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パイレーツ 大阪

広告制作会社の株式会社パイレーツです。グラフィックデザイン、イラストレーション、ホームページ制作などを手がけておりますが、このたび出版事業や音楽配信などコンテンツ発信も始めていこうかと思っております。おもしろきこともなき世をおもしろくする為に、モノづくりに励みます。

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パイレーツ 大阪の人生のストーリー

出版への道01 〜邂逅〜

製版会社で15年ほど進行管理をやって働いているうちに、門前の小僧何とやらで、一冊の本を作るために必要なデータの作り方をだいたい憶えてしまった。 もともと唐沢商会の『脳天気教養図鑑』の影響で神保町や早稲田の古本屋めぐりが何よりも好きだった。写研の書体はDTPでは使えず、昔の本のハッとするほど美しい組みはMacではできなそうだが、エディション・イレーヌのように独自の選定眼と編集で少部数限定の美本を造って

実績ゼロから書籍を発行するに至った道程

出版への道02 〜作家・黒澤優子の決意〜

印象的な出来事の一つに、おばあちゃんの床ずれというものがあります。 惚けて、這ってまわって、愛を求めて。 寝たきりになって、背中一面赤く腫れて、床ずれになって。 それでもつらいとか、痛いとか、ひとつも泣き言を言わない。 そこに女の意地みたいなのを感じて、なんだかすごかった。 自分を超えた極限の世界。私はお寺で生まれ育ったわけですが、 そういった究極な状態、人間模様をいろいろみせてもらった気がします。

永い準備期間を経て、とある孤高の作家と出会い、本当に好きなものが仕事となった話

私が株式会社パイレーツ大阪の一員となってから現在までの出来事は、幾つかの欠けていたピースがピタリ、ピタリと嵌まっていく過程だった。弊社代表・長谷川崇に入社を打診されたのと、孤高の作家・黒澤優子に出逢ったのとは、ほぼ同時だったと思う。 15年間、俺は三和プロセスという製版会社で進行管理をやっていた。Dという日本で一番大きな印刷会社の下請けをメインにやっていた小企業だ。創業社長が発明と貿易をやりながら大

なんとなく勢いで切り抜けてきたギリギリな半生。失敗を繰り返したけど、それでも今「直感」に従って生きていこうと思える理由

人生を振り返るといつも「直感」に従って生きてきたように思う。 大した考えも無く勢いで切り抜けてきた局面も多いけど、そんなギリギリな生き方も決して悪くはなかったと今では思う。私は今、株式会社パイレーツ大阪を立ち上げて現在7期目。ここまで歩んできた道のりを、これからどう走っていくのかを考えるためにも、少しこれまでの半生を振り返ってみようかと思う。 絵を描くことが好きだった幼少期 小さい頃から絵を描くのが

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読んでよかったストーリー

Kurosawa Yuko
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お寺で育った幼少期、異国での日々、3.11での被災、ライターで食いつないだ東京でのじり貧生活...こわがりだった私の半生の中で、唯一ゆずれなかったもの

子供のころの夢は、作家になること。 それは、自分のイメージとして、ずっとあったこと。 だけど、どうやって作品を書いていいのか、 どうやって作家になったらいいのか、 まるでわからなかった。
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お寺で育った幼少期、異国での日々、3.11での被災、ライターで食いつないだ東京でのじり貧生活...こわがりだった私の半生の中で、唯一ゆずれなかったもの

黒澤優子。 子供のころの夢は、作家になること。 それは、自分のイメージとして、ずっとあったこと。 だけど、どうやって作品を書いていいのか、 どうやって作家になったらいいのか、 まるでわからなかった。 ◇ 見ためもふつう、勉強もふつう、運動もふつう、 平凡を絵に描いたような子供だった私の、 唯一の特徴といえば“こわがり”だということだった。 そんな私が生まれそだった場所はお寺。 母の実家もお寺で、寺
大貫 恵
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急に旦那が死ぬことになった!その時の私の心情と行動のまとめ3(本編)

前編・後編お疲れ様でした こんにちは、おおぬきです。 長々と暗い話にお付き合いくださり、ありがとうございました。実は私が本当に書きたかったことは、こちらの本編です。もう少しお付き合いください。 旦那が死んでそれからどうした? 行動①家を出ました 旦那の四十九日が終わってすぐ、一緒に住んでいた家を出ました。これはお義母さんからの提案でした。多分みんな 「家出るの早すぎない?」 って思うかもしれません。
長友 肇
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大事な事はみんな高速電脳で学んだ

はじめに 1997年、まだ秋葉原が自作PCの街として栄えていた、そんな頃のお話。 僕は当時大学2年生で、典型的なモラトリアム学生として日々ポンチ―言うような4人中国語勉強会に明け暮れていた。起きたいときに起き、眠くなったら近くの友達宅に転がり込む模範的な高田馬場学生だった。 その頃はまだベンチャーとか起業といった会話はほんの一部の学生の間のみの話。SFCの設立に刺激された早稲田でなんとか対抗するべく
円山 嚆矢
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『早稲田出ててもバカはバカ』ハタチで3000万稼いだ伝説のAV女優・サヤカ

全編紹介 http://www.amazon.co.jp/dp/4835628462 ~中略~  他方で、この業界を心から楽しんでいるオンナの子もいた。  私がクスリで覚醒しながら通常業務をこなし、あり余る体力で、人気A∨女優のマネージャーを兼任していた時期のこと。ゴトウ社長は最終的に芸能プロダクションを作るという構想を持っており、AVはそのパイロット事業だった。  そこで出会った女優・サヤカとの出
小泉 憲一
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月収12万円だったしょぼい起業家が、新しいビジネスを立ち上げて3ヶ月で収入を30倍にした話

6年前、終わりの始まり ああ、もうダメかもしれない・・ サプライズを企画する会社をはじめて6ヶ月。 オフィスが無いおかげで大きな固定費はないが、 収入源のあるビジネスじゃないのに社員を雇ったせいで 毎月100万円以上のお金が飛んでいく・・ 社員に給料を払うために、自分の手元に残すお金は 月々の少ない生活費の12万円が限界。 つまり、 月収12万円 これが起業して6ヶ月もたったその頃の私の月収だ。 用
円山 嚆矢
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【リメーク紙書籍化決定】『早稲田出ててもバカはバカ』試し読み(商品無料サンプル)

2014年8月に投稿し反響を頂きました拙著が2015年4月に電子書籍されamazon(kindle)のノンフィクション部門で2位を獲得することができました。 お陰様でその後複数の出版社からオファーを頂きこの度、2015年9月30日に「ぴあ」さんより紙書籍として出版する運びとなりました。 電子書籍の内容は大幅に書き直したリメーク版となります。 少しでも多くの方に読んで頂きたく、こちらにサンプルをUPさ

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