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岡田 真裕子

大学2年生。19歳。
【与えられたものを忘れずにいたい】
という気持ちでのんびり書いてます。詳しくはFacebook、Twitterへ。メッセージ、申請お待ちしています☺

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岡田 真裕子の人生のストーリー

小中高いずれも不登校を経験しつつも大学入学して元気にすごしてる躁鬱系女子の転換期の話

 タイトルのとおりわたしは小中高とめっちゃ真面目に行く期間と行かない期間の差が激しく、 休んだトータル日数は12年間の内の4年間。 これは本当に人それぞれだけど、わたしは親との関係と無気力感から不登校になった。 健康な人は不登校の児童に対し、 「それは自分に甘いだけだ」 「ヤル気がないだけ」 「そんな休んで何してるの」 と、思うだろう。 実際、」父親に当時そういわれた。 しかし、不登校児童だった私自

不登校でも大学行ける。

母親に感謝している事

つい先月の事 部活の合宿でみんなでクイズ番組のQ様を見ていた  文学や歴史ほコーナーで 「清少納言!!」 「アンネフランク!!」 「この人知ってる‼︎」 昔読んだ偉人の伝記に載ってた人々と対面できてるようで 楽しくなってる自分に 大学の教授が 「真裕子すごいな!」 と、ひとこと 普段は全く勉強への意欲が向かず努力はできないが、知識は人よりあることを認めてもらえた気がした(大学Fラン) 昔読んでたその

我が家のクリスマスプレゼントは周りと違った。

18歳でパチンコ屋で出会った31歳と付き合った話

高校3年生のバイト先は特殊だった 高校3年の秋、周りの子は受験で余裕がない中わたしは家を出て一人暮らしを始めた。 生活費は親からもらっていたが単位制の高校は週1日しかなく、ひどく暇だった。 わたしはバイトを始めた。隣の隣にあるコンビニに面接に行ったら、パチンコ屋のなかの系列店に行くことになっていた。店長の口がうまく、べつにパチンコ屋でもいいやと適当に考えていた。 しかし、初日からたばこが分からずヤク

彼との出会いはパチンコ屋

18歳でパチンコ屋で出会った31歳と付き合った話②

平成27年3月23日、13歳差カップルが誕生 海で凍え死にそうになった日から約3か月2日に1度は会っていた。一緒にご飯食べたり、買い物に出かけたり。でも、「好き」とはお互い口にしなかった。 今が一番楽しいから、好きと言ったらこの関係が変わってしまうのではないか? そんな不安から想いを伝えるのを踏みとどまっていた。 3月23日、彼と明治村にいった。(愛知県にある、昔の建造物がたくさんあるところ) 古い

パチンコ屋にいた彼の人間性

バイト先の常連客のヤクザさんが気付かせてくれた事

ヤクザさん 肉まんは入ってねーし、ポットのお湯は入ってねーし、お前やる気あんのか!!!! わたし 大変申し訳ございません今すぐ準備いたしますっ 休日の午後、このコンビニの一番忙しくて余裕のない時間。 お客様から怒号が飛んだ。この店舗の常連のヤクザさんだ。 (こ、殺される) という恐怖から震えが止まらなかった。ガクガクしながらカラのポットにお湯を入れ、注文したのに入れ忘れた肉まんを袋詰めする。 この時

ヤクザさんは怒った

米津玄師の歌詞のたったワンフレーズで考え方が変わって幸福感が増していった事と私が自らの体験を投稿する理由

アヒルが回っている…  ある日の土曜日の朝。眠気眼でテレビの音楽番組をみていた。 「なんだこれ?!」 米津玄師 ベイビーベイビビアイラービュー… アヒルが回転しているわ、ロブスターがでてくるわ、意味不明の歌詞をアーティストは発している。 画面を食い入るように見た。 (よねづけんし…?聞いた事ないが気になりすぎる…) ポピュラーな音楽とはかけ離れたそのインパクトに惹かれた。 これが米津玄師とわたしの出

大好きなアーティストさん

半同棲をしていたときの事

彼 俺、ここに引っ越すことにした!  まだ彼氏でもなかったけど間もなく彼氏になる彼が選んできた部屋はわたしの住んでいるところから徒歩5分のところだった。 わたしは大学生になるため引っ越したばかりで、彼は社会人で実家暮らしだった。 親から自立して生活するということだった。 大学と彼の職場は近く、必然的にアパートも近くなった。 大学生活そうそう遅刻を繰り返すわたしを見かねた彼は 彼 一緒に朝ご飯を食べよ

siawase

デューイについて調べたら自分の事を前より大切に思えるようになった。

心の声 あの子よりもできないなんて、あたしってダメダメやん。 わたしは常に人よりできるかできないかで一喜一憂する癖が物心ついたころからあった。 妹と、幼馴染と、クラスの子と。 自分よりできない人がいると見下して安心して。 人よりできないと見下されてる気がして ひどく落ち込む癖があった。自分を貶していた。 小さい頃から父に 「妹は顔が小さいけどまゆはデカいなあ」 「妹は俳句の才能があるなあ」 「お前は

読んでよかったストーリー

白井 莉音
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医療事務でのイジメで人間をやめようと思った日の記憶

 明るい未来しか見えなかった医療事務への就職 私は希望に満ち溢れていました。 高校を卒業して専門学校へ行き、 専門学校では友人たちとの楽しい学生時代を謳歌。 2年生の秋には無事に就職先が内定していました。 内定先は地元では有名なクリニック。 クリニックの中では規模が大きく、 入院や手術をしていたり、食堂があったり 設備が良いところでした。 私がそのクリニックの面接を受けた理由は お給料やボーナス、福
黒川 彩子
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【おしゃべりな胎児①〜妊娠するためにしてほしいこと〜】子宮と胎児が教えてくれたちょっぴり不思議でおもしろい妊娠と出産のおはなし

