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中島 麻織

中島 麻織の人生のストーリー

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中島 麻織の人生のストーリー

読んでよかったストーリー

Fujiwara Ai
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まだ一回も婦人科検診を受けたことがない20代女性がいたら是非読んで欲しい、卵巣手術した時のお話。

だってこわいもん。 2012年3月末、当時25歳の私は初めて産婦人科へ検診に行きました。 周りの友人が急に子宮頸がんとか言いだして、検診行った?とか聞かれて 答えがノーだと凄い勢いで受けなさいよと言われていた、 のに なかなか行けずにいました。みんなも怖いよね? 正直未知の世界が怖かったし 病院好きじゃないし(好きな人いないか) 私はきっと大丈夫だろうと自負していました。 そんな私が行こうと奮起し
高原 響
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マタニティマークの話。

マタニティマークをつけていると、いろんなドラマがある。 私が十月十日の妊婦生活の中で印象に残った、あるオジサマの話をしたい。 いまお腹にいる子どもが大きくなったときに 「あなたはこんな人にも守ってもらってたんだよ」 と伝えたいから、書き残しておこうと思う。 自分がなってみて初めて分かったけど、妊婦は本当に身体がしんどいことが多い。 個人差があるけど、多くの人が 初期はつわりでツライし、 安定期を越え
Kuribara Kao
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許すことをやめて認めることを頑張ることにした

 私はかなり小さい頃から両親が好きじゃない・・・というか憎んでいる部分が心の中にある。   これを言うと大概は「生んでもらって育ててもらったのに恩知らず」とか「もっとひどい親だっているじゃない」と言われることは重々承知している。  でも心の中を覗くと憎しみと怒りと悲しみがある。殴られたこと、蹴られたこと、暴言・・・ 自分の心の根幹を揺るがすほどのことがたくさんあった。トラウマも沢山できた。 同時に「
Ninaki Shoichi
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母がくれた言葉

僕がまだ幼い頃のお話。 僕が生まれ育ったのは九州・福岡県。 日本人の父、在日韓国人の母、そして僕の3人家族。 幼い頃から母は愛車カローラ(当時)の助手席に僕を乗せ、 いろんなところへ連れてってくれました。 母はドライブするときいつも車内で音楽を流してくれました。 ごはんを作るときの鼻歌はだいたい韓国の歌謡曲でしたが、 車で流す曲は海外のものが多かった気がします。 ビリージョエル、リチャードクレイダー
Tanzawa Tan
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キャリアプランとかいうけど先が見えたら辞めたくなるもんじゃないかな。

初めての就職 かれこれ20年前。簿記の専門学校を卒業して初めて職についた。「就職氷河期」という言葉はそれ以降も何度か聞くけど私の時代もちょうどバブルがはじけてすぐの就職氷河期だった。 簿記専門学校でもらった税理士事務所のパンフレットから「雰囲気」で決めたのはbig4(グローバルな会計事務所と連携している日本の4大監査法人)のグループ税理士事務所のひとつ。根拠のない自信に満ちあふれていた私は一切臆する
m m
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5年でハイリスク妊娠、中絶、離婚、再婚、出産を経験した私が伝えたい4つの事・後篇

※ このストーリーは「5年でハイリスク妊娠、中絶、離婚、再婚、出産を経験した私が伝えたい4つの事・前篇」の続きになります。 前篇はこちら… http://storys.jp/story/7157 【後篇の全文字数:約11,000字】 15.2007年9月6日 16.6週間の休暇 17.職場復帰 18.腎臓の病気を発症 19.夫の浮気 20.入院の夜 21.心が離れた理由、そして離婚 22.再婚と出産
Abeshi Abelog
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うつ病で休職してるけど、Twitterで1000RT達成したらうつ本を出版するという目標を作り、それから1ヶ月たったけど200RTしかいかなくて、心が折れそうになりながら、しょくぱんゆるキャラとか、Twitterで知り合った方々に励まされ、出版するまで頑張る28歳(男)の話

■はじめに はじめまして!おはようございます、こんにちわ、こんばんは!あべし(@honjituno)です!あっ、@honjitunoは、ぼくのツイッターのIDです(ぜひ探してみて下さい、しょくぱんのアイコンのあべしが見つかるはずです)!長い長いタイトルのお話に目をとめて下さりありがとうございます。 えっと、何からお話しようかな・・・。ところでみなさんはどんなきっかけで、このお話に興味を持たれたのでし
大貫 恵
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急に旦那が死ぬことになった!その時の私の心情と行動のまとめ3(本編)

前編・後編お疲れ様でした こんにちは、おおぬきです。 長々と暗い話にお付き合いくださり、ありがとうございました。実は私が本当に書きたかったことは、こちらの本編です。もう少しお付き合いください。 旦那が死んでそれからどうした? 行動①家を出ました 旦那の四十九日が終わってすぐ、一緒に住んでいた家を出ました。これはお義母さんからの提案でした。多分みんな 「家出るの早すぎない?」 って思うかもしれません。
阪口 ユウキ
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あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。

どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで! こんにちは! 個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口といいます。 僕は今の仕事をはじめてまだ稼げなかったとき、2011年9月~2012年4月まで、 大阪・あいりん地区のドヤ街で暮らしていたことがあります。 (詳しい経緯は「 鬱病で半年間寝たきりだった僕が、PC1台で世界を飛び回るようになった話。 」で書いてます)

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