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堀 正斉

早稲田大学卒業後、商社を経てR-Storeという不動産のセレクトショップで働いてます。会社員として働く傍ら、趣味でプログラミングをしてます。会社以外の場所で、仲間とともに仕事を創る「二足のわらじ的働き方」をふらふらと実践中。B&Bのような人も知も混ざる場を作りたい27歳

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堀 正斉の人生のストーリー

どうして僕はベンチャー企業に移ったのか、少し考えてみた。

世間はGW。僕はそんな中、せっせと仕事をしている。 普通だったら「ブラック企業だ!」とかなんとか言って、twitterやfacebookに不満をぶちまけていることだろう。 でも不思議とそれがない。 会社でmacを支給されているからなのか。 普段から自由に働いているからなのか。 はたまたやり手の社長にだまされているだけなのか。 というのは冗談だけど、、、 ある程度守られた、そして給与も頑張れば水準以上

1年前、普通の会社員だった僕がベンチャー企業に転職し、わずか3ヶ月で事業責任者に抜擢された話

以前僕は、「 どうして僕はベンチャー企業に移ったのか、少し考えてみた 」というタイトルでエントリを書き、こちらのサイトにお世話になったことがある。 前回は転職してから3ヶ月、ベンチャーってどうなのっていうところを新規事業を任されたところまでの時系列で追って、個人的な感想を含めて書いてみた。 これから新規事業を立ち上げるにあたって、色々と悩まれている方の指針に少しでもなればと思い、今回立ち上げに関わっ

ベンチャーに入って、新規事業をリリースするまでの経緯を書きました。

少しずつ、少しずつ。

会社員になってから 「このままじゃやばい」 と思っていろんなところに出かけてみた。 セミナー、イベント、読書会、勉強会、食事会etc… 読書もした。会社の飲み会をほぼすべて断り、ひたすら本を読んだ(しかも自己啓発本ばっか) そうすると、少しずつではあるが、変化が現れるようになった。 ここ1年くらいで、本を出している人とか、テレビに出ているような人とか、web界隈での有名人とかとつながりを持てるように

ようやく気が付いたこと

2013年2月9日、25歳になった。その日は偶然にも本を出版する人の出版記念パーティに呼ばれていて、出版をされた著者の方はもちろん、ベストセラー作家や、様々な仕事をしている人から名刺をもらったりした。 まあそんなことはどうでもいいのだけれど、25歳になってやっと、気がついたことがある。 自分の人生を歩もう ということ。 ん?と思った人も多いでしょう。そんなの当たり前じゃん。と。 少しわき道にそれるけ

頭で分かることは、そこまで重要ではない。

僕は、4月1日で社会人3年目だ。 3年って、何となく区切りが良くて、色々な分岐点になるであろう年だと勝手に思っているので、少し思いをつづってみる。 入社して3日くらいで、「あれ、やっぱ入る会社間違えた!」思ってしまった僕。 そして今でも、やっぱ間違えた!と思っている僕。 とはいえ、自分なりに色々とやってみて、そう考えているのである。 まず手に取ったのは本。 いわゆる自己啓発本が中心。悩める人が読んじ

むかしからいまへつながる線

僕は7年前、憧れの大学の門をたたくことができた。 親父も通っていた大学。小さいころから箱根駅伝で見ていたこともあったのだろう。 僕は1年間の浪人の末、早稲田大学 人間科学部に進学した。 本当に努力したし、あそこまで自分をストイックに追い込んだことはないような気がする。笑 とはいえ、実は第一志望の学部に合格したわけでは無かった。 当時の第一志望は早稲田大学 スポーツ科学部。僕は、スポーツがもっと日本に

ちょっとだけ、人生を振り返ってみようと思ったので。。。

僕の人生にもconnecting dotsが起こった話。

You can't connect the dots looking forward. You can only connect them looking backwards, so you have to trust that the dots will somehow connect in your future. You have to trust in something--your gut

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