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松本 健太郎

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作家
⇒近著:大学生のためのドラッカー

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松本 健太郎の人生のストーリー

2冊のビジネス書が出版され、増刷されるまでの物語 vol.00「はじまり」

この話は、ある20代の青年が多数の仲間の協力を得て、2冊のビジネス書を出版し、かつ増刷されるまでの物語だ。 と言っても、星新一のショートショートのように簡単に終わる話ではない。なぜなら、その2冊のビジネス書は青年の20代後半の人生そのものだからだ。当たり前だが、twitterのように140字で現わせる話ではない。 と言っても、塩野七生のローマ人の物語のように壮大な物語が描かれるわけでもない。なぜなら

2冊のビジネス書が出版され、増刷されるまでの物語 vol.01「出会う」

01 2006年冬。 青年は途方に暮れていた。 なぜなら、青年に対して「じゃあ、ちょっと世界一周してくるわ」と言い残して旅立った、同期の内定者M君が抱えていた宿題を自身が担当することになったからだ。 その宿題とは、新卒人事採用担当―つまり、まだ内定者にも関わらず、アルバイトとして内定を貰った企業に勤め、そこで人事採用として自分の次の代の内定者を見つけよ、というミッションだった。 青年が言い出したこと

2冊のビジネス書が出版され、増刷されるまでの物語 vol.02「レジュメを書く」

 青年にとっての衝撃的な出会いから、何かに導かれるようにして「みどり勉強会」に通うようになった。  今にして思えば、理由は思い浮かばない。奴隷だ、破滅だと罵倒されながらも、理路整然と説き伏せられ、ひねりあげられたので、ある種、爽快でもあった。その快感を味わいたかったのか、それとも視野が広がると思ったからなのか。  まるで坂本龍馬が勝海舟に魅入られたかのように、高杉晋作が吉田松陰に心酔したように、青年

おばあちゃんと過ごした7000日と4000日、そしてこれから過ごす日々(7000日の巻)

危篤。おばあちゃんが倒れた。危篤なんよ。 その電話を貰ったのは2003年の夏、私が大学1回生のときだった。 2限目の授業が終わり、生協へ行って昼飯を買おうと移動中だった。友達と話しながら移動していたからオカンからの電話に気付かず、3回目の着信でようやく出た第一声が「危篤」。10年も前なのに、その瞬間のことを今でもはっきりと覚えている。危篤という単語が直ぐに頭に浮かばず、既得という漢字が先に浮かんだぐ

おばあちゃんと過ごした7000日と4000日、そしてこれから過ごす日々(4000日の巻)

危篤。おばあちゃんが倒れた。危篤なんよ。 その電話を貰ったのは2014年の冬、私が社会人7年目のときだった。 社内での会議を終え、フロアの自販機前でコーヒーを買おうとしている時だった。滅多に電話を掛けて来ないおじいちゃんからの電話だったので、どうせ前みたいに蟹を買ったら食べに来ないかという催促かと思い電話に出たら第一声が「危篤」。10年前のデジャヴだとだと思うと同時に、あのときのように取り乱すことが

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