◆第一話◆  〜妊娠するためにしてほしいこと〜 妊娠するために何をしたらいい? これは私が妊娠する前に、 私の子宮と、やってくる(予定の)胎児 に向かって聞いてみた質問です。 数ヶ月後に結婚を控え、子供のことも意識するようになっていた頃。 年の離れた旦那様の年齢を考えると、できれば早めに赤ちゃんが欲しいなとぼんやりとは考えていました。 〜実はこの結婚に至るまでにも紆余曲折がありました〜 人の目ばかり
土田 ひとみ
1221
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【末期がんの父に贈った病院ウエディング】めげない心が起こした奇跡

「国語も算数も全部できなくていい。 ただ、 これだけは誰にも負けないという たった一つの道を見つけなさい」 小学生になったばかりの私に、父が言った。 普段、こんな真面目なことを言わない人だったから、 この言葉は、私の胸にグッと刻まれた。 それからいつもこの言葉は胸にあった。 だけど、 「たった一つの道」は見つからないままだった。 だって、簡単に見つかるものじゃなかったから。 もう、探すのも辞めようか
Miyoshi Hirofumi
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大学3年生の男が、小学4年生の男の子から教わったこと

3月。 凍てつくように寒い。  感覚がなくなっている。  時刻は深夜の12時。  雨がしんしんと降って、月が遮られたせいで地面は全く見えない。  僕は、キャンプ場にいた。真っ暗のけものみちをひたすら歩いている。  荷物を抱えて。子どもたちと一緒に。  僕は、そのキャンプのボランティアリーダーだった。参加者の子供は15人ほど。それを何人かのリーダーが、サポートする。僕らは、雨がふってきたので、荷物を傘
H Satomi
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長い線路の終点で

アウシュビッツ(オシフィエンチム)訪問記 *日記など全く書かない私がよほどインパクトがあったのか当時のパソコンにメモしていたものをほぼそのまま転載します。(訂正・加筆あり) *当時の私はスペインに留学中の為、英語とスペイン語が話せます。 *文章中に出てくる会話文は英語でメモしていた文章を意訳した者です。読み辛いかもしれません。 *以上の事を理解していただける方はどうぞ 2011年5月27日 晴天 ワ
Tan Shoko
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再婚1年目、腸が半分になりました。

ぴったり当たった占い 占い師 あら、あなた30歳くらいのとき気をつけて! 私 む? 占い師 刃物が見えるわ! 刺されるのかも。ストーカーかしら。 あなた綺麗だから。 それか手術とかかも。 私 ・・・いやぁ~~。照(←違) すごく怖いこと言われてるのにひさーしぶりに キレイとか言われて喜んでるめっちゃアホな私だったと思います。 うん、喜んだらいいのかおもしろがったらいいのか 怖がったらいいのかよくわか
abe satomi
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好きな人と一緒に暮らした、小さなアパートの小さなワンルーム。初めての2人暮らしで気付いた「○○が1番幸せ」ということ。

通っていた大学の裏側に位置する、少しだけ急な坂道の上にある学生アパート。 今年で27歳になる私がこれまでに住んできた家の中で、1番居心地の良かったその家は、別に立地が良いわけでも、きれいな新築マンションというわけでもありませんでした。近いのは大学だけで、駅はもちろん、コンビニも少し遠い。 お風呂とトイレは別だけど、独立洗面台なんてなかったし、コンロは一口しかなかったし、備え付けの冷蔵庫は小さいし、お
山崎 理恵みりえ
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22歳で無計画に会社を辞め、無資金で学習塾を開いた、【無謀女子な結末】は○○

星が落ちてきたわけでも、 胃の弱いお局様に意味のないことをねちねちと言われ続けたわけでも、 前頭部がまるで発光しているような上司に セクハラされたわけでもない。 ただ、 みりえ あきた。 【☆彡1、ただ、あきた】  30年前、その頃ちょうど男女雇用均等法なるものができた時代だった。  女の子は短大に行くのがふつうで、その後事務OLになるのがあたりまえだった。  短大を卒業して勤めたところは、会社の頭
阿部 竜作
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【第2回】 中学でいじめ、自殺、同姓からの告白、家庭崩壊、母のうつ病。その後、親族全員からの反対を押し切って大学進学した男子学生の話

<第1回目からの続き> 中学時代、全くイケてないと思い込んでいた僕は (イケてなかったのかもしれないけど、何故か中学時代はそれなりにモテた) 高校は楽しく過ごしたいと意気込み、精神的な高校デビューをした。 クラスのトップランナー(クラスで目立っているグループ)に属していた。 それなりに仲は良かったんだけど、ある日不良24人くらいに囲まれる事件が起こる。 その事件の時に、ふっと中学時代の嫌な思い出が蘇
ごとう ひでと
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生きづらさを感じて苦しんでいる人に伝えたい、「僕」の話②

■不良先輩に目をつけられて学んだこと あれは、中学校2年生の時だった。友人と下校している時、友人が1つ上の不良たちに絡まれていたのを見つけた。それをたまたま見た自分は、つい反射的に「バカみたい」と、その不良に向かって言ってしまった。これが悪かった。それ以降その友人が不良に絡まれることはなくなったが、その不良軍団に完全に目をつけられることになった。当時テニス部に所属しており、テニス部の先輩も心配してく

書きかけのストーリー

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