STORYS.JP

土橋 健一

土橋 健一の人生のストーリー

ストーリーをリクエストする

土橋 健一の人生のストーリー

読んでよかったストーリー

Full Yuka
54
3

一本の間違い電話から始まった

16歳の冬、運命の人に出会った。 それは、鬱々とした気持ちでいた時、不意に親友と私のナンバーを半分ずつ合わせたの番号に電話かけてみた。 その番号をかけて繋がったのが今の主人。 気づけば2時間も話していた。 お互いのプリクラを手紙に貼り付けて送り合って気に入ったら会おうよ!って事になり、お互いにプリクラを見て気に入り、新宿駅でお互いに友達を連れて4人で会う事になった。 カラオケでは、いつものように私は
Frau Dichterin
31
1

彼との約束事

最近、自分の周りの環境が目まぐるしく変わってきている。新しい人と知り合って、新しい仕事の依頼が来て、それをこなして、こんな仕事がしたい、こんな風になりたいと試行錯誤する毎日だ。  ここ、ベルリンは、自分から行動を起こしたい人にはとても寛容な街だ。街の至るところにいろんなチャンスが転がっている。それを見つけて、磨き上げる。この街では、それが可能だ。  今日の私は、もう昨日の私ではない、という感覚。それ
福元 惇二
61

新卒で証券会社に入社して1年間で100件以上の新規開拓を達成し、3億円の資金を導入した話(16)

これまでの営業を振り返って 社長に謝罪した帰り道、僕はこれまでの半年を振り返った。 すると、自分の営業活動は、営業成績のことばかり考えていることに気付いた。 僕は、自分の成績のためだけに仕事をしていたのだ。 僕はこれだけ税理士のために尽くしているのに、なんで報われないんだろうとも考えてしまっていた。 僕の営業成績なんて、税理士の先生たちにとってはどうでもいいんだ。 全く関係ない。 そんな当たり前のこ
よう いんひょく
205
2

今は全力でグラミー賞の夢を追いかけている、高校の頃は、特に将来したいこともなく、特に行きたい大学もなく

韓国で生まれ日本に渡る 1987年3月2日、韓国ソウルの一般的な家庭、どっちかというと中流階級くらいの家庭に、僕は生まれました。 ソウル郊外で住んでいた僕は、親の仕事の関係で小学校4年生の時に日本に渡り、3年間愛知県春日井市で過ごしました。その後中学校はまた韓国へ戻ります。 3年間外国にいたので、言葉が母国語が少し未熟なのもあり、まぁ、だらしない性格もあり、勉強についていけず、学校の成績がよくなく、
福元 惇二
762

新卒で証券会社に入社して1年間で100件以上の新規開拓を達成し、3億円の資金を導入した話(11)

初めてのセミナーはもちろん大失敗。けど、不思議と惨めではなかった。 結論からいうと、セミナーは不様なものだった。 当然である。 何度でもいうが、僕は大した人間ではないのだ。 学生時代、何か人に自慢できるような経験をしたことも無ければ人の前に立って話した経験もないのだ。 大学のゼミで自分のレポートや研究を発表するくらいだ。 そんな僕が、50人以上の社会人(まして税理士事務所に勤めている方々)に対して、
Okamoto Satoru
632
7

大切な人を大切にする唯一の法則

自分を愛することができない人に、人を愛することなんてできない。
 自分を大切にできない人に、人を大切にすることなんてできない。 
 何もできない自分を、それでも愛そうと誓ったあの日から、全てが変わった。 
 これは僕が大学四年間をかけて、 自分の「在り方」で生きることの意味 を確信したお話です。
 
 嘘の自分 
 大学1年。
 
 高校での留学経験から、英語が得意で入った大学。
 でも、周りは自分
只石 昌幸
1341
25

無職だった当時の僕に、無理やり、彼女が七夕の短冊を書かせた結果、1年後、あまりに信じられないことが起きた〜あの七夕が僕に、なりたい姿の描き方を教えてくれた。そして、人生の快進撃が始まった話〜

嫌がる僕に、彼女は無理やり・・・ 「いやだよ!ぜってー、イヤ!!」 「お願い!書くのは、タダでしょ。好きなこと書いていいんだから、書きなよ〜」 「イヤ!! 俺は、絶対に、書かないぞ!!!!!!!」 もうすぐ、7月7日の七夕近くの、ある日、 彼女と僕は、短冊に願い事を書くか、どうかで、言いあっていた。 ただ、、、短冊に“夢”を書くだけなのに・・・ でも、 僕には、短冊に夢を書けない理由があった。 僕の
藤六 愛
214

24歳の田舎育ちの芋娘がたった3年で300人以上の生徒が通うお菓子教室を作った物語~14歳から20歳~

「お母さん、私、パティシエになる。」 14歳の時大きな決断をした。 小さい頃からモノを作るのが大好きだった とくにお菓子は人に喜んでもらえるから 中学二年生、これからの進路を決める大事なとき 将来パティシエになって自分の店を持つ そう決めた。絶対楽しい、やりたい!ねぇお母さん! 「アホちゃう」 まさかの一言で片付けられた はじめて、将来の夢を言った はじめて、自分で出した答えを言った はじめて、緊張
井上 祐巳梨
1615
12

世界196ヶ国60万人の中から、日本人唯一25人の中に選ばれた時の話

タイトルの通り、おおよそカジノで億万長者になる確率と似た確率で、ものすごい倍率を突破した時のお話です。でもこれは、私1人の話というよりは、応援してくださった方々全ての人たちのストーリーであると思っています。 オーストラリア政府の「世界最高の仕事」、ご存じでしょうか。2009年にクイーンズランド州にあるハミルトン島で「アイランドケアテイカー(島の管理人)」を世界的に募集をしたアレです。「楽しく暮らして

書きかけのストーリー

土橋 健一さんの書きかけのストーリーはありません

土橋 健一さんにもっと聞きたい話リクエストする

|