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建山 和徳

1999年にMacintoshと出会いデザインの道へ。Webデザインとグラフィックデザインの経験を積み、2008年に「ウェブレイス」創業。2010年から講師業開始。2015年、「一般社団法人みがく」を設立。

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建山 和徳の人生のストーリー

読んでよかったストーリー

建山 和徳
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躁鬱病で引きこもっていた男が障害者福祉の事業を立ち上げるまで

10年間、封印してきた想い Web制作の事務所「ウェブレイス」を立ち上げて6年半、スタッフにも取引先にも友達にも、誰にも話していなかったことがある。 建山 障害者福祉で人の役に立ちたい つい2か月ほど前にひとつの出会いがあり、そのパートナーとともに障害者福祉の事業を立ち上げることになった。これは思いつきでもなんでもなく、10年前に決意し、ずっと封印してきた想いを形にするチャンスだった。しかし以前から
Okamori Youko
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17才でバセドウ病になった女子高生が、それを乗り越え、『貼り絵作家』として活動している話。

17才ってどんな年齢でしょう? 思春期?多感期?とりあえず今から振り返ってみて言えるのは『むずかしい年齢』でした。 リアル17才さんたち、どうですか~? 学校・進路・夢・恋愛・友達・・・ まだまだ10代ってなにを取っても「むずかしい」 そんな「むずかしい」年齢に「(発見がね)むずかしい」病気になっちゃった!話。 突然やってきた「バセドウ病」!! ある日突然「やる気がなくなる」 なんとなく「ぼーっとす
竹村 博徳
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研究室の教授に「卒論書かないけど、卒論の単位ください」と言った結果 

その日は、この上なく緊張していた。 いつものように、最寄駅に向かう俺。 ただいつもと違うのは大学入学以来、こんなに考え込んで通学したことないだろって位、セリフを繰り返してた。 頭の中で、昨夜(正確には電車に乗る数時間前まで起きていた)考えたことをくり返す。一言一句、そして何パターンも。 電車に乗り、数分間下を向きながら、何度も何度も、繰り返した。 「?やけに今日は生足多いな」と思い ふと顔を上げると
大貫 恵
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急に旦那が死ぬことになった!その時の私の心情と行動のまとめ3(本編)

前編・後編お疲れ様でした こんにちは、おおぬきです。 長々と暗い話にお付き合いくださり、ありがとうございました。実は私が本当に書きたかったことは、こちらの本編です。もう少しお付き合いください。 旦那が死んでそれからどうした? 行動①家を出ました 旦那の四十九日が終わってすぐ、一緒に住んでいた家を出ました。これはお義母さんからの提案でした。多分みんな 「家出るの早すぎない?」 って思うかもしれません。
大貫 恵
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急に旦那が死ぬことになった!その時の私の心情と行動のまとめ2(発生事実・後編)

こんにちは、おおぬきです。前編を読んでいただいたみなさん、ありがとうございます。そしてここからは、なにも言わなくなった旦那と過ごす、私と家族の最後の3日間です。いま思い出しても涙が出てくるけど、頑張って書くので、最後までおつきあいよろしくお願いします。 旦那を一般病棟(個室)へ移してもらったのが、2月14日のお昼過ぎ。人工呼吸器を装着し、太ももの付け根から血圧を維持する薬を入れるためにカテーテルを挿
野田 隼平
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電車に轢かれて脚を丸ごと一本切断したサラリーマンが、半年後義足で職場復帰した話

脚一本程度で人生は終わらない これが今の自分の姿。 左脚は丸ごと一本義足です。 股関節離断という症状で 「股義足(こぎそく)」 と言われる義足を履いています。 充実した生活を送っていた中、電車に轢かれ脚を失ったのは6年前。それから半年後、職場復帰するまでの体験を綴らせて頂きます。 生死の境目、片脚を失った人生のどん底からどうやって自分が立ち上がったのか。 その体験が読まれた方の何かのきっかけになれば
Ken Zhao
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ここが変だよ日本企業

全然おなじみではありませんが 日本語が通じないド田舎で生まれた猿が、気がついたら東京でニートになっていた話 を書いた中国人のkenと申します。 数カ月ぶりの更新のような気がするのですが、何事もなかったかのように、しれっと予め設定していたストーリーについて、更新します。 今回、本来のタイトルは「日本企業と中国企業の違い」というタイトルでしたが、どう考えても比べられるものではありませんでした。 なので、

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