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宮崎 すみれ

マグカップはほんとうの友達です。

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宮崎 すみれの人生のストーリー

風刺のことで、今回はこの件を考えて見たいんだ。思想の争いについてではなく、単純に。

今回のことで大事なことを学んだ。 人質問題について、少なくとも言えるのは、 捕まえたあちらも死ぬ覚悟はできてるんだろう なってこと。それに、 助けるにはどちら側かを死なせるつもりでことに当たらなければいけないのかもしれない 。テロに屈さない。それが国連の姿勢なのだし金銭や要求に応えることは難しいだろう。 けれどもあれだけ喧嘩を売っておいて、あちらも全員が全員、武力制裁の可能性が0だと考えているお気楽

自分の名前が嫌いな子どもと、歴史も名付けも繰り返すのだという、当り前の話。

私は人間である。名前はもうある。その名を、尚子、という。断じて「ショウコ」ではない。「なおこ」だ。せめてひらがなで認識してもらうのも望ましい。 2010年代これを書いている今、生まれてくる子ども達の名前は、私個人の見解を言わせて貰えれば、もう少し「画数が多く」て「子のつく名前」は少ない。そしてその傾向は、20数年前からだんだん強まりを見せているように感じる。 今現在では、俗にいう「キラキラネーム」で

15才、3月3日。晴れのち曇りのち雨。出来るだけ遠くに行こうとした日。失意とやけっぱちから始まった旅。目的と、死に場所とを求めて。

降りるべき場所で降りる、という、いつもの考えは何処かへ、本当に、綺麗さっぱり消えていた。放心していた、というのが大きかったのだろう、おそらくは。後になってみても、そう思う。あれだけ「からっぽ」という、あの完全な空虚。その全身の感覚は、例え大失恋をしたっても、人生に於いて未だ味わったことがない。 望もうが望むまいが、元よりトラブルメーカー気質で、だからこそ優等生であろうと心がけてきたのであって…だから

物心ついて初めて亡くした、私の誇り、最後まで美しく生きた、唐揚げ作りの上手なおばあちゃん

31世紀、料理と言う概念がなくなるという創作を見た。 ここ数年で、創作と云うもので、何年か振りに、私は嗚咽が止まらなくなった。 「豚の角煮、嗚呼、あれはもう練習することも、振る舞うことも叶わないのか」「只のトマトソースじゃない、茸をふんだんに使い、家庭にいつもあるツナを、火加減に気をつけて作った、一番美味しいと、あの目を、黒いきらきらの目をまあるくして美味しいと褒めてくれた、傑作渾身のパスタ」「あの

ミス・こっせつの骨折のはなし(1) 2年ぶり8度目の骨折(18本目)を、昨日してきた。

ミス・こっせつ、強敵(とも)と出会う 先日、同じような骨折の猛者と出会い、彼女と「骨折あるある」あるあるトークに花を咲かせてきた矢先の出来事だった。 「粉砕やりましたよ!」 「粉砕!わあ、じゃあ入院になっちゃいました…よね?きっついよねえ…」 「 ボルト入るのとか傷残らないのならまだいい んですけどねえホント…あと、剥離が痛いホント痛い」 「わかるー…治りは早いくせにねあれな」 「ほんとそれ」 「あ

こんにちは、骨折女です。

読んでよかったストーリー

Ryo Kikuchi
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高校をやめて六年間も部屋にいて何もしなかった話(後編)

前回のあらすじ 高校中退をした僕は何事もなく部屋にずっといた。 YouTubeすごい! ブログ楽しい! インターネット最高!! そんなクソ野郎ライフを送っていて、果たして将来はどうなるのか!? 社会復帰はできるのか? 乞うご期待!! 突然やってきたチャンス 実は僕は音楽活動もしていまして、打ち込みで作曲をしていたんですね。 そのデモテープをレコード会社に送ったらすぐさま連絡があって「ニューヨーク録
Ryo Kikuchi
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高校をやめて六年間も部屋にいて何もしなかった話(前編)

このストーリーは読者に怒られるかもしれません まず始めに書いておかなければいけないことがあります。 ストーリーJPで書かれるのは 「こういう転機がやってきて、人生がこう変わりました!」 という話が多いです。 しかし、これから僕が書くのは、 「たくさん時間があったけど、何もしませんでした!」 という話です。 何も教訓はありませんし、読み終わって得るものはありません。 あなたが僕の両親なら「この野郎!!
コレナガ カオリ
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男の子は青。女の子は赤。

みんな、 私の着ているものを見て笑ったわ。 でもそれが私の成功の鍵。 みんなと同じ格好をしなかったからよ。   - ココ・シャネル -(1883年~1971年) フランスの女性ファッションデザイナー。 よく晴れた土曜日。 そう、今日は週末恒例のシューズ洗いの日だ。 一年生になった娘様は、週末になると学校で履くシューズを、小さな手でゴシゴシ洗っていた。 娘様 ママーーー お。仕上げかな? わたし はい
寺澤 浩一
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「過激派」といわれた新左翼系セクトの友人が、突然アパートに泊まりにきた夜。

昼間の熱気がそのまま居座ったような、蒸し暑いある夏の日の深夜。 突然、アパートの通路に面した明り取りの窓が開く音が聞こえた。 「……えっ、誰?」 眠い目をこじ開けると、暗闇のなかに、通路の暗い蛍光灯に逆光で映し出された男の影が見えた。背丈よりも高いところにある窓によじ登り、男はすでに部屋の中に入ろうとしている。 「誰!」 もう一度、今度は少し大きな声で聞いた。 「Mだよ。悪いが今晩泊めてもらえないか
阪口 ユウキ
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鬱病で半年間寝たきりだった僕が、PC1台で世界を飛び回るようになった話。

こんにちは! WEBの仕事をしながら世界を旅している阪口といいます。 2012年7月に出国以降、東南アジアとヨーロッパの7ヶ国に住みつき、現在も旅をしながら、旅資金を稼ぐ生活を続けています。 しかし三年半前、 僕は鬱病で仕事を辞め、起き上がることもできない状態にいました。 今日は、鬱病で寝たきりの状態から、どうやって世界を飛び回る力をつけたのか、お話させていただきます。 ※この話は2014年4月、朝

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