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Nakano Mitsuko

Nakano Mitsukoの人生のストーリー

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Nakano Mitsukoの人生のストーリー

読んでよかったストーリー

mamita .
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ついに完結!急展開の最終話:ひとり結婚式から一年後!まさかのふたり結婚式!

ひとり結婚式 から1年余り経った頃。 なんと、ふたりで結婚することになった。 本当にちゃんと結婚しました 「ふたりで結婚する」という言葉は「頭痛が痛い」のように間違った日本語なはずだけれども、ひとり結婚式を知る周囲の人々に結婚の報告をすると必ず「またひとりで?」と訊かれるので「ふたりで」と付け加えなければならない羽目になった。 あるいは「こいつなに言い出すんだ」「またろくでもないことをやるつもりだろ
mamita .
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【第3話】10年間で4回半同棲に失敗した【帰宅すると家具が無い!今度はチャラ男に浮気→夜逃げされちゃったテヘペロ】

3回目なのでかなり反省して慎重に人選した ホスト、自称DJ、売れないバンドマン。言わずと知れた「3大付き合ってはいけない男」である。こと恋愛に関して、私は壊滅的に間違った選択をする。 今度は売れないバンドマンをチョイスしたので、やっぱり面倒くさいことになった。なぜその人選に至ったのか。理由は以下の2つ。 理由1:衛生観念度が合う人にしよう! これまでの2回の失敗から、私が一緒に住む相手を選ぶ基準とな
星風 なほ
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難病疑い歴5年。ハザマを生きている女子の話

プロローグ 普通、日常。 この世はそんなモノの集合体なのかもしれない。 しかし、それが消えた時、人は異常、非日常と呼ぶ。 だが、それもまた、積み重なることで普通、日常と化していく。 結局はそんなことの繰り返しでこの世は成り立っているのだと思う。 5年前、一つの非日常から始まったこの物語は様々な非日常を繰り返しながら今の私の日常となっている。 それは平均的な23歳の女の日常とはだいぶ違うかもしれない。
月見里 悠季
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友達家族 ~親が子供になる~ 第三夜

人は1人では生きていけない 1人で小さな2人を育てるのは大変でしたが、母も時々来てくれて手伝ってくれました。 子供と一緒に遊んでる時は笑顔も少しずつ出来る様になったとはいえ、まだまだ心の痛みは癒えてなかったのか、この頃から夜中だけすすり泣く様になりました。 今思えば怖い光景ですよね…。 夜中、ヘッドホンで音楽を聞きながら1人の世界に入り込むのが私の唯一の楽しみになっていました。 そしてその歌を聞きな
安部 みき
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★天使になった我が子に会うまでのお話。ー葬祭業で培ったスピリチュアル思想で乗り越えた❓家族崩壊・妊娠中絶・異常妊娠・誕生死・マタハラ・子宮頸ガン後遺症・不妊治療を経験した話し…【誕生死編①】

胎児の病気が発覚してから、その時感じた事や、スピリチュアルな体験や、私達夫婦のとった行動を赤裸々に書き綴っています。 【誕生死編①】 です。 【おくりびと編】はこちら ▶ http://storys.jp/story/17884 ◀ 長い春を経て入籍 24歳の秋、長い長い交際のち、彼と二人で婚姻届を出しに行った。結婚指輪を買いに行き、普段行かないようなビルの最上階のレストランで二人だけのささやかなお
伊佐 美奈子
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大学2年生、あなたは戦争に行くと決意できますか? ~55年歳の差の父から学んだこと~

私の父は大正生まれ、昭和、平成を生きた人です。平成14年に86歳の時に亡くなりました。 そして、当時の沖縄からは珍しく、10代の時に上京し、早稲田大学在学中に出兵し、満州、ロシア、カンボジアを経て、インドネシアにいたときに終戦を迎ました。   私は父が54歳の時に生まれました。(私は父との血の繋がりはありません) 父が55歳、私が1歳の時、養女として、伊佐家にやってきました。   父は小さいころの私
Sato Ko
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【第一回】少年Aがいた街。

少年Aが大人になって手記を出版した、というニュースを聞いて、心がどうしようもなくザワザワしています。 私の中で、まだ未整理な出来事を私なりにまとめられたら、と思って、初めてここで書いてみることにしました。 *** 97年、ニュータウンを襲った出来事。 1997年。 その年の春まで、家庭教師(といっても小学6年生の)のバイトをしていた大学生の私は、その教え子が中学へ上がると同時に、バイトの職を失った。
植村 良平
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母からのメッセージ

僕は物心つく前に母親を亡くし、小学生の頃から4歳年上の姉と10年以上を児童擁護施設で過ごしてきた。もちろん母親の顔も覚えてないし、写真を見せられても他人のおばちゃんを見ているようで特に何も感じることはなかった。 しかし、幸いにも施設の中では多くの友達もでき、職員の方たちも本気で僕たちのことを思って接してくれる人たちばかりだった。 それでも友達の家に遊びに行ったときや、部活の試合に応援に来てくれる友達
十三谷(ジュウサンダニ) 十三(ジュウザ)
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「見えない難病と障害」プロローグ編

プロローグ編 ーーーもしかしたら、お父さんは一年も二年もいきられないのじゃないですか?ちゅうしゃをして、もし、ばいきんが入ったら死んでしまうのであれば、すごくざんねんです。私は、お父さんのできないことがあれば、何でもやりたいと思います。ぜったいに、ことわりません。私が、中学生になったら、もうお父さんは生きているかわかりません。 私はもっとお父さんが生きていられると思いました。また今度、話します。あり
みかみ いちろう
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俺が財閥の家庭教師だったときの話(終)

実は俺はそのときが初めての国内線だった。 羽田にも行ったことがなかったので、そもそも羽田と成田の違いさえわかっていなかった。 とりあえず空港に着いたので、マダムに電話した。 「ああ、せんせー着いたのー?」 数分後にマダムのBMWが現れた。 車の中でマダムの説明を聞きながら、最初の家庭教師をこなした。 たしか半日くらいだったような気がする。 授業後に送迎車の中でマダムがこうおっしゃった。 「ついでにウ

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