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山田 伶

山田 伶の人生のストーリー

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山田 伶の人生のストーリー

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小林 佳徳
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社長が逮捕されて上場廃止になっても会社はつぶれず、意志は継続するという話(3)

去りゆく社員、残る社員、そして入社してくる社員 事件前の頃にはマスコミに取り上げられることも多くなったせいか、毎月毎月、入社する社員数がうなぎのぼりに増えていっていった。 入社のタイミングは、普通の会社であれば毎月1日、とか決まっているのだが、それでは追いつかないので、その都度その都度、入社してくる状況だった。 事件後は、「みんなどんどん退職して、社員数は半分以下になったんじゃないのか?」、みたいな
長友 肇
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大事な事はみんな高速電脳で学んだ

はじめに 1997年、まだ秋葉原が自作PCの街として栄えていた、そんな頃のお話。 僕は当時大学2年生で、典型的なモラトリアム学生として日々ポンチ―言うような4人中国語勉強会に明け暮れていた。起きたいときに起き、眠くなったら近くの友達宅に転がり込む模範的な高田馬場学生だった。 その頃はまだベンチャーとか起業といった会話はほんの一部の学生の間のみの話。SFCの設立に刺激された早稲田でなんとか対抗するべく
小林 高志
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30代半ばのオッサンが起業した話 第6話

最初に受注したアプリ案件は、当初の納品日を過ぎていた。 受託案件に関しては基本的に粗利50%を下回らないこと。これを最低限のルールとしていた。 一つの希望の光は、iOS版を比較的単価の高いエンジニアにお願いしていたので完成が間近だったこと。 ただ 開発費は底をつきそうだった 。 世間が夏休みでFacebookに浮かれた近況がアップデートされている頃、弊社の戦略を大きく変えた。 今までは弊社が仕事を取
小林 高志
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30代半ばのオッサンが起業した話 第5話

代表取締役は妻であったので、法務局に行って変更登記申請書を提出した。 申請書は自分で書いた。 これで、発起人でただの株主だった 俺が社長になった のである。 受注したアプリ開発は、クラウドソーシングで見つけたエンジニアにお願いした。 基本的にはプロジェクト管理をやるだけ。 平日でも時間がある時は、ハーレーで走りに行ったりしていた。 自由に時間を使っていた。 多分世間一般の人がイメージするであろう『社
大貫 恵
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急に旦那が死ぬことになった!その時の私の心情と行動のまとめ3(本編)

前編・後編お疲れ様でした こんにちは、おおぬきです。 長々と暗い話にお付き合いくださり、ありがとうございました。実は私が本当に書きたかったことは、こちらの本編です。もう少しお付き合いください。 旦那が死んでそれからどうした? 行動①家を出ました 旦那の四十九日が終わってすぐ、一緒に住んでいた家を出ました。これはお義母さんからの提案でした。多分みんな 「家出るの早すぎない?」 って思うかもしれません。

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