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曽根 正裕

自分の一部を表しているであろう言葉の数々

妻と子供3人と犬2匹・脱サラ・箱根・東山動植物園・車
アンデス音楽・無線・ステレオ・不動産・マチュピチュ

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曽根 正裕の人生のストーリー

海に向かって「好きだ~!」と叫んだら伝わればイイのにね~

「吉川く~ん、君のことが好きだ~~!」 こんな風に叫びたい時って、ありますでしょうか? まぁ、実際にそんな行動をとることは無いにしてもですよ・・・ そんな行動をとろうとした時の、心の状態を考えてみたりしますとですね こんなことが推測できます ①できれば、自分の本当の想いを伝えたい ②がしかし、直接伝えるのは、なんとも恥ずかしいし ③それを伝えたら、相手が迷惑かも知れないし ④そっと胸にしまっておこう

相手の連絡先がわからなくても、自分の想いが伝われば良いのにな・・。そんな「伝心メール」というサイトを作ろうとしたときの発想です。

今は連絡先がわからない、でもこの手紙、何とか届けたい

「連絡先わからんと、連絡できないんか?」 まぁ、こんなわかりきった事に対してホンキで考え始めたのが3年前 その2年後である昨年9月 ナント、特許がとれてしまいました~ ちょっと・・・というか、正直、かなり大変ではありましたが・・・ 今は、いつの日か、普通にこのシステムが利用される日が来ればな~ なんて思っています。 今回は、 「連絡先なんかわからんでも、何とか伝えるぜ!」 という大変無謀、且つ、大胆

本当に大切な気持ちに気付いた時は、もう相手の居所がわからなくなっている。人生はそんなことが多いです。そんな大切な気持ちを伝えるシステムをどうしても作りたかったのです。

「神様、どうか私の本当の気持ちをあの人に伝えて下さい」

本当の想いを伝えることは難しい・・・ 何故、難しいのでしょうか・・・ 『本当の想い』  というのは、大抵の場合、 重苦しい内容  です どうしたって、「伝えるタイミング」 と 「伝える方法」 に悩んでしまいます 「何を伝えるべきか」   ということに悩んでいるのではなく 「いつ、どうやって伝えるべきか」   実際のところ、この問題に悩んでいることが多いはずです それならば・・・ 「まず、本当の想いを

面と向かって直接伝えられることは、実は本当に心から滲み出るような想いではないのでは?本当は、「伝わらないかもしれない」と思って綴る内容が、真なる想いではないのだろうか・・。

30年前に他界した母からのメッセージが今届いたら・・

『ソネさ~ん、ソネマサヒロさ~ん、ご実家から緊急の電話が入っています』 どう呼び出されたのかは明確に覚えていないが、 大学を卒業し、富士ゼロックスという会社で研修を受けていた7月初旬の週末 厚木の宿泊施設(寮みたいなところ)で疲れて寝ていたお昼頃だった 母、危篤  という知らせだった その2週間前の日曜日 『ちょっと心臓が変みたいだから、病院で検査してもらってくるねっ』 いつもの明るい笑顔でそう言わ

母の死に際に間に合わなかった後悔をずっと引きずっている。いつか、時間軸を超えて、伝えたかったことが相手に伝わるのなら、それは素晴らしいことだと思う。

YahooやGoogleで自分の名前を入れて検索したら、「貴方宛と思われるメッセージを預かっています」となるのが最終的な理想です。

YahooやGoogle   検索サイトって便利ですね 知りたいこと、調べたいこと、 検索窓にキーワードを打ち込むだけで 目的とする内容のサイトへ辿りつけます 私の場合、結構気を遣う不動産情報を扱う仕事なものですから、 殆どの場合、初めて会う方、初めて訪問する会社、 不動産登記簿に記載されている所有者名など、 まずはネットで下調べをするのが習慣になっています。 その意味で、昨今のネット環境には、と

「伝心メールで伝えておけばいいじゃん?」という会話が日常で聞こえる様な、そんな世界に期待しています。

『伝心メール』のプログラムを作成したPIK村井社長という変わったオジサン

世の中、面白い人っていますね~   今回のストーリーは、ここ数年で知り合った方の中で、何だか良くわからないが、とにかく変わっていて面白い人、 PIK というWEB制作会社の代表でいらっしゃる、 村井さん のお話です。 ※ご本人には本内容掲載のご了解を戴いております 数年前、 『相続知識のススメ』 というサイトを、私の会社で立ち上げたのですが、その時にお世話になったのが、村井さんの会社でした。   当

村井さんがいなければ「伝心メール」サイトもできず、きっと特許も取れなかったと思っています。

進路を考え始めた若い方へ ~行き当たりばったりで独立した男の回顧録~

10代、20代、30代、40代、そして今、私は50代前半を生きています。 簡潔に纏めるのはなかなか難しいのですが、まずは、私の過去を纏めてみます。 10代前半(小学~中学) 自らの意志というよりは、父の影響を受け、自宅で化学実験をしたり、顕微鏡を覗いたり、アマチュア無線をしたり・・という、典型的な理系人間として育っていた。 この頃は、子供(自分)の目に映る、「不思議な自然科学」への興味が非常に強かっ

