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Kataoka Kouichi

L'Arc-en-Ciel,GLAY好きの元バンドマンです。てっちゃんに憧れてベースを始めました。今はやってないですが、またやりたいです。

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Kataoka Kouichiの人生のストーリー

スーパーファミコンと年下の友達が宝物だった時代

山のふもとにある田舎の小学校で6年間を過ごした光市。 学年があがるにつれ、最初は学年に1クラス20人しか居なかったが 最終的には39人になり(途中夜逃げで一人居なくなってしまった…) 下の学年以降は2クラスに増え、団地内にも次々と家が建ち、 同じ団地の年下の子達と良く遊ぶようになっていた。 運動神経もそこそこよく、 運動会の地区別リレーでは大体学年代表として選抜され 同学年の中でも短距離だけはトップ

名古屋港水族館での忘れ物ーいとこに情けない姿を見せてしまった光市

小学5年の頃だったと思う。 熊本に住んでいる、いとこのヒロミとタクヤがこちらに遊びに来た事がある。 ヒロミは学年で言うと2つ下、タクヤは3つ下。 二人とも目がくりっとしており直毛のさらさらヘアー。 天パーでたれ目な俺からしてみれば なんとも羨ましい遺伝子を受け継いでいる。 妹のayumiとヒロミは学年が一緒で 生まれた日も近い事もあってかとても仲が良く、 タクヤも俺の事を慕ってくれていた。 遊びに来

ベースラインに衝撃を受けた中2の冬

中学に進学して、しばらくした後 部活はどうするかという悩みが最初に出た。 当時スラムダンクの影響で、 絶対にバスケ部に入るんだと考えていたが 仮入部の段階で練習が想像以上に ハイレベルなもので 先輩もかなり大人に見えたし 必要以上に萎縮してしまった事もあり チキンだった俺は結局 同じクラスで仲良くなった俊樹君の誘いで 卓球部に入る事に。 ※今ではバスケやっていればよかったと 少し後悔している。 それ

伝説の赤髪ギタリストの死去

大体中2とか中3にもなれば、 ミュージシャンとか ジャニーズとか ドラマとか バラエティとか みんな大体はまってテレビ観てたので よくその話もしていた。 特にロックバンドはかっこよく見えたし X JAPANのコピーとかやってる奴らも。 XJAPANといえば彼が思い浮かぶ。 俺が中3の時にhideが死去。 当時存在は知っていた程度で、 亡くなってしまった後すぐくらいに ”ピンクスパイダー”が発売された

バンドが出来ない…!?

16歳になり、高校が始まるとすぐに、 またラルクがシングルを出した。 HEAVEN'S DRIVE ”またなんじゃこのベースは!?” この辺から、もう完全にファンになっていた。 この曲、なにがやばいって、 ベースが超主張してくる。 サビとかほんと、天才的なフレーズ。 かっこよすぎ。。。 なんだこのベースは!?再び笑 しかもあんなベース弾きながら tetsu氏はコーラスもこなしているので マジで天才だ

バンド漬けの一年。

高2になると、1年の時も同じクラスだった 野球部の中条というやつがいたのだが そいつから「かっつんバンドやんない?」 と誘われる。 ※当時のあだ名は『かっつん』 俺がベースをやっている事は知っていたので、 練習しといて良かったと思った。 中条と同じ中学だったギターの吉田君と龍一君、 中条と同じ野球部のドラムの近藤君と ベースが俺で 中条がボーカル という5人組。 まぁよくあるコピーバンド。 みんな気

大学に行く意味を見いだせず

一応高校は進学校だったため 高3にもなると一気に受験モード。 今まで同じクラスで仲良かったやつも 別のクラスになってしまい コピーバンドの方もみんな 受験やら就職活動に集中したいから という理由で解散。 この一年は楽しかった記憶がマジでない。 バイトも一応受験だから…という理由で辞めた。 家に帰ってきても勉強する気ないので ゲームとか携帯いじったりとか テレビ観て普通にゴロゴロしてたと思う。 あまり

就職から逃げる

とりあえず通う事にした専門学校。 適当に選んだ割には 真面目に学校には行ってたと思う。 他にやることもなかった…というのもあり。 適当に選んだ学科だったが Photoshopとかイラストレーターを使って 絵を描いたり写真の合成とか デザインの事も学ぶ学科だったが これが意外と面白かった。 動画編集もやった。 自分でシナリオ考えて絵コンテ書いて 撮影して編集して なんて事もやった。 一年の終わりになる

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