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小俣 智子

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小俣 智子の人生のストーリー

31歳で獣医をやめなんとなく絵を描き始めてから家賃0円のクリエイターズシェアハウスに受かるまでの話

日の当たる広めの部屋で画材や作品を十分に置くことができ、2メートルくらいの大きな絵が描けるアトリエがあって、1階の窓を通じて外からでも作品が見られるようなスペースがあったらいい。東京23区内で、川のそばがいい。人が遊びに来た時にゆっくり話せるようなリビングがあって、おしゃれな内装だといい。 しかもタダで。 そんなささやかな妄想が叶ったのは2014年6月だった。家賃0円のクリエイターズシェアハウスTO

動物のお医者さんがアーティストになるまでの話です^^よければ読んでくださいませ。

地球の歩き方の初取材でアフリカに1人で行ってきた獣医の話。

 タンザニアの田舎町キルワから、大都市ダルエスサラームに向かうバスの中、私は生きることを諦めることにした。 このままバスが横転したら、きっと死んじゃうんだろうな。  スワヒリ語でダラダラと呼ばれる乗り合いバスから、私は窓の外を見ていた。すし詰めのバスでは、閉まりきらないドアの両側から人があふれていた。窓から見えるのは乾いた砂の地面だけ。明らかに傾いているバスの中で人の重量を感じながら、ぎゅっと抱きか

自分の限界を決めていた自分に気づいた時

 最近急に忙しくなってきた。明日(すでに2時半なので今日になるが)搬入予定のグループ展の作品はまだできておらず、7日後に搬入となるグループ展の作品の構想もなく、来月の個展についてはほぼ未着手。  なのに、なぜか急に仕事が増えてきて、毎日何かしら出かけている。興味があることについてのお誘いも多い。「これやろうよ!」という提案もいろいろといただく。  幸福だと思いながらも、もう少しペースを落としたいな、

STORYS.JPを書いて1年後に叶っていた夢の話。

 2015年1月に書いたSTORYS.JPを、なんとなく読み返したら、最後にこんなことが書いてあった。 「今は、世界中を作品展示をしながら巡り、世界中の人が楽しめる体験を作りたいと思ってる。まだ道半ばで、達成できたことはほとんどない。一生のうちに全く何も起こらないまま野垂れ死んでいくかもしれない。 たとえばそうだとして、それでもやるかどうかだ。」  2016年2月、今、私はバルセロナにいる。3か月の

ある獣医師がアーティストになって海外に出ていくまでの5年間の話。

2003年、私は獣医大学を卒業し、晴れて獣医師の免許を得た。 一般に誤解されていることだが、獣医師の仕事は「動物の治療」ではない。動物の治療を通じ、人の心を癒すことが、獣医師の仕事の本質である。これは動物に限らず、ヒトも含め医療に関わる職業すべてがそうなのだ。動物は自ら病院へは来ない。獣医師が診ているものは、家族の「心配する気持ち」であり、同時に人間ではない以上、金銭や介護にかかる時間のために「これ

絵で生きていきたいなんて「夢」をもつのは、もうやめるといい。

2011年2月に臨床獣医師を辞め、現在、アーティストとして生きている私。 アーティスト名はOuma(オーマ)。 「細胞」という生命の最小単位をモチーフにしたアート作品を制作発表している。 ▼31歳で獣医をやめなんとなく絵を描き始めてから家賃0円のクリエイターズシェアハウスに受かるまでの話 http://storys.jp/story/14081 2014年にこのシェアハウスに受かり、浅草に拠点を移し

元獣医アーティストが一年かけて地球を一周してアート活動してくるまでの話

第一章 ロサンゼルスに着いて2週間で現地の美術教室でワークショップ開催を決めた話 2017年1月11日から1年4か月に渡る地球一周アートの旅に出ています。 1月     ロサンゼルス → イマココ 2月     ニューヨーク 3~5月   フィンランド(トゥルク) 4~6月   ルーマニア 9、10月   フィンランド(マンッタ) 11~翌年5月 上海 私は2013年から、いろんな人から絵を集めてつ

元獣医アーティストが一年かけて地球を一周してアート活動してくるまでの話2

第二章 1ヵ月のNY滞在でワークショップ開催して新聞に紹介されギャラリーに作品を預けるためにやってきたこと 2017年1月11日から1年4か月に渡る地球一周アートの旅に出ています。 3月22日現在、フィンランドの西の町、トゥルクでのアーティスト・イン・レジデンスに参加中です。 1月     ロサンゼルス 2月     ニューヨーク 3~5月   フィンランド(トゥルク) → イマココ 4~6月   

読んでよかったストーリー

小俣 智子
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ある獣医師がアーティストになって海外に出ていくまでの5年間の話。

