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Kagayaku Masamura

Kagayaku Masamuraの人生のストーリー

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読んでよかったストーリー

Okamoto Satoru
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大切な人を大切にする唯一の法則

自分を愛することができない人に、人を愛することなんてできない。
 自分を大切にできない人に、人を大切にすることなんてできない。 
 何もできない自分を、それでも愛そうと誓ったあの日から、全てが変わった。 
 これは僕が大学四年間をかけて、 自分の「在り方」で生きることの意味 を確信したお話です。
 
 嘘の自分 
 大学1年。
 
 高校での留学経験から、英語が得意で入った大学。
 でも、周りは自分
菱沼 真
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人生で大切なことは全て小学校の校長室で学んだ

僕は小学生の頃、いわゆる「いじめ」で不登校になっていた時期がある。 「死にたい」 そう真剣に思っていたこともあった。 その窮地を救ってくれたのは、小学校の校長先生だった。 そして保健室登校ならぬ、「校長室登校」を経験した。 こんな話、人前でしたことなんてなかったが、当時の自分の素直な気持ちと、校長先生への感謝の言葉としてSTORYSに書きたい。 不登校 小学6年の時だ。 僕は不登校に陥っていた。 不
Mami Yamazaki
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10年間月収15万円だったフリーター旅女が、わずか3週間で月収を10倍の150万円にした話

1。はじめに このお話は 今のようなライフスタイルを 手に入れようと思ったきっかけSTORYの続編であり、完結編です。 ◎ 地元から一歩も出たくなかった私が石垣島への移住きっかけに人生が様変わりした話 ◎「思考の現実化」を身をもって体験した話 2015年4月。 わたしはほとんどお金が入っていない預金通帳を持って 無謀にも上京しました。   そして、4ヶ月たった今。 ”ライフワークコンサルタント”とし
Mami Yamazaki
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地元から一歩も出たくなかった私が石垣島への移住きっかけに人生が様変わりした話

【引越し編】 1。ふられた まず、私がこの話で伝えたいことを書いておく。 ひとつめは、 何かを失うことはこわくないということ。 ふたつめは、 環境が変わることもこわくないということ。 みっつめは、 付き合う人が変わると世界が広がるということ。 私はあと半年で30になる冬。当時4年くらい付き合っていた彼氏にふられた。 ちょうどその頃、弟の結婚が決まっていた。 私はとにかく気を紛らわせるため、仕事とバイ
Mami Yamazaki
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「思考の現実化」を身をもって体験した話

1。開き直ってみよう! わたし 好きなことしかしない!! 好きな人としか付き合わない!! ずっと旅が好きだったわたしは、正社員という安定を捨てて、 常に派遣とバイトというダブルワークに勤しんでいた。   しかし30歳をすぎたあたりから、 私はいつまでこんな不安定な生活を続けられるのか? という不安が常につきまとった。 家族の”不良債権”感がどうしても抜けない。 ひとつ下の弟は立派に家庭を持ち、両親と
アルバート 伊藤
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自殺を決意した40代のオジサンが直前でチャットした変な10代。

今の時代LINEというアプリは生活に欠かせないコミュニケーションツールになり、犯罪はもちろん、政治家の失言なニュースでも良く取り上げられるようになりました。ちょっと前まではこれを「メッセンジャー」なんて呼び方をしていた覚えがあるんですが、皆様が覚えている初めて使ったメッセンジャーはなんだったんでしょうか。 僕にとってそれは「ICQ」というソフトウェア(アプリ)でした。ICQは1990年代中東で開発さ
BRIDAL TULIP
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恋愛ヘタクソの32歳独身女子が、結婚相談所で夫を見つけたあと、婚活カウンセラーになるまで

32歳、独身女子、ピンチ 出会いを求める下心を抱きながら、 朝活や異業種交流会に参加する日々。 しかし、自分が期待していた出会いはない。 ある日、自分で自分につっこみました。 私 結婚したいのに、異業種と交流している場合じゃないだろ。。。 ふと、異業種交流会でもらった1枚の名刺を思い出しました。 名刺には聞いたことのない結婚相談所の名前が。 「ブライダルチューリップ」 のちに私が成婚退会を果たし、
佐藤 英太
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中学生のときはじめて、自分が障害者だと知った。ショックだったけど、でも、それは財産だった。自分の障害を財産だと思えるまでの10年間の葛藤。

中学時代 自分の障害を自覚する。 ぼくは、言語障害と感音性難聴を煩っています。言語障害は、口蓋裂という先天異常に起因する構音障害で、発音が上手にできないものです。感音性難聴は、音を言語に変換する機能が弱いものです。ぼくは、いわゆる奇形児として生まれました。それを知ったのは中学生の時のことです。 小学生のときは自分の障害について何も知らず、悠々と過ごしていました。中学生になると、ぼくの発音をばかにして
才藤 恵太朗
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『友達ゼロの人嫌い』が3.11被災生活を通して『人すげぇ!ホントはみんなイイやつ!』に変わり20年の人間嫌いを終わりにした話

東北、宮城県の 地方都市、仙台。 ここに、 無関心 ・ 無関係 ・ 無感動 三つの『無』 を抱えて、過ごしていた男がひとり。    それがこのオレ、ケータロー。    当時29歳、 転職回数は両手でも足りず、 カネもなければ、 友達もいない。 服が好きで目指した古着屋の開業も、 やらない理由を後付けしては 本当のところは…もう諦めていた。 『明日からやる気だす。』を毎日言い続ける そんな日々…。  
春明 力
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【中篇】「人のせい」にばかりしてたダメ社長が、「一生食べていける仕事」がダメになって、「一生食べていける生き方」を身につけた話。

このストーリーは、 【前篇】「人のせい」にばかりしてたダメ社長が、「一生食べていける仕事」がダメになって、「一生食べていける生き方」を身につけた話。 の続きになります。 ---------------------------------------------- 僕が言うとおりのシステムをつくってくれたら、 うちの会社で売ってあげるよ。 月最低でも20本は売れるから、 毎月最低でも100万は保証でき

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