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渡辺 和喜

ユナイテッド・リグロース株式会社
http://www.u-rg.com/

社会人専門のセブ島語学学校MBA
http://www.mba-cebu.asia/

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渡辺 和喜の人生のストーリー

28歳で投資銀行を辞めてアメリカ留学予定だったのに、フィリピンに語学学校を設立してしまった経緯の話(第一話)

私 「御社の次の成長戦略は海外です。ことさら東南アジアは今後生産年齢人口が大幅に増加していくので、消費財を売り込むには又とない市場です。」 投資先の社長 うーん。海外かぁ。リスクも高いだろうし・・・ 私 「これからは中小企業であってもグローバルな展開は不可欠です!さぁ、ご決断を!」 編集 当時投資銀行のコンサルティング部門にいた私は、この仕事の経験値と共に 経営者に対しても物怖じしない自信を持って

28歳で投資銀行を辞めてアメリカ留学予定だったのに、フィリピンに語学学校を設立してしまった経緯の話(第二話)

【第二話:挫折】 第一話は コチラ から。 コンサルティング部門に配属された私は、10年以上コンサルティングの キャリアを持つ上司から、手厚く指導してもらい配属後半年した頃から プロジェクトリーダーとしての仕事を任されるようになった。 当時まだ26歳。 コンサルティング先の企業からすれば、 「こんな若いお兄ちゃんで、本当に大丈夫かいな?」 と思われていただろう。 年齢に加え私は童顔であるため、さらに

28歳で投資銀行を辞めてアメリカ留学予定だったのに、フィリピンに語学学校を設立してしまった経緯の話(第三話)

転換点 「机上の空論を並べるコンサルタントにはなりたくない!」 第二話の事件 をきっかけに、僕の人生は大きく舵を切ることになる。 色々と考えを巡らせた末に、僕が選んだ結論として、 「アジアで起業もしくは就職をし、泥臭い経験を積み重ねる!」 これこそ、今の僕に足りない経験であり、必要な経験であると定義。 さて、決めたからには行動はなるべく早くがモットー。 まず、そもそも海外経験がほとんどなく、英語も

28歳で投資銀行を辞めてアメリカ留学予定だったのに、フィリピンに語学学校を設立してしまった経緯の話(第四話)

第一話は こちら 第二話は こちら 第三話は こちら  【第4話】フィリピンのセブ島に到着した。   2012年の4月13日(日曜日)。 二人との出会いと助言 により、突然変わった僕の留学計画。 人生で初めての海外長期滞在でもちろん不安は大きかったが、それと同じくらい世界的リゾート地として名高いセブ島で勉強できることへの期待感もあり、入り混じるような気持ちだった。 「間違っていない。正しい決断をした

28歳で投資銀行を辞めてアメリカ留学予定だったのに、フィリピンに語学学校を設立してしまった経緯の話(第五話)

ついに授業スタート! いよいよ初日を迎えた。 朝10時からオリエンテーション。 そこで手渡された学校規則は日本語で書かれていたので安心したが、 なんと説明は英語。。(おいおい、英語出来ないから留学来たのに。。涙) 重要なルール説明をしていると思われるが、なんとなくしか理解出来ない。 周りを見てみると、既に絶望に満ちた顔をした日本人がチラホラ。 ちょっと安心する。 後々分かったことだが、私の通った学校

28歳で投資銀行を辞めてアメリカ留学予定だったのに、フィリピンに語学学校を設立してしまった経緯の話(最終話)

僕らがやらなきゃ誰がやる? ※前回までのストーリーはこちらから →  第一話 自分たちなら、もっといい語学学校を作れる。 漠然と思ったこの考えを、もう少し具体的にするために 現状の語学学校の何が悪いのかの問題点を自分なりに整理してみた。 ①生徒のニーズ把握や目標設定がない。 ②学習の進捗管理がなく、また授業が合わない時は先生を変更するしかない。 ③誰が自分の英語力に責任を持ってくれているのか分からな

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渡辺 和喜
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28歳で投資銀行を辞めてアメリカ留学予定だったのに、フィリピンに語学学校を設立してしまった経緯の話(第五話)

ついに授業スタート! いよいよ初日を迎えた。 朝10時からオリエンテーション。 そこで手渡された学校規則は日本語で書かれていたので安心したが、 なんと説明は英語。。(おいおい、英語出来ないから留学来たのに。。涙) 重要なルール説明をしていると思われるが、なんとなくしか理解出来ない。 周りを見てみると、既に絶望に満ちた顔をした日本人がチラホラ。 ちょっと安心する。 後々分かったことだが、私の通った学校
金子 輝昭
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海外で起業し、【500万の赤字】と【リストラ】を経験してやっと学んだ「○○がない事したらあかん」という話。

Gong 皆さん。そして、将来の俺。○○のない事は絶対せずに、○○のある事を一秒でも早く実行すれば成功に近づく。二度と○○の大切さを忘れないために、二度と同じ失敗をしないために、そんなストーリーです。 この話はセブ島で起業し、東京に撤退する事になった僕の失敗談です。 初めまして!Gongです。 早稲田を退学して、20歳で公認会計士試験に合格し、 24歳の時にプログラマに転職して、25歳で独立。 そし
渡辺 和喜
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28歳で投資銀行を辞めてアメリカ留学予定だったのに、フィリピンに語学学校を設立してしまった経緯の話(第三話)

転換点 「机上の空論を並べるコンサルタントにはなりたくない!」 第二話の事件 をきっかけに、僕の人生は大きく舵を切ることになる。 色々と考えを巡らせた末に、僕が選んだ結論として、 「アジアで起業もしくは就職をし、泥臭い経験を積み重ねる!」 これこそ、今の僕に足りない経験であり、必要な経験であると定義。 さて、決めたからには行動はなるべく早くがモットー。 まず、そもそも海外経験がほとんどなく、英語も
渡辺 和喜
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28歳で投資銀行を辞めてアメリカ留学予定だったのに、フィリピンに語学学校を設立してしまった経緯の話(第二話)

【第二話:挫折】 第一話は コチラ から。 コンサルティング部門に配属された私は、10年以上コンサルティングの キャリアを持つ上司から、手厚く指導してもらい配属後半年した頃から プロジェクトリーダーとしての仕事を任されるようになった。 当時まだ26歳。 コンサルティング先の企業からすれば、 「こんな若いお兄ちゃんで、本当に大丈夫かいな?」 と思われていただろう。 年齢に加え私は童顔であるため、さらに
渡辺 和喜
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28歳で投資銀行を辞めてアメリカ留学予定だったのに、フィリピンに語学学校を設立してしまった経緯の話(第一話)

私 「御社の次の成長戦略は海外です。ことさら東南アジアは今後生産年齢人口が大幅に増加していくので、消費財を売り込むには又とない市場です。」 投資先の社長 うーん。海外かぁ。リスクも高いだろうし・・・ 私 「これからは中小企業であってもグローバルな展開は不可欠です!さぁ、ご決断を!」 編集 当時投資銀行のコンサルティング部門にいた私は、この仕事の経験値と共に 経営者に対しても物怖じしない自信を持って

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