2003年、私は獣医大学を卒業し、晴れて獣医師の免許を得た。 一般に誤解されていることだが、獣医師の仕事は「動物の治療」ではない。動物の治療を通じ、人の心を癒すことが、獣医師の仕事の本質である。これは動物に限らず、ヒトも含め医療に関わる職業すべてがそうなのだ。動物は自ら病院へは来ない。獣医師が診ているものは、家族の「心配する気持ち」であり、同時に人間ではない以上、金銭や介護にかかる時間のために「これ
黒田 公二
968
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殺したいほど憎かった酒乱の親父が言っていた「〇〇になるなよ」という言葉が生きる力になっている話

このストーリーは、 今から10年前に51歳という若さで ガンという病に侵され他界した 親父と私の「唯一の繋がり」をテーマに書いています。 親父が死ぬまでに交わした言葉は 数えられるくらいしかありません。 それほど無口な親父が唯一残してくれた、 ”ある言葉”を胸に抱え今も少しずつ前へ前へと 毎日を輝かしいものにしようと生きています。 親子であり他人のような、 そんな私と親父でしたが このストーリーを書
宇野 成人
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何で?なんでいつも結果を残せないんだろう・・・42歳で会社を辞めて、やっとわかった「結果」を出す為の方法

リングで闘うボクサーの重心は、前足6後足4にあるといいます。 基本姿勢が前のめりなんです。 常に相手に向かっていつでも攻撃出来るように。 攻撃された時はいつでも後ろに避けられるように。 闘う姿勢とはそういうもの。 例え、その相手が人生だとしても。 いじめっ子 はやくお座りして ワン って言えよ~ ぼく え・・ わ、わん・・ 小学生の頃、ジャイアンのようないじめっ子がいました。 会うたびに犬の真似させ
佐藤 詳悟
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吉本興業を辞めてまで、僕が挑戦したかったこと

日本には今プロデューサーが足りない。 だから、プロデューサーを育てる会社になる。 QREATORとは、QuantumLeap×Creatorの造語です。 ありとあらゆる世界において、新しい、そして驚くべき「モノ」を創る「ぶっとんだ人」。 そんな人たちのことを、僕たちは『QREATOR』と呼ぶことにしました。 起業家、職人、ファッションデザイナー、学者、医師、漁師、作家、芸術家、アスリートなどその職業
川村 純志
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日本人留学生が通学バスで出会った大麻の売人に考えさせられた話。~人種とアメリカの貧困~ 【3】

余談ではあるが、大麻の実情を紹介したい。 前述したように、大麻の公衆吸引は法律で禁止されている。しかしながら、実際は日常生活の中で いとも簡単に目にする ことが出来る。バス停で吸っている人もいれば、ダウンタウンを歩きながら吸っている人だっている。 ほのかに甘い、独特な香り がすれば、明らかにタバコではなく大麻である。そして、驚いたことに一般の大学生やビジネスマンであっても大麻を使用していることにある
川村 純志
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日本人留学生が通学バスで出会った大麻の売人に考えさせられた話。~人種とアメリカの貧困~ 【2】

おっさん ドラッグなんてやめておいたほうがいい。 いや、あんたが売ろうとしたんやん。 っていうツッコミはさておいて、おっさんの言葉は深く胸に突き刺さった。 おっさん 俺は黒人だ。お前は恵まれている。それが分かるか? おっさんはバスから降り、僕は学校へ着いたものの、おっさんとの会話が脳には鮮明に残っていた。 考えた。というよりは、 考えさせられた。 この違いは今まで意識してこなかったことに 気付かされ
小俣 智子
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地球の歩き方の初取材でアフリカに1人で行ってきた獣医の話。

 タンザニアの田舎町キルワから、大都市ダルエスサラームに向かうバスの中、私は生きることを諦めることにした。 このままバスが横転したら、きっと死んじゃうんだろうな。  スワヒリ語でダラダラと呼ばれる乗り合いバスから、私は窓の外を見ていた。すし詰めのバスでは、閉まりきらないドアの両側から人があふれていた。窓から見えるのは乾いた砂の地面だけ。明らかに傾いているバスの中で人の重量を感じながら、ぎゅっと抱きか
Azuma Y
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就活中、運命は必ずしも実らないことを知った。けれど、幸運の掴み方を1つ知れた。

この記事は、自分のブログに転載いたしました。 この記事は魂を込めて書いた記事なので、是非読んでみてください。 「Be Excited」 記事はこちら
ヒサスエ サエコ
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イラストの詩の宝箱 第1夜

優しい光 元気な光 今日も優しく輝いて 大地のすべての 子供達に元気を 与える 包み込む暖かさで、 今日もあなたを見守るよ ーーー saelyのFacebook https://m.facebook.com/saeko.hisasue
徳永 聡
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あのとき、伝えられなかったけど。

受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。 自分が卒業した母校である専門学校の先生。専門学校の、Web学科の講師。なんとなく当時のブログに書いていた日記をここに改めて書いてみようと思う。 あのとき、何が起きたのか。 あのとき、僕は何を考えたのか。 あれから、どうなったのか。 2008年03月10日22:08

書きかけのストーリー

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