれて、ありがとうございます。この会社のスタッフさん

変化に富んだカラフルな人生は面白い!

脱力系人間たちの友情物語

 私の大切な友人が今週、母国に帰国します。センチメンタルな感情とはほど遠いところで日々生きている私ですが、今のこの表現しがたい感情をもてあまし、私たちのストーリーを書くことによって昇華したい・・・そう思って書き始めました。  彼女とは20代の頃に勤務した日本企業で同僚でした。「キャリアウーマン」という言葉(今は死語?)が胸を張って闊歩していて、仕事を続ける女性はどこか肩に力が入っていた時代でしたね。

単純に「面白い人と面白い仕事がしたい」と思って生きてきた中で出会った本当の友人。

読んでよかったストーリー

松本 敏
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死の街バラナシ

インドから呼ばれる。 旅好きの間ではそんな話がよく語られる。旅好きにとってインドは聖地といってもいいくらい必ず皆一度は訪れる場所であり、そしてどうやらそれにはタイミングがあるらしい。それを称してインドから呼ばれると言うのかもしれない。僕が十代の後半、今から10年前くらいに一度インドブームというのが巷で起こった。 僕の周りの人間もインドを訪れ、旅人になってしまった人、仕事を変えた人、突然結婚してしまっ
松本 敏
142
7

カースト制度とその内側

インドの日記でも書こうかと思って始めた文章だが、色々なぶっ飛んだ出来事がありすぎて切りがないので、だから今回はインドに滞在すると必ず直面するカースト制度について感じた事を書きたいなと思う。少し長いですがお付き合い頂ければ幸いです。 カーストという言葉を耳にした事がある人は多いと思う。僕も「その人の身分や階級みたいなものでしょ?」くらに思っていた。僕もちょっとの間イギリスに住んだ事があり、そこにも階級
小泉 ヒロカ
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3

地方で起業したIT開発会社が、VCからの資金調達に成功、パブリッシャーに業態転換を果たした後、倒産するまでの生々しい話。

このお話は、東北で起業したIT開発会社が、3年後に自社サービスを始めて、VCからの資金調達を成功させてパブリッシャになり会員70万人達成した後、倒産するまでの生々しい記録です。 システムの請負開発を事業とする開発会社(デベロッパ)にとって、自社ブランドのサービスを配信する会社(パブリッシャ)になることは、会社を大きく成長させるための夢であり、何かを失うかも知れない恐怖と背中合わせの賭けでもあります。
笹嶋 政昭
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口説き文句

 誰の人生にも幾度かの節目がある。その節目には言葉が付き物だ。それこそが口説き文句。  自慢じゃないが、女性に口説かれたことはただの一度もない。よくよく女性に人気もなく、縁もなかったようだ。しかし、男性には幾度か口説かれたことがある。もちろん仕事上のことだが。  人生には節目というものがあって、後に考えれば人生の転換点なのだが、その時に心を動かされた言葉は人生の口説き文句。  私の場合は、会社を変わ
笹嶋 政昭
25

目は口ほどに物を言い・・・

 なぜだか分からないが、今朝目覚めた時に、「いろんな目にお目にかかった」ものだとふと感じた。同時に目は、すなわち意志であり、将来の姿であり、心の窓だとつくづく思う。
  人間が受ける印象は「目」だけと言っても言い過ぎではない。多少、髪が薄くとも、背丈が大きいか小さいかなど、そのようなことは大した話ではない。多少造作がおかしくても、それは個性であり、見方によっては愛嬌にもなる場合だってある。
  造作
笹嶋 政昭
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今頃分かってきた忠告の意味

 今から10年以上も前のこと。今のようなコンサルタント仕事を始めたばかりの頃。その後、私は途中でサラリーマン経営者になって、また昨年、コンサルタントとして戻ってきた。  その昔(10年前)のこと、ある経営者支援団体に加入して、いろんなタイプの同業者にお目にかかったのだが、その時に自分よりも少し年上の同業者に忠告を受けた。その時にはさっぱり理解できなかったのだが、10年以上経った最近、その言葉の意味が
笹嶋 政昭
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人生の最後に行きたい、人生を決めた場所

自分がこの世に生まれ落ちて、両親の育てられ、友達と遊び、勉強する機会を得て、やがて就職。転職なども経験しつつ、結婚。気がつけば50も半ばを過ぎて、そろそろ人生第2幕。 最近はGoogle Mapのような武器もあり、自分の生まれた場所、育った場所にバーチャル旅行ができる。最近もそんなことをやってみたのだが、年月の流れは、自分の心の中のふるさとをどこかに押しやってしまったようだ。最新の武器は、自分が年老
小林 佳徳
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6

読書感想文が何より嫌いだった自分が、アラフォーになって出版をすることになった話

いつまでもあると思うな親と金、ないと思うな運と災難 40歳のとある冬の日のできごとでした。 STORYS.JPの中の人 小林様のストーリーに関しまして、ある出版社より書籍化の要望が来ております。もし興味がありましたらご連絡ください いつものように仕事でクタクタになって帰宅したあと、これまたいつものようにメールボックスを開くと 見慣れない人からメール が届いていた。 「え?」 「え?」 「え?」 出版
稗田 あぶく
1004
17

24歳ナースが、インドでチフスになった話

その年の夏、私はインド北部を東から西へ1人旅をしていた。 中国・チベットからネパールを経て陸路でインドに入国し、行く先々で迫ってくる夜這いや物乞い、野良犬や野良牛にも慣れた頃の話である。       悪夢の始まり                         今もパキスタンとその国境を巡って争いの絶えないラダック地方のレーという町を目指し、その途中にある山間の町マナーリーに滞在していた。 明日にで
太原 大助
107
1

ITバブル体験記

異常な世界 米国マイクロソフトからの発注、インテルからの10億出資、新卒の受付嬢がストックオプションで数億円ゲット なにもかもがぶっ飛んでた ヘッドハンティングされる ITバブルという言葉が流行りつつあった、1990年後半。 社員30人程度のソフトウェア開発会社に勤めていた。 当時社会人2年目で手取り15万円だった。 そのころ業界で言うところの常駐(いわゆる派遣)で客先に行っていた。 そこで、クライ

書きかけのストーリー

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