爺っちゃんと桜

「爺っちゃんよ~! 頼まれた桜の枝、持ってきたでぇ。 接ぎ木すんのか~?」 こうして、母体から切り離された僕は、爺っちゃんにあずけられた 「ありがとうよ~ その辺に置いといてくれやぁ」 ほどなく、僕は爺っちゃんの手によって、接ぎ木された 「爺っちゃんよ~! うまく行くといいが、その花が咲く頃、あんた、この世にいないぜきっと!」 爺っちゃんは色々な人からそんな事を言われたが、黙々と僕を育ててくれた。

桜を育て、守って来た人のことを忘れないでほしい。そして、スポットライト浴びる場所の陰で支えてきた人のことも・・。

読んでよかったストーリー

坪田 真紀
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大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。

今日は父の日です。 この、STORYS.JPさんの場をお借りして、 私から父にプレゼントをしたいと思います。 その前に、少し私たち家族をご紹介させてください。 父を嫌う娘 お父さんなんて、嫌い。 話したくない。 話かけんな。 そう思っている子は多いと思います。年頃の女の子なんて特に。 よくある父と娘の話です。 私もその中のひとり。 私が家に帰ってくるたび、話かけてくる父でした。 「仕事はどうだ?」
Inaba Hiroaki
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つながりすぎたネットワーク

 以前Tumblrを眺めていたらこんなフレーズが流れてきた。 "小さな承認を大仰に分け合う、繋がりすぎた私たちのネットワーク"(合評 duenn feat. Nyantora/duenn 文:野田 努、竹内正太郎 Feb 20,2012)  その結束の度合いに関わらず、集団ができた時にお互いの価値を認め合う(相互承認が行われる)というのは当たり前のことだと思うのだけど、それがテキストベースで行われる
Inaba Hiroaki
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ひとりであるということ

 丸一年というには少し早いけど、思い出したので書いておくことにする。  ずいぶん昔、もう10年以上も前にネットで知り合ったある男性がいた。仕事を程々にこなしながら、家庭を持ち、クラブミュージックが大好きで……といったごく普通の男性だった。  それから7,8年近い時間を経て、twitterでその人から「お久しぶりです」みたいな感じでリプライがあって、なんとなく近況を把握するような感じになった。  TL
大塚 雄介
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時の試練に耐え得る良いモノを創り出したい

良いモノを見て。 良いモノを聞いて。 良いモノに触れて。 良いモノを食べて 良いモノを感じ 自分が良いと思った断片をストックする。 結局、自分の経験した以上のモノは創れないんだと思う。 良いモノには、時間もお金も費やしたい。 時の試練に耐え得る良いモノを創り出したい
大塚 雄介
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素晴らしいサービスと素晴らしいチームとの出会い

今日とても素晴らしいサービスに出会った。 いや、正確にはサービスは知っていたんだ。 でも、サービスの背景にあるSTORYと出会えた。 そんな気がする。 僕は常々、素晴らしサービスは そのサービスを心底愛している人から生まれると思っている。 自分が心からサービスを愛していれば サービスを創っている時間なんて気にならないし 時間が気にならなければ、いつまでだって創っていられる。 そうすれば必ず素晴らしい
Nose Hiroyo
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忘れられない授業の話(1)

概要 小4の時に起こった授業の一場面の話です。 自分が正しいと思ったとき、その自信を保つことの難しさと、重要さ、そして「正しい」事以外に人間はどんなものに動かされるのかという事に気付かされた印象的な場面でした。 小4、国語の授業、定年間近の先生。 忘れもしないその授業は国語の授業でした。 担任の先生は定年間近の女性の先生。 (実際には年齢不詳で、そんなお年とは誰も想像していなかったのですが。) 説明
Motonaga Mitsuhiko
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facebookに追加してして欲しいサービス

Facebookに追加して欲しい新しいサービスは【タイムカプセル】のようなサービスです。   私は、大学を卒業する前にサークルの皆でタイムカプセルを埋めました。大学卒業後5年後に皆で集ろうと約束し、皆で今一番ホットなモノを1人1つ入れました。確か私は大学時代サッカーのサークルに所属していただので皆で写った写真などをアルバムにして入れたような気がします。そして5年という月日はあっという間に過ぎ去りタイ
Nose Hiroyo
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生まれてきただけで親孝行していた話

概要 26歳の春に、ふと母がしてくれた話です。 人とコミュニケーションを取るのが苦手で、孤立していた母。 そして、いつもフラフラとして唐突に留学したり関東に就職したりする親不孝な私。 しかし、そんな私が運んでいた思わぬ「プレゼント」があったのです。 単身嫁いで出産した母の孤独 母は元々、どちらかというと悲観的で心配性な人です。 そんな母はお見合いを機に父と結婚しましたが、時代も時代。実家に連絡をとれ

書きかけのストーリー

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