STORYS.JP

Kitahara Rie

Kitahara Rieの人生のストーリー

ストーリーをリクエストする

Kitahara Rieの人生のストーリー

子連れでオーストラリアに留学してみた~その1~

海外に住みたい! でも公立学校の高校教員という身分も捨てたくない。 欲張りな私が見つけた方法。それは、 「大学院修学休業制度」 海外の大学院でもOKじゃない!? 思い立ったが吉日。 っていうほど即決だったわけではないが。。 いろいろ考え抜いた結果、これしかないと決断。 年に2回の海外家族旅行だけでは満足できなくなっていた私は、 「パパが海外青年協力隊(シニアね)に応募してくれたら、家族みんなで海外に

子連れでオーストラリアに留学してみた~準備編~

上の子が6歳、下の子が4歳のとき、準備に取り掛かった。 いろいろな方の子連れ留学体験記をネットや本で読み、何となくイメージした。 が、 フリーな立場での準備ではないため、やたらと煩雑な作業に追われた。 県教育委員会に提出する書類の準備。 ネットがなければ厳しかっただろう大学院への出願。 子供たちを一緒に連れていくためのビザ獲得。 などなど。 やるべきことが多く、 なかなかTOEFLの勉強も難しく、

子連れでオーストラリアに留学してみた~到着編~

     1年ちょっとの準備期間の末、やっとのことでメルボルンへ出発。 県教委からは きっちり2年 しか休職させてもらえない。 若者がひとりで留学するならそれでよかろう。 しかし! 子連れ30代半ばのわたしが現地でやるべきことは相当ある。 そして実は 「英語力条件付き」 で来てしまったためさらなる困難に出くわすのであった。。(詳細は後程) 年休をフル活用して1か月前のりして現地での準備にあてることに

子連れでオーストラリアに留学してみた~語学学校編~

オーストラリアの大学院をなぜ選んだのか その理由の一つともいえる語学学校制度。 付属の語学学校の既定のコースを修了すれば、英語力ありと認められ大学院に進める。 さっそく語学学校へ。 朝から晩まで結構長く、つらいつらい期間ではあったが、 ここで出会った人たちもかなりユニークな人たちが多く おなかいっぱいです。。となりそうだった。 ここでは論文の書き方をみっちり教えてもらい、 ここに通っていなかったらど

子連れでオーストラリアに留学してみた~小学校編~

小学校は学区制ではない。自分で下見をして選ぶことになる。 最初に電話したのは家から一番近いと思われるM小学校。 見学の日程とかうまくあわず、つぎに大学近くのK小学校に問い合わせ。 とんとんと見学日も決まり早速行ってみる。 なんだかいろいろ面倒見てくれるおばちゃんがいて、はじめ用務員さんだとおもっていたら、 じつは校長先生だとわかり、、。しかしオーストラリアは大学の教授さえもファーストネームで呼ぶ、っ

子連れでオーストラリアに留学してみた~大学院編~

自分が海外の大学院に?全部英語でわかるのか?いまさら勉強できるのか? 不安や心配はつきることなく湧き上がってくる。 でもやるしかないのでやってみた。 某地方国立大学教育学部小学校教員養成を卒業したのが13,4年前。英語は専門ではなく副免でとっただけ、で、高校で英語を教えている。自分自身そのことにコンプレックスがあったといえばそれもこの留学を後押しした感情の一つだ。子供たちをバイリンガルにしたい!だけ

子連れでオーストラリアに留学してみた~習い事編~

習い事、日本を発つ前からやろうと決めていた。 まず私。私は主に体を動かす系。 大学のジムには、よく、図書室での自習の合間に通った。 おもに受けたのがピラティスとヨガの講座。ちょうどお昼頃の時間に開講されていたので、午後の自習(子供たちのお迎えまで)もすっきりした状態で身が入るようになった。 それから公園で開かれていた運動講座。こちらは事前に予約し、2か所行ってみた。 1か所目は 「ブートキャンプ」。

子連れでオーストラリアに留学してみた~すごいママたち編~

 現地で出会ったママ友はたくさんいるが、なかでも特に私がインスパイアされた人物を2人あげてみる。  一人目はインドネシア人のリンダ。ほかの章で触れたかもしれないが、最初の語学学校で出会った。いつも授業時間以外は図書室やパソコン室で勉強していた。そして話すようになり、子供たちが一緒の小学校に通っていることがわかり仲良くなった。最初に助けてもらった恩人ママといえる。  下の子が虫歯になり全身麻酔による治

子連れでオーストラリアに留学してみた~交通事情編~

滞在中私の足となり活躍してくれた シエロ (ハッチバック3ドアの韓国車) まるで自分の身体が乗りうつったようによく動いてくれた。 しかし問題は交通事情。 「もしかしてすごく交通ルールに厳しい国?」 と分かったころには 2度の罰金+その他の課徴金 を支払っていた。 渡豪1か月後くらいだったと思う。用事があり(この用事も行かなくてもかまわないものだったからさらにショックは大きいものになる)市役所?みたい

子連れでオーストラリアに留学してみた~キャンティーン編~

  「キャンティーン」とは 「購買部」のこと。 オーストラリアの小学校の購買部では昼食を売っている。 その運営は保護者によるボランティア。 子どもたちが通っていた小学校の場合、 朝8時半頃から11時半までは、PTAのような団体が雇用するパートのおばさんがひとりで担当。 それを引き継ぎ閉店までは保護者が2名で担当。 パートさんは 仕入れから注文受付、在庫管理までを行っている。 このおばさんが保護者の当

子連れでオーストラリアに留学してみた~歯の治療編~

「うちじゃぁ、無理だね」 と歯医者は言った。 それは渡豪後3,4か月たった夜10時ころ。 寝かしつけてから勉強しようと思って早く寝てくれないかな~と一緒にベッドでゴロゴロしていた。下の子が泣き始めた。ゆっくりと、めそめそと、そして徐々に鳴き声を大きくしていった。 上の子は眠くて寝てしまったようだ。 「どうした?眠れないの?」 と聞いてみた。 はじめは理由を言わなかった。 言ってはいけないと幼子ごころ

読んでよかったストーリー

書きかけのストーリー

Kitahara Rieさんにもっと聞きたい話リクエストする

|