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宮川 直也

大きな夢は3つ。

1つ目は、
2つ目は、幸せな家庭を持つこと。
3つ目は、大自然に囲まれた温泉で永眠すること。

サザンを聴きながらドライブすることと、
星を眺めることが好き。

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宮川 直也の人生のストーリー

読んでよかったストーリー

阪口 ユウキ
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あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。

どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで! こんにちは! 個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口といいます。 僕は今の仕事をはじめてまだ稼げなかったとき、2011年9月~2012年4月まで、 大阪・あいりん地区のドヤ街で暮らしていたことがあります。 (詳しい経緯は「 鬱病で半年間寝たきりだった僕が、PC1台で世界を飛び回るようになった話。 」で書いてます)
阪口 ユウキ
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鬱病で半年間寝たきりだった僕が、PC1台で世界を飛び回るようになった話。

こんにちは! WEBの仕事をしながら世界を旅している阪口といいます。 2012年7月に出国以降、東南アジアとヨーロッパの7ヶ国に住みつき、現在も旅をしながら、旅資金を稼ぐ生活を続けています。 しかし三年半前、 僕は鬱病で仕事を辞め、起き上がることもできない状態にいました。 今日は、鬱病で寝たきりの状態から、どうやって世界を飛び回る力をつけたのか、お話させていただきます。 ※この話は2014年4月、朝
原田 正文
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居酒屋のキャッチからグリーへ転職。わずか1年で年商50億の事業責任者になって思ったこと-転職編-

※前回までのストーリーはコチラ↓ --------- 居酒屋のキャッチからグリーへ転職。わずか1年で年商50億の事業責任者になって思ったこと-フリーター編- http://storys.jp/story/7318 --------- やっぱりオレ、だめだわ。就職することにしたよ。 独立を志したが、フリーター生活を余儀なくされ10ヶ月がたった。 2012年1月1日。 年越しも池袋の路上で過ごした。 周
舞狐姫 (macohime)
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退職する時の上司の言葉

退職時に上司にかけられた言葉 何度か退職しているんですが(笑) 退職する時に言われた事は、どれも記憶に残ってます。今回はそのお話をしようかと。 初めてシステムエンジニアを辞めた時 この時は、私がやはりエンジニアではなく音楽で生きていきたいと思って、それを上司に打ち明けた時でした。その時の上司の言葉です。 上司 あのな。俺は本当はお前を引き止めなきゃいけないんだよな。お前に次に任せたい仕事もあったんだ
菱沼 真
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中学2年の定期テスト3日前に右手首を骨折し全てテストを全て左手で受けた話

「青天の霹靂」 こんな有名な言葉があります。 意味:予想もしなかったような事件や変動が、突然起きること。 学校で習う有名なことわざの一つですが、 人生でこの言葉を初めて体感した日でした。 【事故は突然やってくる】 2学期の中間テストを3日後に控えた夕方、 当時テスト前だからと言って大して勉強なんかしてない僕は 「適度な休憩は大事」 と言い訳で自分を納得させ、近所の書店に毎週月曜恒例の週刊少年ジャンプ
Abeshi Abelog
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うつ病で休職してるけど、Twitterで1000RT達成したらうつ本を出版するという目標を作り、それから1ヶ月たったけど200RTしかいかなくて、心が折れそうになりながら、しょくぱんゆるキャラとか、Twitterで知り合った方々に励まされ、出版するまで頑張る28歳(男)の話

■はじめに はじめまして!おはようございます、こんにちわ、こんばんは!あべし(@honjituno)です!あっ、@honjitunoは、ぼくのツイッターのIDです(ぜひ探してみて下さい、しょくぱんのアイコンのあべしが見つかるはずです)!長い長いタイトルのお話に目をとめて下さりありがとうございます。 えっと、何からお話しようかな・・・。ところでみなさんはどんなきっかけで、このお話に興味を持たれたのでし
寳槻 泰伸
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強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話 パート2 受験編

全ては 長男の「やめたい」 から始まった 今思えば、これがオヤジの壮大な実験の始まりでした。 3兄弟を高校に通わせずに大学に放り込めるのか・・・ 京大3兄弟というオヤジのネタ(自慢)を完成させられるのか・・・ 長男の僕にとって、小中学校の生活は部活や友達など楽しい時期もありました。恋愛とかスポーツとか。でも、1日何時間も退屈な授業を聞いて、多少窮屈さを感じていたのも事実です。 高校という所はきっと自
寳槻 泰伸
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強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話

学校よりもクリエイティブな1日にできるなら無理に行かなくても良い。 その後、本当に学校に行かなくなり 大検制度を使って京大に放り込まれた3兄弟は 変わった教育方針の父親の元で育ちました。 一般的な家庭なら 「早く起きろ!さっさと学校に行け!」 と育てるところでしょうが3兄弟の家庭(ホーツキ家)はその真逆。 学校に頼って勉強するのではなく、自分で勉強を組み立てろというのがその主旨でした。 小学生の僕(

書きかけのストーリー

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